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『薔薇』(3)  レジェンド探偵の調査ファイル,内定調査,聞き込み(連載)

『現役探偵の調査ファイル 七人の奇妙な依頼人』 福田政史:著
【第六話】薔薇

 競売にかけられた家の所有者は佐伯祥一(さえきしょういち)という名前で、渋谷区にある健康食品販売会社を中心に関連会社数社を経営する社長だった。
 とりあえず会社の経営状態を調べてみると、家を競売に出すほど悪いわけではなかった。売り上げが前年と比べて格段に下がった様子もなく、それほど資金繰りが逼迫しているようでもない。なぜ競売にかけられたか不思議なほどだった。
 この後、区役所の住民基本台帳で居住者の家族構成を調べ、マルヒや関係者及び周辺事情の聞き込み調査を行った。
 聞き込みは相手に知られないように進める内偵調査なのだが、私は調査のなかでもこの「聞き込み」が最も探偵の手腕を問われると思っている。
 下手な聞き込みをすると、相手に警戒感を与え「何であんたにそんなことを話さなければならないの」と口を閉ざされてしまう。特に最近は、個人情報保護法なる「悪法」(私の勝手な解釈だが)ができたため、聞き込み調査が昔より難しくなっている。例えば、アパートの大家であるお婆さんに、入居者のことを聞きに行くと「法律でお答えできません」などと言われてしまう。近所の奥さん連中にはあることないことを含めいくらでも話すのに、個人情報保護法ができてからは、知らない外部の人間にはピタリと口を閉ざすようになったのである。
 長年お世話になっている岩井社長の調査とあって、聞き込みはベテランの信夫という調査員に任せた。信夫は二、三日で調査対象の佐伯氏を調べ上げて私に報告した。
 これによると、物件所有者の佐伯氏(五十五歳)は東北地方出身で、東京の某私大を卒業後、数年間のサラリーマン生活を経て、三十歳前後で独立。順調に会社の業績を伸ばし、業界でもやり手と評判の社長だった。やや小太りながら、おおむね健康で会社を休むこともない。
 家には、この佐伯氏のほかに同い年の妻と二十五歳の娘が住んでいる。長女は独身で父の会社を手伝い、信夫の報告によると「なかなかの美人でスタイルも抜群。真っ赤なベンツに乗って出勤している」とのことだった。子供はもう一人、大手企業に勤めるサラリーマンの長男がいるのだが、こちらは結婚して千葉県に住んでいる。奥さんは色白でやや痩せ気味。髪をいつも綺麗にセットし、目元が涼やかで上品そうに見える夫人だという。
 そのほか、佐伯氏宅では大型犬のゴールデンレトリーバー「タロー」を飼っているのだが、「うるさく吠えることもない、優しい顔をしたおとなしい犬」とのことだった。
 張り込みと近所の聞き込み調査を終えた信夫は、
「佐伯氏は毎朝、出勤前に愛犬の散歩をしてましてね。近くの八幡神社まで行くんです。そして、いつもここで手を合わせて深々とおじぎをするんです。結構信心深い人みたいですね。奥さんが手入れしている庭もきれいで、近所の人たちの評判も決して悪くありません。家の玄関はいつも掃除されています。夫婦仲も悪くなく、家庭的にも円満のようです」
 それを聞いた私は、(佐伯氏が神社にお参りするのは信心深いのじゃなく、経営状態が悪いのかも)と思ったが、佐伯氏が一般常識に大きく反することのない「中流の上」の家庭生活を営んでいるのは間違いないところだろう。私はその旨の報告書を書いて、平成八年の年末に岩井社長に提出した。

(4)につづく

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