見出し画像

自分にとって、作品にカタルシスは必須なんだ 映画『きみの色』 感想

映画『きみの色』を視聴した。この作品の監督は山田尚子さん。彼女の代表作は下記の通りだ。

『けいおん!』監督
『たまこまーけっと』監督
『聲の形』監督
『響け!ユーフォニアム』シリーズ演出

青春系アニメで数々のヒット作品を作ってきた、京都アニメーションを代表する監督、演出家。代表作の中では、『響け!ユーフォニアム』や『けいおん!』をはじめ、音楽が作品のテーマとなっている作品が多い。

そんな彼女が、ぼざろ始め、様々なガールズバンド作品が跋扈する現代のアニメシーンに、『けいおん!』を作った監督として、世に送り出したバンド作品。

これを見ないという選択肢があるだろうか。いや、ない(反語)。ということで、期待を胸に映画館に行ってきた。


結論から言うと、あまり自分には響かなかった。
バンドモノの作品は大好きで、かなり甘めの評価をしがちな自分ですら、ピンと来る要素がほとんどなかった。
なぜなのか。映像は素晴らしかったのに。

今日はそれを言語化してみようかなと。批判が多めになるので、『きみの色は』が好きになった人は読まないほうがいいと思う。あと、ネタバレも含みます。





※以降、ネタバレ有の感想になります。


様々な悩みを持った少年少女たち

今作品の主要キャラクターたちは、大なり小なり、悩みを抱えている。

公式サイトより

作永きみ。バンドのギターボーカルを担う。成績優秀で、何の問題もなかったのに、突如として学校を退学する。そして、それを育ての親である祖母に打ち明けられず、嘘をつき続けている。


そんな彼女が憧れているオルガン・テルミン弾きの少年。

彼も母親の職業である医師を継ぐという期待をされており、音楽をやりたい事実を母にひた隠ししている。


そんな3人を繋いでいるの日暮トツ子は、他人が「色」で見えるという変わった体質を持つ。そんな体質のことを誰にも打ち明けられていない。


それぞれ悩みや課題を抱えている。そんな3人が、バンドを組み、音楽を作っていく。そこに視聴者として期待するものは何なのか。それは、彼女たちが音楽を通して交流することで、抱えている課題を解決していくことだろう。

彼女たちの問題の重さは、退学というヘヴィなものから、自分のやりたいことを打ち明けられない、といったものまで、様々。だけども、どれも共感しやすい悩みだ。学校に馴染めない、やりたいことがある、そんな普遍的な悩みを持つキャラクターに、視聴者は感情移入していく。

自分も、この3人、おもにトツ子以外の2人の悩みに焦点を当てて、バンドを通してそれを解決していく物語かと思って視聴していた。



緩やかに物語は流れていき、解決される

それなりに重たい課題を抱えている少年少女たちを置いておいて、話はどんどんと進んでいく。バンド活動は順調に進み、3人の仲は深まっていくものの、眼の前に見ている問題には、誰一人向き合わない。

ただただ、時間だけが過ぎていく。正直、作品の中盤、自分は退屈を感じてしまっていた。いつまでも、日常が続いていく。これが悩みも何も無い、健全な少年少女たちの「日常モノ」であるならこれでよい。しかし、今作品はそうではないはずだ。そうでないことを、前半の大部分をかけて描いてきたではないか。


だが、何の波乱もなく、変化もなく。作永きみが寮に忍び込んだのがバレて懲罰をくらったりもしたが、それも大きな波乱を起こすことなく、順調にバンド活動は続いていく。

そして、物語終盤のシーン。3人で合宿することになり、お互いの秘密や悩みを言い合う。まぁ、コレ自体は悪くないシーンなのだが、問題はその後。


なぜか、あっさりとそれぞれの悩みは解決される。

今まで親に音楽のことを言えなかった影片ルイは、母親に音楽をやっていると打ち明ける。特に母親も反対はされない(大学は行くって言ってるから、そりゃそうだ)

作永きみは、退学を勝手にしたことを、祖母に言う。割と淡い演技、描き方で。ここは作中一番の重要シーンではないのだろうか。その後に、祖母は叱るでも受け入れるでもなく(反応は描写されなかったような)。次の登場シーンはライブでノリノリになっている姿だった。

そして、トツ子の悩みであった、自分の色が見えない、というのも、3人で演奏していたバレエ音楽を思い出しながら踊ることで見えるようになる。


友達の行動がキッカケとなったり、あるいは課題を解消するためにつまずいたりすることなく、あっさりと彼女たちは自分自身で解決していく

正直、自分は置いておきぼりにされた感じだった。登場人物たちは、それぞれ各キャラのために何をしたのか。ただ、バンド活動を一緒にしただけだ。


自分はカタルシスを求めている

現実ってこんなものなのかもしれない。重要なことを友達に相談し、喧嘩しながら何かを解決するなんてことはなく。自分の悩みをグッと心に抱えながらも、少しの勇気で、自分自身で変えていって。それを受け止める家族や世間は、意外と優しくて、それなりに上手くいって。

そんなぬるい物語なのかもしれない。


でも、フィクションにそれは求めていない。

登場人物たちは、悩み傷つきながら、時には親しい人にもぶつかりながら、変わっていくことを求めている。そこからの成長を、自分は期待している。

辛い悩みがあるキャラに感情移入し、そのキャラが他のキャラと交わることで悩みを自分なりに解消していくさまに、カタルシスを覚えるのではないのだろうか。

それこそが、エンタメだと自分は思う。わざわざ、作り物、まがい物の作品をみるのは、そうした現実には味わえないカタルシスを味わうためなのではないのだろうか。


こんな意見は少数派、とも思えない。確かに、今作品のような描き方はリアルなのかもしれない。最近の若者たちの間での、「正しい距離感」というのはこれくらいなのかもしれない。

お互いの課題に深く入りこまず。あくまで、自分たちの問題は自分たちで解決する。友達という存在は、その依代というか、癒やしのような場所で。そんな関係こそが、昨今の正解なのかもしれない。

でも、そんなうわべだけの、現実のクソッタレともいえる薄い関係じゃないものを与えてくれるのが、音楽だったり、こうしたフィクション作品だったりするのではないのだろうか。少なくとも、自分はそうしたフィクション(つくりもの)に勇気や色んなものを貰ってきた。

自分は、だからこの作品が好きになれない。
見ていて、何のカタルシスもないからだ。平坦な物語に興味はない。


自分は監督の意図がわからなかった

(中略)
(社会性の捉え方について)若い人ほど良く考えているな、と思うことが多いです。
「自分と他人(社会)」の距離の取り方が清潔であるためのマニュアルが たくさんあるような。
表層の「失礼のない態度」と内側の「個」とのバランスを 無意識にコントロールして、目配せしないといけない項目をものすごい集中力でやりくりしているのだと思います。
ふとその糸が切れたときどうなるのか。
コップの水があふれるというやつです。

彼女たちの溢れる感情が、前向きなものとして昇華されてほしい。
「好きなものを好き」といえるつよさを描いていけたらと思っております。

山田尚子監督の企画書より

上記は、公式サイトに掲載されている山田尚子監督の企画書からの引用である。

正直、この作品からそうした社会との難しいバランスだったり、そことの葛藤や、そこに向き合える強さというのは一切感じられなかった。
出てくる登場人物はいい人たちだったし、キャラも自分で勝手に社会と変な距離を取っていただけだったような。

あんな優しい世界で、「つよさ」なんてものは自分はさっぱり感じられなかった。あまり他作品と比較するのはよくないが、同時期に同じくバンドで自分の「好き」の「つよさ」を主張した川崎の狂犬がちらつく。彼女と比較すると、なおさら。

『ガールズバンドクライ』13話より


あと、個人的に、「若い人」というワードをこういう作風で使われるとカチンとくる。自分は「若い人」というよりは、年寄りなのだが、彼らをこういうエネルギーのない存在として描写しなくてもいいのではないのだろうか。

”元”若い人として、そこは抗議しておきたい。


最後に感じたこと

細かいことを言うと、不満なところは何個もある。結構、脚本も粗いのだ。

あんなあっさり退学できて、かつそれを世話してくれてる親戚に言わないってどんな親なの?ってところだったり。
男子との交際は禁止、という学校で男子とバンドやっていた事実が見逃されたり。

ライブシーンも、正直、あの曲であんなに盛り上がるとは思えない。賛美歌要素をうまく演出できれば、もっとあの盛り上がりに説得力があったのだが、あんなクセの強いオリジナルソングをいきなり聞かされて、熱狂するフロアはどこにあるだろうか。普通はお通夜状態である

中学時代に盛り上がらないオリジナルを披露してトラウマになっている作品のほうがリアル
ぼっち・ざ・ろっく 第10話より


そんなモヤモヤを抱えながら、最後のシーンが終わる。あぁ、この作品は自分に合わなかったな、と沈んだ気持ちでEDに突入する。そこで流れたのはMr.Children「in the pocket」。


あ、いい映画だったかも…と思っちゃった。
ミスチルすごい。


本編のバンドの曲の1億倍くらいのパワーで色んなものを吹き飛ばす「音楽のちから」をさいごに感じました。この曲を使ったこのスペシャルムービーが神すぎるのでみんな見て。

…ミスチルのパワーで騙されかけたが、やはり自分はこの作品は好きになれない。山田尚子監督とは相性が悪いのだろう。

以上、自分が改めて「エンタメ作品」に何を求めているか、実感した映画感想でした。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?