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フィスト・フィルド・ウィズ・リグレット・アンド・オハギ

この小説はTwitter連載時のログをそのままアーカイブしたものであり、誤字脱字などの修正は基本的に行っていません。このエピソードの加筆修正版は、上記リンクから購入できる物理書籍/電子書籍「ニンジャスレイヤー ネオサイタマ炎上1」で読むことができます。

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ニンジャスレイヤー第1部「ネオサイタマ炎上」より

【フィスト・フィルド・ウィズ・リグレット・アンド・オハギ】


 トミモト・ストリート、22時。

 重金属を含有する酸性雨が降りしきる夜の安宿街、明滅する巨大な「タケノコ」というネオン文字に、黄緑に照らされながら歩く男の姿があった。

 くたびれきった防塵トレンチコートはところどころ擦り切れ、目深にかぶった毛糸帽も虫食いだらけだ。男は片足を引きずりながら、おぼつかない足取りで、水溜りをハネ散らかして歩いていく。

 こんな時間帯に浮浪者が一人で出歩くなど、絶対に避けねばならないことである。見よ、男の後方3メートルを。鉄パイプを持った2人の武装ヒョットコが、少しずつ距離を狭めながら、男の後をつけてゆく。

 ヒョットコは、センタ試験と呼ばれる過酷な選抜試験からドロップアウトし、家を追われた十代の浪人生で構成された、巨大なストリート・ギャング・クランである。このトミモト・ストリートも、奇怪なマスクを被る彼等の掌握下にあった。

 彼等にはルールも良心も無い。特に浮浪者狩りは彼らの間で最もホットな競技である。日没から日の出まで、浮浪者達は遠く離れたセンベイ・ステーション周辺で時間をつぶすか、あるいはなけなしのトークンをはたいて、アニメ喫茶に避難するしか無い。この男は誰もが知るそのルールを忘れてしまったのか?

 左のヒョットコが右のヒョットコの肩をつつき、自分の鉄パイプを指差して笑った。ナムサン、先端には電動ドリルがくくりつけられている。右のヒョットコはそれに応え、ポケットから左手を出して見せる。握っているのは拳銃だ。「ヒッヒヒ!」2人はおかしくてたまらぬのか、声を漏らして笑いあった。

 ゆがんだ電信柱の陰まで男が歩みを進めたとき、ヒョットコはいきなり男に拳銃を発砲した。乾いた銃声が空気を震わせ、男は驚いて身をすくめ、しゃがみこんだ。狙いは外れたようだが、そんなのはおかまいなしだ。2人のヒョットコは爆笑しながら、男を取り囲む。

「ヒャハァー!」電動ドリルのほうが男の背中を蹴りつけた。「アイエー!」男は情けない悲鳴をあげ、ぬかるみに突っ伏した。

「ドリルやれよ!ドリルをよ!」拳銃のヒョットコが叫んだ。「ガッテン!」片割れが電動ドリルのスイッチを入れる。危険なモーター音が鳴り響き、回転する刃先が男の目玉に突きつけられた。「アイエーエエエエ!」男は激しく抵抗したが、拳銃のヒョットコが後ろから彼を羽交い締めにしてしまった。

「すっごいぜ!すっごい!」笑いながら、ヒョットコはドリルをオトコの眼球にちかづけていく。ナムアミダブツ!だがこの地獄絵図は、ネオサイタマのストリートにおいてはありふれすぎた「チャメシ・インシデント」なのだ!

「それぐらいにしておけ、小僧ども」道の反対側の電柱の陰から、別の男がゆらりと姿を現した。「アイエーエエエエ!」浮浪者はより一層の大声をあげた。ヒョットコたちは新手の人影を睨みつけた。

 その男もまた、くたびれきった身なりではあった。だが、ボロボロの防塵トレンチコートの下の肉体は違う。がっしりと盛り上がった肩と太い首が作る四角いシルエットは、男がいま水溜りで震えている浮浪者とは別種の存在であることを告げて余りある。

「ヒャハァー!一匹増えたあ!」「ダブルスコアだ!」ヒョットコは爆笑しながら鉄パイプを振り上げた。「アイエーエエエエ!」水溜りで浮浪者が叫んだ。二本の鉄パイプが、新参の男に振り下ろされる!

 闇の中で鳴る鈍い音。「タケノコ」のネオンサインがバチバチと光った。屈強な男は肩で鉄パイプを受け、微動だにしない。先端の電動ドリルが虚しく宙を掻いた。「あれえ?おかしいぜ?」「テストに出ないぞ!」ヒョットコたちが顔を見合わせる。

 男の肩を粉砕するはずの鉄パイプは、まるで飴細工のように、男の肩の輪郭に沿って、ぐにゃぐにゃに歪んでいた。闇夜に男の鋭い眼光が光った。

 ぶるる、と男の肩が震えたようだった。「イヤーッ!」ドウン、と、銅鑼を鳴らすような破裂音が轟いた。電動ドリルのヒョットコが、消えた。男は拳をまっすぐに突き出し、直立していた。「え?」もう一人のヒョットコが、路地をキョロキョロと見回した。

「アイエーエエエエ!」浮浪者が斜め頭上を指差した。「タケノコ」の「ケ」の灯りが消えていた。ヒョットコはそちらへ目を凝らした。「ケ」があった空間には、かわりに、「大」という字が書かれていた。

 字が変わった?いや、そんなはずはない。あれは字ではない!四肢を広げた人間の形に、看板にうがたれた穴である!

「活力バリキ」ドリンクのオーバードーズで極度の興奮状態にあるヒョットコにも、おぼろげながら事情がのみこめてきた。相棒はこの男の素手のパンチを食らって、斜めに吹っ飛び、あそこにある看板に埋め込まれてオブジェになった。わかりやすい。「ヒ……ヒヒー!」ヒョットコは失禁した。

「アイエエエエエ!」浮浪者が叫んだ。男はヒョットコの手から拳銃を取り上げ、ルービックキューブをいじるかのようなリラックスした手つきであっという間に分解してしまった。「まだやるか、ヒョットコ=サン」男が凄みをきかせた。「ヒヒー!」ヒョットコは失禁しながら脱兎の如く逃走した。

 男は浮浪者に肩を貸し、立ち上がらせた。「もう大丈夫だ、お客さん」「あんた、何者だ?」礼すら忘れ、浮浪者は問うた。「ヨージンボーだ、お客さん」男は低く言った。「こんな時間にウロウロして、他所から来たのかね、お客さん?」浮浪者は頷いた。「炊き出しが毎日あるって聞いたから...」

 男はガラガラ声で笑った。「が、はは、はは!そんなうまい話、ネオサイタマのどこにもないよ、お客さん!」「アイエエ....」浮浪者はしょんぼりとうなだれた。

「さっきのガキども、あれはヒョットコ・クランと言って、殺人嗜好者の集まりだ。炊き出しの噂を流したのも奴らだろう。地元の人間達が奴らの人間狩りを警戒するようになったからな。他所からお人よしの獲物を調達というわけだ」男は歩き出した。「ついて来な、お客さん。寝場所くらいはあるよ」

 安宿街の雑魚寝モテルはほとんどが灯りもつけず、扉を閉ざして静まり返っている。強盗対策である。二つめの十字路で、ヨージンボーは立ち止まった。地面のマンホールの蓋をずらし、浮浪者へ、降りるようにうながした。「行きな、お客さん」浮浪者はうなずき、はしごに足をかけようとした。

 そのときである。浮浪者を見守っていたヨージンボーが、突然ぶるぶると震え出し、地面に両膝をついた。「どうした!調子が悪いのか!」浮浪者は命の恩人を気遣い、背中をさすろうとした。「畜生きやがった!やばい、オハギ、オハギ……」「ダンナ?」「寄るな!いけ!」男は浮浪者の手を振り払う。

 男は震える手で、コートのあちこちのポケットを必死にまさぐった。「畜生、オハギ!オハギ、あったはず……まずい……」男は飛び出さんばかりに目を見開き、食いしばった歯の隙間からは泡をふいていた。しかし、なんとか彼は目当ての物を見つけ出した。プラスチック製のタッパーである。

「開けてくれ!はやく!中身を出してくれ畜生!」男は憤怒の形相で浮浪者を睨みつけた。浮浪者は慌ててタッパーの蓋を開いた。中には紫色のまるい塊が六つ、詰まっていた。「一つくれ!一つで十分だ!早く!」「すぐ出すよ!わかってくださいよ!」浮浪者は塊を一つつかむと、男の口に押し込んだ。

 とたんに男の震えはおさまり、恍惚とした酩酊が男に訪れたようだった。「ああー、あまい、きく、きく……」しばらく男は浮浪者の事すら忘れ、快楽の波に浸っていた。「ダンナ……?」「ああ……すまんな、色々あるんだよ、男にはな、わかるだろ」

 我に帰った男は、少し罰が悪そうに答えた。「さ、気を取り直して、下りようかい、お客さん」「アイエエ....」浮浪者が縦穴を下まで下りきったのを見届けてから、男もまた、地下へと身を投じた。

 目に刺さるようなアンモニア臭をたちのぼらせる水路を左手に、まっすぐ進む事、数分。二人は錆びた鉄の扉の前に立った。扉には奥ゆかしい字体で「お先です」と書かれている。どこか他所から持ってきたのだろう。

「ここだ、お客さん。みんな気のいいやつだよ。しばらく居るといい」男は軋む扉を押し開き、浮浪者をうながした。オレンジ色の光が目に飛び込んでくる。「ここは『キャンプ』だ。で、俺がここの、ヨージンボーというわけさ」

 倉庫かなにかを利用した場所であろうか、天井は高く、どこから引いてきたものか、あちこちに据えられた電気ボンボリが充分な光源となっている。思い思いに張られた、つぎはぎだらけのテント、ダンボールハウス。「村長に紹介してやる。ついて来な、お客さん」

 二人はいちばん奥にある水牛革製のテントのノレンをくぐった。そこにはサイバネティック義手をした、太った老人が座っていた。男は老人にオジギした。「ドーモ、タジモ=サン。一人、上で困っていたのを連れてきたんだ」老人は座ったまま手を合わせた。「ドーモ、ワタナベ=サン。今日は奇遇な日だよ」

「奇遇な日?」「うむ」タジモ老人はうなずいた。「まあそれは後で話そう。あんた、名前は」「ドーモ、わたしはノリタ・イガキです。タッコウ・ストリートからここまで来ました」浮浪者がおそるおそるアイサツした。「それは長旅だったね。外の『R4』のテントが空いている。よかったら使いなさい」

「い、いいのですか」浮浪者は泣き出した。老人はにっこり笑った。「イチゴイチエの教えだよ。ずっとここで暮らしたいなら、仕事をしてもらうがね。ここでは、皆ができる事をするのさ。助け合いで成り立つコミューンなのだ。ワタナベ=サンはここのヨージンボーだ。揉め事を解決してくれるのさ」

「アイエエ……わたし、がんばりますよ……きっとがんばります……」浮浪者は泣きながら老人の義手を握りしめ、もう一度深くオジギすると、よろめきながらテントを出て行った。ワタナベはそれを見届けたのち、口を開いた。「まあ、面倒見てやってくれよ。……で、奇遇とは?」

 タジモ老人はうなずいた。「あんたが出かけてる間に、もう一人運ばれて来たのだ。今日はこれで二人だ。珍しいだろう」「ほう、それは!」ワタナベは驚いてみせた。「どんな奴ですか?」老人はテント出入口を義手で指差した。「噂をすれば、だ」

 ワタナベは振り向いた。出入口に、背の高い男が立っていた。上半身は裸で、血の染みでまだらになった包帯をサラシのように巻いていた。肩口と胸の辺りに大きな染みがある。その箇所の出血がひどかったようだ。ワタナベはこの男の眼差しから、油断のならない凄み、絶望のような影を感じ取った。

「ドーモ、はじめまして。サカキ・ワタナベです」ワタナベがまずアイサツした。男もオジギした。「ドーモ、ワタナベ=サン。イチロー・モリタです」偽名だな。ワタナベは感じ取った。まあいい。「ひどい怪我だな」「タジモ=サンのおかげで、大事には至りませんでした」イチローはタジモにオジギした。

「モリタ=サンはすぐそこの下水のところで倒れていたのだ。今朝の事だよ。意識を失い極めて危険な状態だったが、ロン先生の処置で息を吹き返した。驚くべき生命力だとセンセイも驚いていたよ」ロン先生は元闇クリニック医師で、ワタナベと共にこのキャンプの生命線といえる存在だった。「ふうむ」

「ロン先生は言うておる、それでも満足に動けるようになるまで一週間はかかると。わしらはしばらくとどまるようにモリタ=サンに伝えておるのだが……」「そうはいかないのです」イチロー・モリタが口を挟んだ。「時間がないのだ。本当に恩にきます、しかしこれ以上お世話になるわけには」

 言葉を畳み掛けようとして、モリタは苦痛に呻いた。「それ見たことか。ワタナベ=サン、あんたからも頼むよ」タジモ老人が困り果てた表情でワタナベを見た。ただごとではないな、とワタナベは心中で呟いた。「事情がどうあれ、セイてはコトをシそんじる、という言葉もあるぞ。モリタ=サン」

「……」「焦りの理由を話してくれれば、なにか力になれるかも知れんぞ」ワタナベは言った。モリタは険しい顔でワタナベを見返した。そして、折れた。「人を探している。行方知れずなのだ」「家族か」家族、と耳にした時、なんらかの感情がモリタの顔をさざ波のように行き過ぎて行った。

「……そうだ」モリタは言葉を吐き出すように言った。ワタナベは呟いた。「家族か。……家族はいい」それから、我にかえると、モリタに言った。「モリタ=サン。とりあえず寝場所が居るな。俺のテントを使え。まずはメシでも食おうじゃないか、『お客さん』」

 牛革とビニールを複雑に継ぎ接ぎし、カワラをニカワで貼り付け補強したワタナベのテントは、もはや立派な住居と言えた。「なにしろ地下だから、雨の心配をしなくていい」ワタナベはノレンを引き開け、モリタを招き入れた。

 テントの中は、外見以上に驚きだった。二段式のベッド、うず高く積み上げられた書物、マキモノの類い。ワタナベはクーラーボックスからサイタマ・シュリンプ・ビールの缶を二本取り、ひとつをモリタに手渡した。モリタは断りかけたが、結局受け取った。

「まあ座れ、モリタ=サン。寝たけりゃ上のベッドを使ってくれ」「ドーモ」モリタは頷いた。ワタナベはニヤリと笑った。「お互いの家族にカンパイだ」シュリンプビールを缶のまま飲みながら、モリタはテント内のあちこちに張られた色褪せた写真に目をやった。

 写真に映るのはどれも同じ人間だ。キモノを着た美しい女、そして、四歳ぐらいの子供。「おれの家族だ。妻の名はミマヨ。娘の名はオハナ」ワタナベはビールをあおった。「二人は今はロッポンギに住んでる。新しい夫とな。……それでよかったんだよ」

 モリタはワタナベをさえぎらず、ただ耳を傾けていた。「おれは家族を顧みなかった。刑事としてネオサイタマを守る、それがおれの義務と固く信じていた。ヤクザをカラテで殴るこの手から、知らないうちに、いろんなものがこぼれていった。いろんなものが」ワタナベは手のひらを見つめた。震えていた。

 ワタナベはタッパーからオハギをつかみとり、むしゃむしゃと食べた。ワタナベの目がぼんやりと曇った。「オハギが止められないんだよ……情けないだろう。闘争にあけくれ、オハギで疲労をごまかした。妻が娘を連れて出ていったのを知ったのも、一週間も経ってからだ」

「妻の再婚相手は、当時のおれの部下だ。だが……あいつなら、おれのようなクズとは違う、幸せな家庭を築けるはずだ。おれはやがて刑事ですらなくなり、探偵になり、最後にはここだ。ヨージンボーさ。なにもかも失ってな。おれは何の為に戦ってきたんだろうな」ワタナベは二本目のビールを開けた。

「ネオサイタマを守るため」モリタが言った。「そうだろう。ワタナベ=サン。そして今はこのキャンプを守っている。尊い仕事だ」ワタナベは驚いた顔をし、まばたきしてモリタを見返した。ワタナベは震えていた。オハギ中毒の症状ではなく、涙をこらえて震えているのだ。

「おれはただ、会うやつ会うやつにこんな話をして、同情をかいたいだけなんだ、モリタ=サン。情けない男なんだよ。だが……」ワタナベは目頭を押さえた。「来月は娘の誕生日なんだ。会えることになっている。それがおれの支えなんだ。……あんたも、見つかるといいな、その……」「名は、ユカノだ」

 モリタは静かに答えた。「私のセンセイの忘れ形見で、18になったばかり。血のつながりはないが、守ってやれるのはもはや私だけだ。センセイは死んだ」「行方知れずか……心配だろうな」ワタナベは言った。「仕事柄、ネットワークは無い訳ではない。噂を集めよう。お前がここを去るまで、力を貸す」

 ワタナベはモリタに握手の手を差し出した。モリタは握手に応じた。「家族はいい、モリタ=サン」ワタナベの言葉は自らに言い聞かせるようでもあった。

 ……翌日、日の入り。聞き込みを終え、相撲バー「チャブ」を後にしたワタナベは、自分をつけてくる足音に気づいていた。イチロー・モリタ?違う。引きずる様な弱々しい足音である。

 相撲バー「チャブ」のバーテン、マイニチ=サンは、トミモト・ストリートのみならずネオサイタマの主要繁華街に情報のコネクションの網を張るヤリ手であった。彼はワタナベに頭が上がらない。ワタナベは彼にユカノの特徴を伝えた。マイニチ=サンの手腕は確かだ。三日もすれば何らかの目撃情報が入る。

 ワタナベは注意深くストリートの角を曲がった。ヒョットコ・クランの報復?違う。奴等は病的に日の光を恐れている。たとえ曇りであってもだ。それは彼らの信奉する宗教と関係があるのだろう。そして何より、ヒョットコは決して一人で行動する事はないのだ。

 何度か路地を選び、試したが、足音がワタナベをつけているのは確実だった。ワタナベはあれこれ考えるのをやめた。どのみち、ワタナベのカラテに勝てるものなどない。ワタナベは立ち止まり、言った。「何の用かね」

「アイエエ……!」「お前は!」ワタナベは振り返った。狭い路地、立っていたのは、彼が助けた浮浪者だった。「確か、お前は……ノリタ=サン?」「ドーモ。ワタナベ=サン。いや。インターラプター=サン」浮浪者は顔を歪め、口を開いた。濁った目がワタナベを見据えた。ワタナベはうめいた。

「どう言う事だ?なぜその名を知っている!ノリタ=サン!」ワタナベは叫んだ。「はじめまして、私は…私は……」浮浪者の首がガクガクと不気味に揺れた。「わたし、は、ウォーロック、です。インターラプターさん。このひと、の、カラダを、かりて、います」

「なんだと……」ワタナベは身構えた。浮浪者はその身をブルブルと震わせた。「チューニング、が、なかなか、はああああ、ああ、もう大丈夫です、インターラプター=サン」痙攣がおさまると、やせ衰えた顔には別人の様な凄みが宿っていた。「お会いできて光栄です、インターラプター=サン」

「その名で呼ぶな。カラテを叩き込むぞ」「カラテ!あのタタミ・ケンですな。見ていましたとも、この目でね!ヒョットコをハリツケに!なんともムゴいジュツでしたな。あなたの拳は錆びついていない。ボスもお喜びですよ」浮浪者……ウォーロックと名乗った正体不明の存在は歯を見せて笑った。

「ソウカイ・シンジケート! おれに構うな!」ワタナベは激昂していた。ナムアミダブツ!ワタナベは確かにソウカイヤの名を口にした。彼は何者なのか!一方、ウォーロックはワタナベの怒りにも少しも動じた様子はない。

「私がシンジケートのシックス・ゲイツに入ったのはつい先日です、インターラプター=サン。……と、言いますのも、大幅に欠員が出ましてね。あのコッカトリスも倒されました。まさにこれは緊急事態ですぞ、インターラプター=サン」「コッカトリスが!?」ワタナベは反射的にオウムがえしにしていた。

 ウォーロックは芝居がかった仕草で人差し指を立てた。「あなたが健在だった頃のシックス・ゲイツのニンジャはあらかた殺されました。ダークニンジャ=サンすらも力及ばず、植物状態ときいております。一人の人間がそれをやったのです、たった一人の人間が!」

「バカなー!」ワタナベは叫んだ。「ダークニンジャ=サンが倒れたなどと……何者だ、そのテロリストは?」ウォーロックはくすくす笑った。「イチロー・モリタ=サンですよ、あなたと仲のよろしい好青年ですな」ワタナベは打ちのめされたように後ずさった。

「あれは偽名でしょうが、本当の名は我々も掴んでおりません。ただ、『ニンジャスレイヤー』と自称しております」ぽつり、ぽつりと雨粒が落ち、すぐに土砂降りになった。ウォーロックは続けた。「私はあなたのご存命を知り、こうしてスカウトに来ました。まさかその場にニンジャスレイヤーが……」

「奴を殺れというのかウォーロック=サン」ワタナベは呻いた。ウォーロックは深々とオジギした。「ボスはあなたをシックス・ゲイツへ呼び戻した後、ニンジャスレイヤーをテウチ(訳註:暗殺すること)にせよ、とお命じになるおつもりでした。一度でそれが済んでしまうとは、まさにアブハチトラズです」

「だが……おれはシンジケートを抜けた人間だ……」ワタナベは言葉を口から押し出した。ウォーロックは頷いた。「そのオトガメすらも白紙にして、迎え入れようというのです。なんと寛大なボスのお計らい!」ウォーロックはニヤニヤと笑った。

「それに、言ってはなんですが、インターラプター=サン、あなた自身今の不本意な暮らしを通して、ご自身の本当の生きる道を身に染みて実感されてらっしゃるのでは?」ウォーロックがワタナベの顔を覗き込んだ。「シックス・ゲイツ最強のニンジャ、タタミ・ケンの使い手、それがヨージンボーなど……!」

「言うな!」ワタナベはさえぎった。しかしウォーロックは続ける。「さらに、あなたにとって素晴らしい福音が用意されている。……オハギ、おいしいですか?インターラプター=サン」「貴様…!」「憎くて愛しい、黒い甘味……」「やめろ!」「血中のアンコをクリーンにして差し上げます」

「何だと」ワタナベは呆然とした。「そんな事ができるわけがない」「リー先生のラボであれば、それも容易い。あなたのいた頃とは違うのです、色々と」ウォーロックは言った。「血液を入れ替え、体細胞を……まあ、私にはよくわかりません。リー先生に直接お聞きになっては?」ワタナベは沈黙した。

 長い沈黙であった。二人は重金属を含んだ激しい雨に打たれていた。やがてワタナベは口を開いた。「……約束を守れよ、ウォーロック=サン」「ホホホ!私は伝令に過ぎません。ですが嘘は申しておりませんよ。これで私の首もつながります。ニンジャスレイヤーの首、お待ちしておりますよ」

 言い終えると、ウォーロックであった浮浪者は唐突に意識を失い、糸の切れたジョルリのように(訳註:人形浄瑠璃か)、アスファルトに倒れ伏した。ワタナベは握りしめた己の拳を見つめた。そのおそるべき眼差しは、殺意に赤く燃え上がるようであった。

 ……同時刻。

 トミモト・ストリートの中心、巨大ゲームセンター「ヤング・オモシロイ」の廃墟内では、今まさに危険な宗教的儀式がたけなわであった。

「キング!」「キング!」「キング!」日没を迎え、まったき闇となった「ヤング・オモシロイ」の中央ホールで、半裸の男たちが声を合わせて叫んでいた。彼らはみな、センタ試験に失敗し、帰る家を失った十代の若者達である。

「キング」の呼び声が響き渡る中、中央に据えられた祭壇のボンボリに火が灯った。炎が巨大な人の影を映し出すと、呼び声は割れんばかりの歓声に変わる。影は両手を高く差し上げ、それに応えた。「約束の子供らよ!今宵も時が来た。オメーンを被れ!」歓声。少年達は競い合ってヒョットコの面を装着した。

「我々は自由だ!今こそ、夜!太陽は死んだ!手にはバットを持て!」「キング!」「キング!」「キング!」「今宵の約束の地は、下水とともに暮らす不潔なネズミの巣だ!」「キング!」「キング!」「キング!」「ヨージンボーなど恐るるに足らず!」「キング!」「キング!」「キング!」

 ドオン、と銅鑼が鳴らされた。首領は手に持った青龍刀を火に差し上げた。「ゆくぞ!」狂乱のヒョットコ集団は首領の号令下、雪崩のように「ヤング・オモシロイ」から飛び出して行った。目指すは……浮浪者のキャンプである!

 アグラ・メディテーションを終え、二分間に及ぶ深呼吸を三度行うと、ニンジャスレイヤーは静かに立ち上がった。傷は六割癒えた。ロン先生の処置は適切であり、ニンジャスレイヤー自身のニンジャ回復力も非凡であった。これ以上の滞在は許されない。いつソウカイヤがここを嗅ぎつけるかもわからない。

 なにより、ニンジャスレイヤーはユカノの身を案じていた。ワタナベの情報網が機能するという保証もない。旅立ちの時である。

 ニンジャスレイヤーはボストンバッグのジッパーを開け、己の赤黒のニンジャ装束がしっかりとたたまれているのを確かめた。背後でノレンが動く気配がした。ニンジャスレイヤーはジッパーを閉じ、振り返った。

「……」ワタナベであった。広い肩、無骨な顔立ち、四角いシルエット。雨に濡れ、目をらんらんと輝かせ、ニンジャスレイヤーを無言で見据えている。凄惨な表情であった。

「どうした」ニンジャスレイヤーは問うた。己のニンジャ第六感が、ワタナベの剥き出しの闘争心、そして悲哀を感じ取っていた。ワタナベは答えた。「本来の姿に着替えるがいい、モリタ=サン。いや、ニンジャスレイヤー」「……」「おれも、着替える」

「ワタナベ=サン」「おれはニンジャだ、ニンジャスレイヤー=サン。ソウカイ・シンジケートのな」ニンジャスレイヤーは頷いた。「よかろう」ボストンバッグをつかみ、テントから出た。そして隣のテント、ロン先生の診療所へ向かう。

 診療所は無人であった。ロン先生はおそらく、ツーフーを発症しているマゲヌマさんへの往診に出ているのだろう。ニンジャスレイヤーはそこで己のニンジャ装束の袖を通した。頭巾を被り、「忍」「殺」とレリーフされた恐ろしいデザインのメンポを装着する。己に憑依したニンジャソウルが身じろぎする。

 ニンジャスレイヤーはワタナベ=サンの過去、そして現在を思い、そして振り捨てた。慈悲はない。ニンジャ殺すべし。

 診療所テントを出ると、ワタナベもまた、着替えを終えて自分のテントから出てきたところだった。焦げ茶のニンジャ装束を着たワタナベが、ニンジャスレイヤーにオジギした。「ドーモ、ニンジャスレイヤー=サン。インターラプターです」「ドーモ、インターラプター=サン。ニンジャスレイヤーです」

 浮浪者キャンプは静まり返っている。ただ、電気ボンボリの明かりで照らされるばかり。皆、日中の空き缶拾いに疲れ、泥の様に眠っているのだ。ニンジャスレイヤーとインターラプターは3メートルの距離を保ちながら、ゆっくりと旋回した。互いにつけいる隙をうかがっているのだ。

「なぜ、わさわざ正体を隠していた?インターラプター=サン。寝首をかく機会はあったろう」「ソウカイ・シンジケートへ復帰したのはついさっきだ。お前がニンジャスレイヤーだと知らされ、テウチ指令を受けたのもな。おれはシンジケートから逃げておったのだ。だが、それも終った」

「おまえはそれでいいのか?妻が、子が待っているのだろう?」ニンジャスレイヤーが問う。インターラプターは暗く笑った。「そうとも。家族。オハギ依存を断ち、おれはまっとうな人間に戻る。そして家族を取り戻すのだ」「まっとうな人間?違うな。お前はニンジャに戻ったのだ。無慈悲な殺人者に」

「言うな!」インターラプターが仕掛けた。イナズマの如き速度の蹴りである!ニンジャスレイヤーはぎりぎりのところでそれをかわした。その動きはどこかぎこちない。体が完全ではないのだ。

 ニンジャスレイヤーはインターラプターの蹴り脚を掴み投げ飛ばした。「イヤーッ!」「グワーッ!」しかしインターラプターもさる者。空中で易々と受け身をとった彼は猫の様に着地する。ニンジャスレイヤーは着地点へスリケンを投げた。インターラプターの両腕が素早く動くと、スリケンは弾かれていた。

「本気を出せニンジャスレイヤー。怪我がどうした。この程度のジュー・ジツでコッカトリス=サン、ましてダークニンジャ=サンが倒せるたはずがない。本気を出すのだ。おれはシックスゲイツ最強のニンジャだ。おれは甘くないぞ」インターラプターは不敵に言い放った。

「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは飛び蹴りを繰り出した。「イヤーッ!」インターラプターも同角度の飛び蹴りで応じる。二人は空中で交差した。着地と同時に、二人は振り向きながらの蹴りを放つ。これも同角度である。蹴りと蹴りがぶつかり合い、火花が跳んだ。

 互角!いや、ニンジャスレイヤーはさらにもうひと蹴りを残していた! 反対の脚がビリヤードのキューのごとく突き出され、インターラプターの胸を突いた。押し出されるようにして吹っ飛んだインターラプターへ、滑るように向かって行くニンジャスレイヤー。追撃である。

 またしても猫の如く着地したインターラプターは、迎え撃つと思いきや、奇妙な中腰の姿勢を維持していた。ニンジャスレイヤーはその姿勢になにかただならぬ気配を感じ取った。だが、攻めの手を止めるわけにはゆかぬ。インターラプターの下腹へ向け、ニンジャスレイヤーはチョップを突き出した。

「イヤーッ!」「フンハー!」インターラプターが叫んだ。ニンジャのシャウトとは異質な叫びだ。ニンジャスレイヤーのチョップは、中腰のインターラプターの腹筋へ突き刺さり……いや、違う!おお、見よ、なにか超自然の力によって、ニンジャスレイヤーの手は逆にがっちりと捉えられているではないか!

 インターラプターは上半身をねじった。上体だけが、ほとんど真後ろを向いている。そして、その右腕の異様な緊張を見よ!何かがくる!ニンジャスレイヤーは防御の姿勢を取ろうとした。だが、なんたることか、体はその場にくぎづけにされている!見えない何かが、ニンジャスレイヤーを押さえつけている!

「ハイーッ!」インターラプターが叫んだ。振り抜かれた拳がニンジャスレイヤーの顎を直撃した。ニンジャスレイヤーの体は斜めに空中へ吹き飛んだ。一秒後、ドオンという衝撃音が放射状に発生し、近くのテントがひしゃげ、中から浮浪者が慌てて飛び出すと、ニンジャの姿を見て転がる様に逃げて行った。

「グワーッ!」思い出していただきたい。浮浪者キャンプは巨大な地下倉庫区画を利用しているという事を。ニンジャスレイヤーは高く吹き飛ばされたことで、天井にその身体を叩きつけられる事となった。そのダメージはいかばかりか!?垂直に落下する彼を待ち構え、インターラプターが…おお、なんと!

 彼は落下予測地点で再び中腰の姿勢を取った。ナムアミダブツ!なんたる無慈悲!インターラプターは落下してくるニンジャスレイヤーに、今当てたばかりの打撃を再度当てようというのだ。シックスゲイツ最強を名乗るには、これほどの冷酷さが求められるものなのか!

「ハイーッ!」さらなる直撃、一秒後の破裂音……しかし、ニンジャスレイヤーは吹き飛ばなかった。なんと彼は空中でインターラプターの打撃をとらえ、受け流していたのだ。円を描くような動きでインターラプターの腕に巻きつき、絡めとる。まるでマイコのような流麗さであった。

「ワッショイ!」インターラプターの体の周囲にタスキのようにまとわりついたのち、ニンジャスレイヤーはインターラプターを天高く放り投げた。あのおそるべき打撃技の衝撃をそのままインターラプターに返す形で、投げ飛ばしたのである。「グワーッ!」天井を舐めるのはインターラプターの番だった。

 天井へ衝突したのち、垂直に落下するインターラプター。普段のニンジャスレイヤーであれば、そこへ空中で取りつき、「イナヅナオトシ」を決めてトドメとするところである。だがニンジャスレイヤーはそれを見送った。インターラプターは落下しながらバランスを取り、着地した。

「なるほど。撤回する。おまえはおそるべき使い手だ、ニンジャスレイヤー=サン」インターラプターは鼻血を拭った。「だが、なぜ情けをかけた。恥をかかせる気か」ニンジャスレイヤーは黙って浮浪者キャンプの出入り口を指差した。その直後であった。小さな扉がゆがみ、弾け飛んだ!

 そして、ヒョットコのオメーンをつけ、金属バットをかかげた武装集団がなだれこんできた。ニンジャスレイヤーのニンジャ第六感は、襲撃者の接近を察知していたのである。「なんだと!」インターラプターは叫んだ。ニンジャスレイヤーはインターラプターを見た。「お前の手のものではないようだな」

「当たり前だ!」インターラプターは叫び返した。「おれは数に頼るような卑怯な真似はせんぞ。第一……」「そう、第一、ここはお前の『故郷』だ。ヒョットコ・クランを呼び込むなど、ありえんだろうな」ニンジャスレイヤーは静かに言った。インターラプターは沈黙した。やがて言った。「一時休戦だ…」

 ヒョットコたちは壁の穴から這い出すアリのごとく、地下倉庫空間に走り出る。手にタイマツを持っているヒョットコもいる。「ヤッチマエー!」

 眠りを妨げられ、異常に気付いた浮浪者たちがテントから飛び出してくる。「ロン先生!おれだ、ワタナベだ!」インターラプターは走ってきた痩せた中年男性を呼び止めた。「ニンジャ!お助け!」「説明は後だ、ロン先生!ヒョットコは我々が相手をする。センセイは皆を起こして、反対の出口から逃せ!」

「わ、わかった、まさかそっちのニンジャはモリタ=サンか!?アイー!」ロン先生は恐れながらもやるべき事を理解し、駆け出した。二人のニンジャは頷き合うと、殺到してくるヒョットコ集団へ向かってジャンプした。

 ヒョットコ達は手に手に持った金属バットで手当たり次第に手近のテントやダンボール、ボンボリを殴りつけている。その後方で満足げに仁王立ちする長身のヒョットコ首領。その荒々しさ、平安時代の悪虐ニンジャ「アケチ・ニンジャ」が私兵を率いて村々を荒らし回った地獄絵図を思い出させずにはいない。

 騒乱のさなかへ二人のニンジャが着地すると、ヒョットコ達は驚きのあまり手を止めて静まり返った。「ニンジャ!?」「なんでニンジャが……」ヒョットコの一人が首領を振り返った。「キング!ニンジャです!こんなの聞いてない!テストに出ないよお……」首領は平然としていた。「気にするな」

 首領は手にした青龍刀を高々と掲げた。「約束の子らよ!ニンジャはヒョットコではない!太陽でもない!だから存在しないのと同じだ!気にせずテントを焼け!浮浪者を狩れ!」ヒョットコ達は顔を見合わせた。「そ、そうか……」「さすがキング!」「キング!キング!キング!」「ヤッチマエー!」

「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーの体がコマの様に回転した。「グワーッ!」放射状に六枚のスリケンが飛び、脳天と心臓に二枚ずつスリケンを受けた三人のヒョットコが絶命し、倒れて動かなくなった。構わず、逃げ惑う浮浪者を追いかけようとするヒョットコに、インターラプターが立ち塞がる。

「ハイーッ!」インターラプターのタタミ・ケンの直撃を受け、水平に吹き飛んだヒョットコが、背後のもう二人を巻き添えにして、壁にめりこんだ。「グワーッ!」「グワーッ!」「グワーッ!」

 二人のニンジャはともに嵐の如き殺戮を繰り広げた。しかし、ヒョットコの数が多すぎる。首領の言葉を絶対的に信頼する彼らの異常な価値観は、ニンジャを恐怖しないようにできているようであった。やがて何人かが妨害を突破し、テントに火を放つ事に成功した。

 燃えやすい素材でできたテントやダンボールハウスは、浮浪者が足で稼いだたいせつな家財とともに易々と燃え上がった。巨大倉庫のスプリンクラー装置が反応し、放水を開始する。火と水、発生する水蒸気で、浮浪者キャンプはたちまちマッポーの地獄絵図と化した。

 それでも、一度の攻撃で複数のヒョットコの命を奪うニンジャ二人によって、襲撃者が全滅に至るのは時間の問題だった。己の構成員をまるで捨て石のように使う、後先を考えない首領の作戦は異様であった。「ホホホホ!」オメーンの下で首領が笑った。「もうこの村はお終いだな。インターラプター=サン!」

「なぜお前がその名を知っている…」インターラプターが首領に向き直った。そして、思い至った。「今度はそのヒョットコ首領を乗っ取ったのか、ウォーロック=サン!?」「イグザクトリー(その通りです)、インターラプター=サン!ドーモ!」

「どういう事だ」最後のヒョットコを片付け、駆け戻ったニンジャスレイヤーがインターラプターに問うた。インターラプターは答える。「ウォーロックだ。ソウカイ・シックスゲイツのニンジャ。他人の意識を乗っ取るジュツを使う。本体はどこか別の場所にいる」

「ホホホホ、イグザクトリー。しかし仲間の情報を売るとは感心しませんよ」「黙れ!これはどういう事だ、ウォーロック=サン」「不必要だからです!」ニンジャスレイヤーへのアイサツもせず、ウォーロックはインターラプターに答えた。「このキャンプはあなたの惰弱な人間性の拠り所だ」

水蒸気と熱が渦巻いていた。ロン先生は浮浪者たちを逃がし切る事ができたのだろうか。「あなたはシックスゲイツのニンジャだ。かつてあなたが逃げたのも、その人間性のせい。だからそんなものは捨てていただきます。イソガバマワレ。あなたの家はここではない、ソウカイ・シンジケートなのですから」

「何だと……」ウォーロックはあらためてニンジャスレイヤーに向き直り、オジギした。「そして、ハジメマシテ、ニンジャスレイヤー=サン。ウォーロックです」「ドーモ、ウォーロック=サン、ニンジャスレイヤーです。ソウカイヤの外道め、そう長く生きられると思うなよ」「ホホホホ!」

ウォーロックはインターラプターの腰のあたりを指差した。「ところで、何かが無い事に気づきませんか、インターラプター=サン。大切なものが!」「何!グワーッ!」インターラプターは愕然とした。腰につけたオハギ入れのバイオ笹タッパーが、無残に破り取られていた。「いつの間に!」

「私のネン・リキは万能です。雑魚ヒョットコとの戦いに気を取られるあなたからオハギを奪い取るなど、たやすい事。ホームを失い、オハギを失った。これであなたは、晴れて心身ともにクリーンなニンジャです、おめでとうごさいます。ホホホホ……」「貴様!」

「そして、残念ながら、ニンジャスレイヤー=サン、あなたには、彼が隠している事実を告げねばならない!」「やめろ!」インターラプターは色を失った。彼はウォーロックへ襲い掛かろうとしたが、足がもつれ倒れてしまった。禁断症状で彼はブルブルと震え出した。

 ウォーロックは肩をすくめ、話し出した。「彼はこんなことを言っていませんでしたか?刑事生活の苦しみから逃れるためオハギに逃げた。ロッポンギに妻と子。ホホホホ!違う、違う、違う!」「やめろ…やめてくれ……」「昔から、彼はそうやって自分を、他人をごまかしているんだそうですよ?」

「いいですか、ニンジャスレイヤー=サン。彼は殺人嗜好者です!刑事として働く一方、彼は夜な夜な、そのカラテで道ゆく人々をツジギリ(訳註:通り魔のこと)していた。それを嗅ぎ付けた後輩の刑事の家に押し入り、彼と妻と子を、残らず惨殺したのです!」「やめろ……やめろ……」

「やがて彼はニンジャとなってシックスゲイツに入った。彼の異常な闘争心を適度に抑えるもの、それがオハギなのです。幻想の中にいる彼は、そんな事すら忘れてしまっておりますが……。残念な事です、ニンジャスレイヤー=サン、しかしこれで彼は生来の殺人マシーンに…グワーッ!!」

 ニンジャスレイヤーの飛び蹴りがウォーロックの首を直撃した。ヒョットコのオメーンごと、その首から上は千切れ飛んだ。サイタマ・シャンパンのように激しく血液を噴出させ、首領の体はうつ伏せに倒れて動かなくなった。

 膝立ちの姿勢で、インターラプターはブルブルと震えていた。「ウフフ……アア……この感じ……思い出す……」「インターラプター=サン」「ああ……いいぞ、いいぞ!」四角いシルエットの大男が、震えながら立ち上がる。目からは血の涙が流れていた。彼は笑っていた。

「なんとすがすがしいことか。おれには何も無駄なものが無い」インターラプターは中腰の姿勢をとった。「さあ、来い、ニンジャスレイヤー。おれのタタミ・ケンとお前のジュージツ。どちらが上か。ケッチャクをつけようじゃないか」「イヤーッ!」「フンハー!」

 ニンジャスレイヤーはインターラプターをチョップした。ナムサン!当然の如く、インターラプターの守りの姿勢はニンジャスレイヤーのチョップをがっちりと受け止め、固定した。インターラプターの上半身が、ぐるりと裏返る。

「ハイーッ!……な?グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」ナムアミダブツ!一体何が起こったのか!ニンジャスレイヤーは固定されていないもう片方の手で、ぐるりと後ろを向いたインターラプターの準備姿勢、タタミ・ケンを繰り出す腕をつかんでいた。そして、ナ、ナムアミダブツ!

 ニンジャスレイヤーは、なんたること、片手だけの力で、限界までねじったインターラプターの上半身をそれ以上にねじり込み、ねじり切ったのである!

 無残!腰から上下がわかれて地面に落ちたインターラプターを、ニンジャスレイヤーは見下ろした。「……ニンジャ殺すべし」ニンジャスレイヤーは呟いた。感情のこもらぬ声であったが、彼は自らに言い聞かせているかのようであった。まだ息のあるインターラプターが、ニンジャスレイヤーを見た。

「これでよかったのだ、モリタ=サン……いや……偽名か……」インターラプターは笑おうとして、咳き込んだ。「おれは罪深い亡霊だ、おれのような人間は、こうなるサダメ……カイシャクしてくれるか、ニンジャスレイヤー=サン」ニンジャスレイヤーは頷いた。

「いいか、『チャブ』だ。『チャブ』に行け、ニンジャスレイヤー=サン」インターラプターは血を吐きながら告げた。「『チャブ』の、マイニチ=サンに会え。彼が、今頃、ユカノ=サンの行方、きっと、つかんでいるはず」「……」「サヨナラ!」「イヤーッ!」

 ニンジャスレイヤーのチョップが、インターラプターの額を打った。額がひび割れ、そこから輝くエクトプラズム体が噴き出した。インターラプターのニンジャ・ソウルである。ニンジャ・ソウルはニンジャスレイヤーの頭の高さまで浮かび、爆発四散した。

 ニンジャスレイヤーはしばらく立ち尽くしていた。やがて、彼は踵を返し、水蒸気の中へ消えていった。あとにはインターラプターの無残な死骸が残った。しかし、閉じられた瞳は、安らかであった。

【フィスト・フィルド・ウィズ・リグレット・アンド・オハギ】終


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