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『薔薇』(4)  レジェンド探偵の調査ファイル,内定調査,聞き込み(連載)

『現役探偵の調査ファイル 七人の奇妙な依頼人』 福田政史:著
【第六話】薔薇

 年が変わって松も取れたころ、岩井社長から困惑した声で電話があった。
「いま会社に変なやつが来ているんですが、どうもうちの社員じゃあ手に負えないようです。そちらで窓口になって話を聞いてやってくれませんか」
 聞けば、その男は佐伯氏の代理人と名乗って「こんな会社潰してやる」と大声で怒鳴っているという。
 佐伯氏の調査報告書を出した私は、年末、忘年会で岩井社長と顔を合わせたときもZ町の家のことは話題にならなかったため、競売で購入した家がその後どうなったか聞いていなかった。これは私の主義でもあるのだが、私は自分から依頼人に調査のことを話さないようにしていた。「過去のこと」に触れられたくない依頼人もいるからだ。
 岩井社長の電話に、
「わかりました。とりあえずその男に会ってみることにします。彼の連絡先を聞き、私のほうから電話すると伝えてください」
 と言って、社長からの電話を待った。
 私は、その日のうちに男に電話して、翌日、西武新宿駅にあるPホテルのロビーで面談する約束をした。
 男は木村という名前だった。岩井社長によると、この男が会社に乗り込む前、不動産業者を名乗る別の男が何回か岩井社長を訪れ、「Z町の佐伯さんの代理だが、あなたが競売で落とした物件を売ってくれ」と言われたという。この男は落札価格に一千万円上乗せする条件を提示したのだが、これを断ると、さらに一千万円を上乗せして、ついには、一億円を超える金額を提示してきた。岩井社長がこれも断ると、その不動産業者は「この件にはある組織も関わっている。どうなっても知りませんよ」と捨てぜりふを残して帰ったという。木村は「ある組織」の人間として乗り込んできたらしかった。
 翌日、Pホテルのロビー横にあるラウンジで木村と会った私は、探偵事務所の名刺を出し「F社の顧問をしています」と自己紹介した。上下揃いのスーツを着た木村も怪しげな団体名が書かれた名刺を出したのだが、身長が百八十センチある大男で、顔つきは強請(ゆす)りたかりをするゴロツキそのものだった。
 ホテルの喫茶店で話を始めしばらくすると、いきなり大声で、
「四の五の言ってないで、あの家をオレたちに売れ! 売らねえんだったら、F社を潰したっていいんだぞ。オレたちにはそれぐらいのことはわけはないんだ」
 と、机をガンガン叩きながら喚(わめ)いた。
 静かなBGMが流れる喫茶店の客もビックリして、恐怖と好奇心の混じった眼差しで私たちを見ている。小柄で地味なスーツにネクタイをした私を、借金取りの責め立てに会っているサラリーマンか、仕事上のミスでやくざに脅されている公務員かなにかだと思っているのかもしれない。
 これが脅し強請りをする彼らの常套手段とはいえ、大声で怒鳴りまくる男に、私もさすがに辟易とした。木村の話がひと段落したところで、私は、
「話はよくわかりました。さっそく岩井社長に木村さんの意向を伝えます。むろん、伝えたからといってあなたのご期待に沿えるかどうかわかりませんが、明日まで待っていただけませんか?」
 と静かに話し、彼の顔を正面から見ながら、
「だけど、木村さんは怖いねえ。普通の人だったらとっくに警察に駆け込んでいるよ」
 と笑いながら言うと、男は何を勘違いしたのか、ちょっとうれしそうな顔をした。私は事務所に帰ると、早速、彼の名刺をもとに素性を調べた。あの男は私のことをどう思ったかわからないが、蛇の道は蛇である。探偵にかかればあんな男の素性など数時間で判明する。夕方にはその世界における彼のランクもすっかりわかった。

(5)につづく

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