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【マンガ】統計学が最強の学問である 第1話の補足 〜貴子の計算の裏側〜

「データを取って確率を計算する」というのは統計学のベースになった偉大な知恵です。第1話では、貴子が「大学辞めて暇すぎたためにとったデータ」と基本的な確率計算の考え方を利用して勝負を有利に運びましたが、これはどのような計算に基づいていたのでしょうか?

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高校で習う確率計算の方法は、1つ1つの「起こること(事象)」が同時には起こらず、かつ独立だという仮定をおきます。今回でいえば、さいたまローズが味方のパスから点を決めた状況において、「ラストパスが右コーナーから供給される」とか「中央エリアから供給される」といったものが「起こること(事象)」にあたります。

当然ですが、ラストパスが2箇所から出てくることはありません。また、独立だということは、「1点目が左コーナーから入ったから警戒されて2点目はそこからパスを出しにくくなる」とか、逆に「1点目のアシストを決めた選手がゾーンに入ってそこからパスの精度が上がる」といった現象はひとまず考えないことにしよう、ということです。

もちろん実際のサッカーではこうした現象もしばしば起こり得ますが、高校で習う確率計算では「考えるとややこしいし、それほど影響が大きいわけでもないから無視していいものとする」ということで、この独立という仮定をおくのです。

なぜなら、どこのポジションからのパスが警戒されているとか、誰がゾーンに入っているかという細々とした状況の違いをひっくるめてまとめたのが前述の貴子のデータなわけです。平均的にはいつも同じような確率でそれぞれのエリアから点が入るとしても、確率の概算としてそう現実とズレたものにはならないと考えられるでしょう。

このように同時に起こらない事象を「独立である」と仮定すると、複雑な事象についての確率を計算するときに、より単純で考えやすい事象の確率を組み合わせて、それらを「単純に計算」しただけで求めることができます

「単純な計算」とは例えば、「または(or)」なら足し算、「かつ(and)」なら掛け算、「じゃない(not)」なら引き算をしようといったものが該当します。

ここまでの説明をむずかしく感じた人もいるかもしれませんが、貴子たちの考え方を具体的に追いかけてみれば恐れることはありません。

まず、さいたまローズが1点取った場合に、貴子が勇司との勝負に勝利する確率は何%でしょうか? 
勝負のルールは「ラストパスの出た場所を当てること」でしたから、貴子が勝つとしたら、具体的には、

 ・ペナルティエリアからのパスで決める(21%) かまたは
 ・中央エリアからのパスで決める(39%) かまたは
 ・左サイドからのパスで決める(12%) かまたは
 ・自陣からのパスで決める(3%)

のいずれかが起きたということになります。これは全部「または(or)」の足し算ですので、全部足すと貴子が言うように75%です。

では勇司が勝つ確率は何%でしょうか? もちろん勇司が選んだ事象を「または(or)」の足し算で考えてもよいですが、「じゃない(not)」の引き算で考えたほうがシンプルです。2人がそれぞれ選んだエリアはかぶっていませんし、「どちらにも選ばれなかったエリア」も存在しません。
よって、「勇司が選んだエリア」は「貴子が選んだエリアじゃないやつ」ということになりますから、「全て」を意味する100%から75%を引いて25%と求めることができます。

これだけでも貴子がだいぶ有利になっていますが、さらにさいたまローズが2点取るとしたらどうなるでしょうか? この場合、「1点目でどちらが選んだエリアから点が入るか」と「2点目でどちらが選んだエリアから点が入るか」を独立だと考えれば、「かつ(and)」の掛け算で簡単に計算することができます。

パターンとしては「2点とも貴子が当てる」「1点ずつ両者が当てる」「2点とも勇司が当てる」の3つが考えられますが、勇司が勝利できるのはこの「2点とも勇司が当てる」の場合だけです。つまり、「1点目で勇司があてた場合(25%)」のうちさらに25%の確率でだけ、2点目も勇司が当てることになるので、25%×25%=6.25%ということになりますね。

なお、本編で貴子は言及していませんでしたが、「後半だけで平均1.8点」ということは当然3点以上取るパターンも考えられます。もし興味があれば、ここまでの考え方を応用して、3点取った場合、4点取った場合点…と計算してみるとよいでしょう。きっとさいたまローズが点を取れば取るほど貴子の勝率が上がっていくことを確認できるはずです。

またさらに言えば、さいたまローズが1点も取らなければ必ず貴子と勇司は引き分けになります。「どこから点を取っているか」に加えて「具体的に何点取る確率が何%か」ということを知っていれば、この勝負はさらに貴子にとって有利なものであると計算できたはずです。

ただし、本作ではこれ以上確率計算の考え方に深入りすることはありません。「確率統計」という言葉のアヤで、統計学の専門家はみな確率計算がうまいかのように錯覚している方もいますが、実際のところそんなことはありません。仮定をおいて計算する高校の確率のテストと、実際にデータを集めて「どうすることがより有利そうか」と考える現実の統計学は似て非なるものであり、私が本作を通して伝えたいのは後者の考え方であるからです。

では、そうした現実の統計学とはどのように使いこなすものなのでしょうか? 続きのお話にご期待ください。

◇マンガ版第2回は12月17日(火)に公開予定です。

執筆:西内啓