ネットの書き込みを見続けて

私は別に人に自慢できるほど何かにじっくり取り組んだことはないのだけれど、ネットとの付き合いはそれなりに長い。

いくつかの質問サイトやニュースサイトのコメント欄なんかで、いろんな人の書き込みを何十、何百、何千と読み続けてきた。毎日、毎日、毎日。

文法が崩れ、主語も述語もムチャクチャで何を言っているのかさっぱりな文章があった。
自分のことを棚に上げて、他人を攻撃している文章があった。
異論や質問などの同意以外の意見を一切許さない文章があった。
好き嫌いや偏見だけで物事を断じている文章があった。
何も考えずに思いついたことを適当に言っているだけの文章があった。
ただの暴言や人格非難みたいな文章もあった。
思い込みや願望だけで、事実をゆがめて捉えている文章もあった。

読んでいてためになる文、冗談が効いていて面白いもあったが、あまり褒められたものではない文はもっと多かった。
短い文であればあるほど、その割合は増えていったように思う。

一応、私は「自分の言葉には責任を持て」、「読む側だって感情のある生きた人間であることを忘れるな」と教えられて育ってきて、自分でもそれを意識してきたつもりではある。

だから、私は上に掲げたような文を書く人間が理解できなかったし、何なら少し嫌悪してすらいた。

上から目線な言い方になるが、私は、日本に住んでいれば、皆最低限の教育は受けられる、と思っていた。
だから、誰でもある程度の知識はあって、それなりに文法の整った文章が書けて、多少なりとも根拠や理由を踏まえたうえで人に自分の考えを説明できて、書かれたことをそのまま読みとって理解できるのが当たり前だと思っていた。

でも、上に掲げた嫌な文章たちは、そんなのは私の思い込みにすぎない、現実にはそうでない人間も多いのだ、という事実を突き付けてきた。
自分が思っているよりもたくさんの人が、感情やエゴだけで物事を断じていて、思い付きだけで何かを主張している。

この現実を踏まえて何か対策が取れるのなら、もしかしたらネット上のトラブルの何割かは減らせるのかもしれない。受け取る側も余裕をもって文章を読めるようになるだろう。
また、人は学校で習ったことの何割ぐらいをきちんと理解できるかわかれば、日本の教育レベルはより向上するのかもしれない。
理由や根拠を示した議論ができるようになれる人が増えれば、人々の政治や社会への参加・関心が促せるのかもしれない。
最近よく聞くネットリテラシーなるものを身に着けるきっかけになるのかもしれない。
だからといって、私に何か提案や改善策があるわけではないし、そういうのは専門家にでも考えて欲しいのだが、私がネットを通じて得た気づきは何かのきっかけになりそうなものであると感じた。

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20代男。ロースクールを修了して司法試験と公務員試験を受けてみるも、どちらも落ちて現在進路未定。絶賛人生迷子中。
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