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『ペンキ』(3) 人探し,レジェンド探偵の調査ファイル(全5回)

『現役探偵の調査ファイル 七人の奇妙な依頼人』 福田政史:著
【第二話】ペンキ

3 前半

 人探しの方法はいくつかあるのだが、大きく言えば、マルヒの人間関係からたどる方法と、戸籍から遡って調べる方法がある。前述した六億円持ち逃げ男は人間関係を辿って
成功したのだが、このケースは戸籍から遡ることにした。
 私は、調査員の露木に島根県の酒造会社をリストアップさせ、さらに「石見銀山の近くにある江戸時代から続く造り酒屋」を絞り込ませた。当時二十五歳だった露木は、歌舞伎町のクラブでボーイをやっていた時、一緒に暮らしていたホステスに逃げられ、「どこにいるか探してくれ」と言ってわが事務所の依頼人になったことのある男だった。私が、「気持ちの離れた女性を追っかけてもしょうがないよ」と諭したら、何を勘違いしたのか「探偵になりたい」と言って、転がり込んできた、押しかけ探偵見習いである。助手にしてみると、意外と頭の回転が速く、仕事もそつなくこなす男だった。
「所長、石見銀山てえのは鉱山が一つあるわけじゃなく、島根県の大田市を中心にかなり広範囲に広がってるんですよ」
 露木が机に島根県の大判地図を広げ、JR三江線「A駅」に赤丸を付けながら報告したのは、それから二日もしないうちだった。私はすぐに露木に現地に行くように命じた。
 露木から連絡があったのは、現地調査に行って二日目の夕方だった。
「所長、大当たりです。でも、家族はマルヒの居所を知らないようです」
「よし、わかった。取り敢えず戸籍を上げてきてくれ」
 露木が現地で調べたところによると、マルヒの実家はかなり大きな造り酒屋で、当主には彼女の腹違いの弟がなっているということだった。
 戸籍謄本から垣間見える彼女の生い立ちはちょっと複雑だった。
 昭和十五年に武田正則の第一子として生まれた小夜子は、八歳の時に実の母親と死別。父親はその三年後に再婚し、後妻との間には三人の子供ができた。小夜子は地元の高校を卒業した十八歳の時、住民票を東京に移している。継母との折り合いが悪かったのか、それとも、ただ単に〝花の東京〟に憧れて上京したのか、そこまでは戸籍謄本からは読み取れないのだが……。
 露木が東京に帰ると、この戸籍謄本から、上京後の戸籍の変遷と住所移動を調査した。
 小夜子がSという男の籍に入ったのは、上京して二年後の昭和三十六年である。ところが、この結婚はすぐに破綻したようで、わずか二年で席が抜かれ、旧姓の武田に戻っている。そして、離婚後、銀座のホステスになり、ここで会長と知り合った。会長の記憶によると、同棲していたのは昭和三十九年~四十一年だから、彼女が二十三、四の頃ということになる。女として一番いい時期に会長と暮らしていたのだが、当時、会長は〝銀座で売り出し中のヤクザ〟である。俗な言い方をするなら、島根の素封家に生まれたお嬢様は、上京後、坂から転げ落ちるように身を持ち崩し、四年後にはヤクザの女になったことになる。
 会長と別れたあと知り合ったアメリカ人とは正式に結婚しなかったようで、戸籍は独身のまま推移していた。彼女の住所が頻繁に変わるのは、昭和四十三年、会長と別れて二、三年してからである。戸籍謄本の住所欄に添付された附票は二ページにも及んでいる。二十代後半からは、文字通り男を転々とする浮き草のような生活だったのだろう。
 今回の調査にとって一番肝心な住所欄の末尾は「東京都港区白金」になっている。露木は戸籍謄本を見ながら、
「港区白金かぁ。いいところじゃないですか。あそこあたりは外国の大使宅も多い高級住宅街ですからね」
 露木からあらましの経過を聞き、最後の詰めは私がやることにした。
 小夜子さんは(ここからは、マルヒを、さん付けにしたい)が現在住んでいるのは、幸いにも東京都内だった。
 後日思い出しても、このとき私は、はっきりと小夜子さんの住所が都内であることを幸いに思った。理由については確たる説明はできないが、ただ何となくではあるが、強くそう思ったのだった。
 数日後、小夜子さんが住むという港区白金の住宅街を、私は彷徨っていた。
 戸籍の附票によって、小夜子さんの住所は、港区白金〇丁目△番地□号であることはわかっている。
 小夜子さんの現住所である港区白金は、一時マスコミで有名になった『シロガネーゼ』(白金近隣に住むセレブ)が街を闊歩する、都内でも有数の高級住宅街である。当該の番地には一軒家が十二戸あり、アパート二棟建っている。住所欄にマンション名や部屋番号が書いてないので、戸建てだろうと推測し、まずは一軒家をしらみつぶしに当たってみた。彼女が現在独身で、旧姓の武田に戻っていることは、住民台帳や戸籍で確かめている。ところが、武田姓の表札が掛かっている家は一軒もなかった。あるいは内縁の妻として暮らしているのかもしれない。こう思った私は、昭和十五年生まれで小夜子という女性が住んでいないか、一軒一軒確かめてみたのだが、該当する女性が住んでいるとの傍証は得られず失望した。
 調査をしているとまれに生じる現象である。公簿上は居住しているように装っていても、実際には住んでいない。よくよく調べてみると、そこは親戚か知人の家で、便宜上、住民登録だけしている。
 この場合、何らかの事情、例えば債務者から身を隠すとか、義務教育の期間、わが子の希望する学校が、居住地以外の区にあるが、どうしても子供をその学校に入れたいとき、未成年の子供の住所だけを移すわけにはいかず、母親と二人で住所移動するといったケースもある。

 残りは二棟のアパートだけである。一棟がワンルームマンションで、もう一棟は木造二階建てだが、屋根はトタン葺きで壁も薄いべニヤ板で造られた掘っ建て小屋のようなアパートだった。

(4)につづく

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