【言葉を通して機械に慢心する】 #デジタルにできることはまだ、あるかい

このノートはデジタルハリウッド大学における、落合陽一氏による特別プログラム「メディアアート」の成果発表展示会のための作品説明である。

言葉を通して機械に慢心する 髙橋 篤太郎

私達は間違いなく機械に対して慢心している。それは過信で、侮りであるはずだ……。機械には何ができて何ができないのか、人はそれを精査、解決策の考案、もしくはそれを逆手に取り文明の利器として力としてここまで繋いできた。だが、AIと言う分野に対して今の私達はどう抗おうと受け入れようと機械に、自分の意思通りに扱われることなど、扱い方を制御する方法なんてあえない。だが私は思った、扱い切れないからこそ、自分達に理解し得ない様になって来たからこそ自分達には分かり得ないものを楽しむ、そんな風に活用だって出来る筈だと……。これはそれを一つの作品に落とし込もうとした1人の大学生の作品だ。コレを見、作品を見て、何かを感じてもらう。例えそれが怒りであろうが、嫌悪感であろうが、何かを与えることさえ出来れば幸いだと思っている。

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