テロリストと呼ばれた森の番人たち

「私たちは、捨てられた民族。ある契約書へのサインを断った唯一の部族。森の孤島のような、断絶された土地で代々暮らしを紡いできた」

ブレンダは、青く少しグレイがかかった目を僕に向け、かぼちゃのスープを口に含みこう言った。肌は白と褐色が、髪色は黒に金が混ざっている。ブレンダの声は少ししゃがれているが、口調に知的なリズムと温度をはらんでいて、旅の徒労感を癒す安堵を運んできた。彼女はニュージーランドの先住民族マオリの中でも最も謎に包まれる部族「ツホエ」の「カイチアキ(大地の守護人)」だ。外からは森の声、鳥の声が聞こえてくる。

彼女に会うまでの道は長かった。僕はマオリ族に存在するカイチアキという役職に興味を持ち、一年ほど情報収集をしていた。カイチアキは土地や資源をどう使い、どう守るかを決める権利を有し、そのための知識を口伝で受け継いできた大地の守護人だ。その響きに興味を持ち彼らの話を聞こうと探し始めた。しかしマオリの集会やコミュニティーに入り込み、情報を得ようとしたが、なかなか会えなかった。その途中多くのマオリに会い、いろいろな話を聞くうちに、ツホエという部族の存在を知った。

ツホエは「霧の子供達」とよばれているがその名の通り謎の多い存在だった。ツホエのことをある友人はこう教えてくれた。

「あの部族は特別だ。今でも外部の人を寄せ付けないように、居住区を柵で囲っている。今も政府と戦っている、攻撃的な部族だ」

事実、2008年にはテロリスト扱いを受け、2012年に、ウェリントン警察がツホエの土地の一帯を強制捜査した。武器をかくし持ち、国家転覆のために訓練をしているという噂が流れていたからだが、結局証拠は何一つでてこなかった。ツホエの男たちは怒り、ウェリントン警察まで怒りのパレードを敢行。車でも8時間かかる距離を横断するパフォーマンスを行い、ウェリントン警察を正式に謝罪するに至らせた。

そのニュースを追いネットサーフィンしていると、ある動画にいきあたった。たった20年前にとられた映像。そこには目出し帽をかぶった若い男が映っていて、インタビュアーに対しこう答えていた。「俺たちはツホエの戦士だ。自分たちの権利を取り戻すために、戦っている。銃も持っている。ここは俺たちの土地。ここは俺たちの国だ」

彼らは自分たちの土地を、ツホエ国だと主張しているのだ。

ツホエとの橋渡ししてくれたのは、僕がタウランガという海辺の町に住んでいた時に出会ったマオリ女性。彼女の母親はツホエ。父はかつてツホエと敵対していた部族出身だ。結婚したのが40年前くらいだというから珍しいことだった。彼女は、両方の部族に挟まれて育った。「私は両者の平和の象徴よ」と彼女は言う。血の交わりが安定を生むのはよく言われている話だがニュージーランドに住んでいると、強くそれを感じる。ニュージーランドは先住民の地位が最も高い国と言われている。その理由の一つに混血化をあげる人はマオリもパケハ(マオリ語で白人)も多い。ニュージーランド政府の役人がマオリとプロジェクトを進める時、マオリの血が入っているパケハの職員を担当にすることがある。彼らの存在は、両者の融和の鍵となっている。マオリ同士の関係においても、血の交わりは融和の証だ。

彼女はツホエのことを教えてくれた。歩んできた歴史。そしてどんな部族か。何度も彼女の家に通って話を聞いていると、僕のことを信用してくれたのだろう。ツホエの若者を紹介してくれることになった。

「魂が宿る森」

マオリ文化の中心地として名を馳せるロトルアという街から、南へ。メインストリームから外れ深々しい山へ向かって走ると、1時間ほどで舗装が全くされていない道が現れる。悪路は砂埃をあげる。激しい揺れと腰の痛みを感じながら3時間ほど走ることを余儀なくされた。3ヶ月前に10万円でサモア人から買った、1998年型のトヨタ車にはきつい道だったが、その悪路はここが特別な土地だという証明でもある。この車でニュージーランドを一周したが、これほど整地されていない道が続くことはなかった。その理由を辿ると、1840年に締結されたワイタンギ条約がある。マオリとイギリスとの不平等な条約だったが、ほとんどの部族が騙されサインしてしまい、その結果マオリ族は自治権を失った。それからマオリの土地は自由に売買され始めた。そしてパケハは、まるで箱庭をデザインするように自然をコントロールした。

その悪路の先には、小さな森があった。僕はそこで車を止めた。ここでは大地が生きていて森の命がざわめいているように感じた。それはニュージーランドの他の地域では感じられなかった。ルアやテコーティと言った数々のマオリのカリスマ的革命家たちが住み着いた、あるいはイギリス軍に追われ逃げ込んだ森terewera。

ここはツホエによって守られてきた。ツホエはワイタンギ条約に唯一サインしなかった部族なのだ。しかしそれはツホエの悲惨な歴史の始まりでもあった。イギリス政府は周囲のマオリ部族との交流を断たせ、物流の道を塞いだ。そのせいで飢餓が長年続いた。またイギリス軍がこの土地へ侵攻し、村を焼き尽くした。多くの人が殺され、女性たちはレイプされた。しかしそれでもツホエは屈しなかった。その度に立ちあがり、この地を守り、ここは自分たちの国だと主張し続けたのだ。

その結果、この森が残った。ニュージーランドは、自然豊かな国というイメージが強いが、国土の75パーセントを覆っていた原生林はパケハの手によって、輸出のために伐採され続けた。パケハ到着以前のマオリの森が、ほぼそのまま残っている森は、この一角だけだ。

僕は、この森の先にあるキャンプサイトでテントを張った。夜は深閑とし、聞いたことのない鳥の鳴き声が、寂しさを運ぶ。神社にまとわりつく神聖な冷気のように、霊気があたりに充満している。持ってきたウイスキーを煽り、タバコに火をつけ、スーパーで買ったアウトドア用の椅子に座り、星空を見上げる。空には、龍のような雲が月光に照らされていて、少しずつ西に移動している。目前には川がゆるやかに流れ、風が吹くだけで水面が揺らぐ。静寂なほど、ざわめきは目立つ。ゆっくりと粒子の細かな霧が現れる。体が濡れる。僕はテントに入り、次の日に会うことになっていたツホエ族の若者に想いを馳せた。

次の日の9時。そこから30分ほどかけ、事前に伝えられた集合場所へ向かう。さらに森閑な、森の入り口。車を止め、タバコをふかす。一体どんな奴らが現れるのか。すると何年式かわからないボロボロのハイエースが現れた。真っ黒なスモーク。ゆっくりと駐車し、なかなから出てきたのは、大柄な体を持つ兄弟だった。ギャングのような2人だった。片方の男は、片目が半分潰れていた。キャップをかぶり、黒づくめの格好をしている。

彼らは僕の顔をみてこういう。

「お前は日本人か?初めてちゃんと喋ったな。俺たちの土地にようこそ」

兄の名前はマイク、弟はスティーブ。

「この森は1万年前からある森だ。ここを一緒に歩きながら、お前の質問に答えてやるよ」

僕らは森に入った。森の中は、異質感が広がっていた。まるでマオリ以外を拒んでいるような意志を感じた。

(続く)

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ライター。編集者。ムック本、雑誌、web媒体で執筆中! 立体型ジャーナリズムプロジェクトSIWを主宰。 noteでは執筆中、または発表したルポの一部を掲載しています! daizo-okauchi.com
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