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宇宙と地上。究極に離れたリモートワークでも、 管制室が心がけていたのはごく当たり前のことだった。

「ニューノーマル」なんて呼ばれる、新しい働き方が求められはじめた今。
仲間と離れて、一人で働くこともめずらしくなくなりました。そこで、私たちデジタルホールディングスは「一人だけど、孤独じゃない」さまざまな働き方を取材。チームや組織で働く意味を、見つけていきたいと思っています。

今回ご登場いただく上垣内茂樹(かみがいち しげき)さんは、39年前、JAXA(宇宙航空研究開発機構)の前身であるNASDA(宇宙開発事業団)に入社。その後、宇宙飛行士の訓練プログラム立案、ISS(国際宇宙ステーション)計画の国際調整や宇宙実験の管制リーダーなど、宇宙飛行士に関わる重要なポジションを歴任してきました。宇宙を舞台にした人気漫画「宇宙兄弟」に登場する人物のモデルにもなった方です。

宇宙開発のプロジェクトは、いうなれば「非常に遠く離れた、究極のリモートワーク」。日本やアメリカ、ロシアといったさまざまな国の専門家と連携するのはもちろん、宇宙空間に滞在する飛行士ともコミュニケーションをとって、仕事を進めていきます。

宇宙と地上の強い絆を感じたエピソードや、日ごろから心がけている対話の大切さについて、お話をうかがいました。

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上垣内 茂樹(かみがいち しげき)

元JAXA宇宙飛行士・運用管制ユニット長
現公益財団法人日本宇宙少年団 理事
1957年、広島県生まれ。1982年に、東京大学大学院機械工学修士課程を修了し、宇宙開発事業団(現在のJAXA)入社。3年間ほど、ロケットエンジンや人工衛星の開発等を担当。

その後、日本初のスペースシャトルの宇宙飛行士となる毛利、向井、土井宇宙飛行士の訓練と、宇宙実験実施の際の地上実験管制所での管制官を務めた。この時、日米の宇宙飛行士の訓練の成果を認められ、NASAより、シルバースヌーピー・アワードを受賞。その後、国際宇宙ステーション計画に従事し、その実験を取りまとめる「きぼう利用センター長」、そして広報部長等を経て、2016年4月より、宇宙飛行士・運用管制ユニット長に就き、宇宙飛行士、および、その訓練、健康管理、また、宇宙医学研究、地上運用管制の責任者となる。また、2009年の宇宙飛行士選抜では審査委員を務めた。2019年にJAXAを退職。


他愛ない話をする時間が、宇宙飛行士を支える

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――上垣内さんはまだ入社4年目のころ、日本の宇宙飛行士の訓練計画を立案されたそうですね。想像しただけでも大変そうです……。

非常に大変でしたね(笑)。もともとはロケットエンジンや人工衛星の開発に関わっていたのですが、それまでいなかった日本人宇宙飛行士を採用することが決まり、国内でも訓練計画をつくる必要が出てきたんです。そこで白羽の矢が立ったのが私でした。日本には誰も経験者がいないから、周りに相談しても答えは出てきません。NASAのプログラムなどを参考に、度重なるダメ出しをくらいながらも、なんとか練り上げていきました。

――計画が完成したあとは、実際に訓練を受ける宇宙飛行士のサポートに回られた。

そうですね。飛行士たちの訓練は日本だけでなく、アメリカ・ヒューストンを中心に、ヨーロッパやカナダ、ロシアなどの世界中で行われます。各地を転々とする飛行士をケアするのも、私の仕事でした。とくに初フライトを控えた飛行士は、多くの不安を抱えているんです。

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――遠く離れた場所で不安を抱える飛行士を、どうやって支えてきたのですか?

大切にしていたのは、他愛ない話をする機会です。業務連絡とは別に時間をとって、決まった話題がないときでも月一回は会話をします。「いま、筑波のJAXAはこんな感じだよ。そっちは、こないだのオフどうだった?」なんて、本当にちょっとした話をするだけ。オフィスで顔を合わせているかのように、離れていても世間話をすることが、気持ちを通じ合わせるためにはとても大事なんですよね。これは、海外での訓練時だけでなく宇宙に行ってからも同じ。家族はもちろん、医師や心理カウンセラーなどが、とくに何もなくても飛行士たちと話す機会を、定期的にとっています。

相手の立場に寄り添いながら、目の前のことに向き合う

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――飛行士が宇宙へ飛び立ったあとも、地上からのさまざまなサポートが必要だと思います。そもそも、それだけ遠く離れても普通に通信できるものなんですか?

宇宙と地上が通信するときのタイムラグって、じつは0.5秒以下しかないんです。地上とISSは、距離でいえば400㎞くらいしか離れていません。それって東京と大阪くらいの距離なんですよ。

――宇宙ステーションって思っていたより近い距離にあるんですね。

そうなんですよ。ただ、電波のスピードで考えればタイムラグなんてほとんど生まれないはずなんですが、実際は遠くの人工衛星を経由して通信するため、ほんのちょっとズレが生まれます。でも、気にはならないですね。ちなみに近い将来飛行士たちがISSよりずっと遠い月や火星に行くようになれば、タイムラグも何秒、何十分とかかるようになると思います。

――なるほど。宇宙にいる飛行士たちと通信するとき、気をつけていることはありますか?

飛行士と実際に会話をするのはNASAの「キャプコム」という通信担当者だけなんですが、いろいろとルールはありますよ。たとえば、アルファベットは「A=アルファ」「D=デルタ」「H=ホテル」「W=ウイスキー」などと言ったり、数字も「13」なら「ワンスリー」と言ったり……要するに、言葉を間違って伝達しないための工夫です。
とはいえ、何より大切なのは“相手の立場に立つ想像力”ですね。キャプコムという役割は、その飛行士を訓練してきたメンバーが担当することがよくあります。そうすると、いま話している飛行士がどんな訓練をしてきているか、何を知っていて何を知らないかが把握しやすい。キャプコムがそこを想像できれば「この作業は、あの訓練の応用です」「この作業はやったことがないので、丁寧に説明します」などと情報の微調整がきくので、会話がスムーズになるんです。

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――確かに、相手の状況を思いやりながら必要事項を分かりやすく伝えることは、リモートだといっそう大切になってくる気がします。

それから、コミュニケーションに限らず、宇宙開発する人間が大切にしている「ジーン・クランツの10か条」という心構えがあります。ジーン・クランツは、NASAの有人月飛行計画「アポロ」の13号で、地上管制室のリーダーを務めていた人物です。アポロ13号は事故による故障で、地球への帰還が危うい状況に陥りました。それでも、どうすれば飛行士たちを地球に帰せるか知恵を出し合って考え、なんとか無事に生還させた。「全力でやれ」「先を考えろ」「すべての想定を試して検証しろ」などの10か条には、絶対にあきらめず、仕事をやり遂げる魂が詰まっているんです。

――上垣内さんが、そうした不屈の精神や仲間への想像力を、とくに強く感じた瞬間はありますか?

印象的だったのは、あるスペースシャトルのミッションですね。僕はNASAの地上管制室で、日本の実験チームのリーダーを務めていました。前回うまく作動しなかった実験装置を改良し、リベンジを図ったのですが、シャトルの中でまた電源が落ちてしまって……飛行士たちに指示を出して修理を試みたものの、どうしても直りません。宇宙でのスケジュールは分刻みなので、実験装置にこれ以上の時間を使うわけにはいかない。時間外の作業も、絶対に頼めません。すべての通信がみんなに聞かれている場で「困っているから残業してほしい……」なんて伝えたら、飛行士はとても断れないでしょう? だから、そもそもそういう頼み事をしてはいけないルールになっているんです。ところが、飛行士たちのほうから「装置を修理する手立てが見つかるなら、休日を使ってトライしてもいいですよ」と申し出てくれて……宇宙にいる彼らは、地上の僕らの気持ちを想像してくれたんです。おかげで実験を完遂することができました。

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すべては、人類の未来をつくる目的のために

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――宇宙開発は、国をまたぐプロジェクトですよね。文化や背景が違うメンバーと、円滑に連携するコツはありますか?

生まれ育った国が違っていても、大切なのは気持ちを合わせることです。飛行士たちはとくに、宇宙船という密閉された空間で、多国籍のメンバーと生活をともにしなければなりません。若田光一さんがISSに搭乗していたとき、ロシア人の船長は「どんなに忙しくても、食事のときは作業を中断してみんなで一緒に食べる」というルールをつくったそうです。飛行士たちはそれぞれにタスクが詰まっているから、本来はなかなか一緒に食事ができないものなんですね。でも、そういう余白の時間を一緒に過ごすことが、チームワークをつくるのに大切だと判断したんでしょう。私もそう思います。コロナ禍になる前は、飛行士たちと飲んだりカラオケに行ったりして、仲を深めていました(笑)。

――そういう時間、大事ですよね。でも、いまはリモートワークが中心で、そうした機会が失われつつある……。

オンラインでも、ゆっくり話す時間を意識的にとるだけでずいぶん違うと思いますよ。あとは、お互いに共通のゴールイメージを持つこと。そもそも宇宙と地上だろうと、練馬と新宿だろうと、離れた場所で一緒に何かに取り組むという意味では、さほど差がないのかもしれません。

――でも、規模の大きな宇宙開発では、国やポジションによって目指すゴールが変わってきそうです。さまざまな立場のメンバーであっても、共通のゴールはありましたか?

たとえばISSのプロジェクトでは、「人間が宇宙に出ることを続けていく」というのが、ひとつの共通のゴールだと思います。もちろんそのゴールをつかむためには、一つひとつの実験をきちんと果たし、成果を出す必要がある。小さな目的やゴールがたくさん生まれるわけです。でも、そうしたすべてを積み重ねて、人間が宇宙に出ていく世界を続けることが、人類の世界観を変えるための第一歩になるんですよね。誰もが宇宙単位で地球や国を見られるようになれば、きっといまより地球環境や平和を願う人は増えるはず。僕は、宇宙開発のそういうところに大きなやりがいを感じているし、同じ認識の人は少なくないんじゃないでしょうか。

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たくさんのメンバーとそれぞれの場所で、人類の百年先、千年先と向き合う宇宙開発の仕事。お互いを思いやりながら力を合わせるのは、どんな仕事でも欠かせないマインドです。壮大な物事を成し遂げるために必要なのは、結局はそうした小さな積み重ねなのかもしれません。

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このインタビューは、株式会社デジタルホールディングスが主催しています。
リモートワークやフリーアドレス、副業など、さまざまな働き方を取り入れているデジタルホールディングスでは、離れていても共通の目標を持ち、小さな努力や成果を積み重ねていく環境があります。

離れていても働けるいまだからこそ、チームで動く意味がある。
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インタビュー/執筆:菅原さくら
企画、編集:サカイエヒタ(ヒャクマンボルト)

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