MAYA理論

MAYA理論(新しさと馴染みのバランス):行動経済学とデザイン08

今あらためて、レイモンド・ローウィー

デザイナーなら一度は聞いたことがある名前です。戦後アメリカの産業デザインにおける、ラッキーストライクのパッケージ、流線型の車や冷蔵庫などで、一番の成功を収めたデザイナーです。『口紅から機関車まで』という彼が書いた本は、工業デザインの古典的名著です。

なぜ今、レイモンド・ローウィーを取り上げたかというと、この本を読んでいたらヒットの秘訣として彼の思想が紹介されていたからです。

ヒットの設計図
デレク・トンプソン(著)、高橋由紀子(訳)
早川書房 2018.10

MAYA理論とは

この本は、人気を集める人の心理に「新しさ」と「受け入れやすさ」の関係性をあげていて、レイモンド・ローウィーが提唱していたMAYA理論というものを紹介しています。MAYAとは何かというと、

MAYA = Most Advanced Yet Acceptable

の略で「先進的だけど受け入れられるもの」という意味です。

デザインと心理学の研究者によると、人は保守的な心と異なる方向に向かう強い好奇心があり、両者のせめぎあいが気持ちに強い影響を与えるということです。レイモンド・ローウィーは研究者よりも先に実践でこのことを証明していました。

彼の本『口紅から機関車まで』にもMAYA理論のことが書かれています。60年以上前だけど、現代でも多くが十分に通用する思想と実践(商業デザイナーとしてのノウハウ)が詰まっています。

では次に、Advanced とAcceptableについて、それぞれ整理してみます。

Acceptable=馴染み(ザイアンス効果)

まず受け入れやすさについて。同じ名前をたくさん聞いたり、何回も同じ人に会うほど、その人や物に馴染んでしまうことで好感度が高くなる、という現象をザイアンス効果といいます。

この効果を使った例は、社名や商品名を連呼する宣伝広告や、有権者に合って握手する政治家などがあげられます。ただ会っただけで内容は知らないのにも関わらず何となく信用して投票してしまいます。

ただし、馴染みすぎると飽きてしまいます。特にそれが強要されていると感じると(例えば選挙カー)馴染み感の効力は急減するそうです。

Advanced=先進さ(美的アハ)

対して、ちょっとした驚きや予想がつきにくい状況で何かがわかった瞬間、高い満足感が得られます。ミュースという研究者は、特に絵画などの美術作品に意味を見出し「なるほど!」となるこの現象を『美的アハ』と名付けました。(もっといい日本語訳なかったのだろうか...)ちなみに哲学ではエウレカ(わかったぞ!)という言葉を使うのだそう。

ゲーミフィケーションはこの現象と関係性が深いそうです。ちょっと難しいけれど頑張ればクリアができて、次のステージに進めると「次は何があるんだろう」とワクワクすることに、共通点があります。

なのでAdvancedが意味するところは、人はちょっと先のことに高い関心を持つという心理を表しています。

なじみと先進さのさじ加減

MAYA理論はこの「馴染み」と「先進さ」を組み合わせたもので、「人は驚きを与えられたい一方で心地よさを望む」アプローチです。レイモンド・ローウィーはこれを工業デザインや商品パッケージに表すことで、人々の心をつかむことに成功しました。

意図が正確に表れているかはわかりませんが、関係を図にしてみました。

レイモンド・ローウィーは有名だけど、まとまった文献はあまり多くないなか、この本は丁寧にまとまっています。

RAYMOND LOEWY 消費者文化のためのデザイン
グレン・ポーター(著)、海野弘(訳)
美術出版社 2004.11

1950年代周辺の社会背景から、レイモンド・ローウィーは流線的なフォルムや商業的な評価によりがちですが、ヒットを生み出すという点において、いまでも多くのことが、このMAYA理論から学べます。

そして50年後これを実践したのは、スティーブ・ジョブズでした。

iPhoneはMAYA理論によって浸透した

2007年にiPhoneが登場したとき、スティーブ・ジョブズが何と紹介していたか憶えている人はいますか?

当時のkeynoteのプレゼンテーションを見てみると

iPod +  Phone + Internet

と表現しています。いま見てみるとあまりにも単純化しすぎで、十分に魅力を伝えられていないようにも思えます。

でも当時、スマートフォンによるモバイル社会はまだ誰も想像できませんでした。なのでiPhoneそのものはMost Advancedであっても、Not Acceptableだったかもしれません。(現にiPodとPhoneには大きな歓声が上がったのに対して、使い方がイメージできないInternetの反応は薄かった)

それをYet Acceptableにしたのは「3つの既存の機能が一緒になった」という新商品に対して馴染みを感じさせる説明です。

加えて、既に浸透していたiPodのUIをベースに発展して(スクロールの動きや左右に画面が進む インタラクションはiPodのときにあった)、紹介する曲はBeatlesやBob Dylanのような馴染みのあるアーティスト。アイコンも当時は、スキュアモーフィズム・デザインと呼ばれる、紙のノートなどのモチーフを用いた馴染みのある表現でした。

このように、新しいものを受け入れ可能に展開していったジョブズの戦略は、21世紀のMAYA理論ではないかと思います。

iPhoneに限らず、ヒットしているものの多くはMAYA理論に当てはめることができます。例えばスターウォーズは、宇宙を舞台にした先進的な世界でありながら、正義と悪という古典的なテーマをストーリーに用いているし、任天堂が新しいゲーム機を発表するときは、必ずマリオなどの馴染みのあるゲームソフトを一緒に出しています。

まとめ:新しさは体感で、馴染みは説明で

もし手がけている商品やサービスが、まったく新しいカテゴリーのものであったら、説明を次のような順番で組み立てましょう。

1. 新しさを端的に伝える(くどくど話すと逆効果)
2. 馴染みある例えや既存のものを用いてわかりやすく伝える
3. 体感してもらう(語らずにストーリーや実際のデモで伝える)

説明はあくまで現在あるものをベースにして、馴染みやすさを伝えること。新しければ新しいほど馴染みへの意識は大事です。

馴染みやすく伝えるためには、フィットする例えや、イメージしやすいモチーフを見つけることが重要です。もしこのような機会に出会ったら、丁寧に「驚きを与えられたい一方で心地よさを望む」アプローチを実践してみましょう。

最後に紹介した本のリンク先を貼っておきます。

デザインとビジネスをつなぐストラテジーをお絵描きしながら楽しく勉強していきたいと思っています。興味もっていただいてとても嬉しく思っています。