モチベーション01

ゲーミフィケーション(遊びと真面目):行動経済学とデザイン03

楽しくないと続けられない。そのために遊びの要素は欠かせません。

今回は『遊び』について考えてみます。遊びと行動経済学について言及されたものはあまりみられないけど、社会学や文化人類学では以前から『遊び』が注目されていることと、少し前に『ゲーミフィケーション』という言葉が注目を集めていたので、行動経済学的な視点で考えてみたいと思います。

なんで遊びは楽しいのか(社会学の考察)

まず遊びの概念を理解するための古典の本2つから。

ホモ・ルーデンス

ホモ・ルーデンス
ヨハン・ヨイジンガ
中央文庫 2019.01(第一版は1973年)

ホモ・サピエンスは『賢い人』ホモ・ファーベルは『つくる人』に対して、ホモ・ルーデンスは『遊ぶ人』という意味です。遊びは何よりも自由で楽しい行為であり、人は遊びを通して文化を生み出してきたと考えます。

この本に書かれていることの僕の注目点は2つ。1つは「遊びは報酬とは無関係」という考え方。行動経済学では『アンダーマイニング効果』という、楽しくやっていたことも報酬が加わるとやる気が失われるという現象があります。言い換えると、どんな大金を積んでも心動かせないものを動機づけられるのが『遊び』です。

もう1つは「遊びは努力をするために与えられた機能」という考え方。楽しいと大変なことでも続けられる、という現象は、確かに人間ならではの不合理な現象です。それを機能として捉える考え方、これってすごいことだと思いませんか?

遊びと人間

人間と遊び
ロジェ・カイヨワ
講談社 1990.04

もう一冊はホイジンガの考えをより具体的に論じた本です。カイヨワは遊びの特徴を大きく4つに分けています。

・競争:スポーツなどルールのもとで勝負するもの
・模倣:演劇やごっこ遊びなどで空想の世界観をつくりあげるもの
・運:賭け事などどうなるか分からないドキドキを感じるもの
・眩暈:スキーや遊園地など身をまかせてスピードや錯覚を味わうもの

規則性がある『競争』と『運』はサービスに応用できそうだし、自らの意思で取り組む『競争』や『模倣』は体験の質を変えることでユーザー数を広げたり関係性を深めることができそうです。

ゲーミフィケーション01

2つの本は正直なところ読みにくくて浅い理解ではありますが、遊びを概念として整理できたかと思います。遊びといえどあなどれません。

現代の遊び(ゲームと社会)

さて、次に遊びを現代のサービスでどう取り入れるか整理してみます。少し前に注目されたゲーミフィケーションが体系的かと思います。

ゲーミフィケーション

ゲーミフィケーション <ゲーム>がビジネスを変える
井上明人
NHK出版 2012.01

著者は東日本大震災のときの節電をゲーム感覚でできるよう denkimeter をつくった人です。つまずかないような仕掛け、例えばアンロック(できることを段々と増やしていく)レベルデザイン(ほどよい挑戦)といった考えは、いろんなサービスに適用できそうです。

ついやってしまう体験のつくりかた

「ついやってしまう」体験のつくりかた
玉樹真一郎
ダイヤモンド社 2019.08

こちらは去年の本。もと任天堂の著者がマリオやドラクエなどのゲームを理論家した内容です。状況からどうすればよいかわかるデザイン(説明書を読まなくても遊べるマリオとか)や、飽きさせない仕掛け、物語を感じてもらい受け身ではなく世界に入り込める工夫など、がまとめられています。

ゲーミフィケーション02

世の中にはたくさんのサービスがありますが、多くの人に普及させるためには、次のようなステップを踏むことが効果的と考えます。

1.導入:敷居が低く、やってみると少しづつできてきて楽しくなる
2.定着:飽きさせない仕掛けがあるので、続けられる
3.波及:受け手から使い手に変わって、他の人にも勧めたくなる

特に固い業界ほどこういった仕組みが大事ですが、よくあるのは、かわいいイラストやマンガで伝えるなどの取り組み。でもそれは『1.導入』のほんの入り口です。使い続けてもらう為には、その先の「できてうれしい」や「発見がある」といった遊びの体験までを提供することです。

では、遊びを活用した事例をいくつか紹介します。

遊びの社会的・経済的な効用

大人が遊びという言葉を使うと、ネガティブな意味合いが強くなりがちですが、実は社会のなかでもたくさんの実例があります。

例えばiPhoneは任天堂のゲームのように説明書がなく、少しづつ操作を覚えていくことで、スペック表には出てこない魅力をつくりました。いくら理屈で利点を説明されても、感覚的に気持ちいいものには勝てません。

他にも色々な分野で適応されているので紹介します。

1. 教育における遊び:バイアスを壊せる

これまた本の紹介で恐縮ですが、学びに遊びを取り入れることで学習効果や理解度がまったく違ったものになるということが書かれています。

遊びが学びに欠かせないわけ

下の引用文は、スイスの発達心理学者のジャン・ピアジェが、三段論法の問題を頻繁に間違える10〜11歳以下の子どもに対して、遊びの要素を入れてみた研究のやりとりです。

英国の研究者が「真剣な口調」で言ったときには、ピアジェや他の研究者が予想したような回答をしました。(中略)彼らは、自分がもっている具体的で現実の世界の体験に一致しない前提については、全く考えることができないように答えます。
しかしながら、研究者が同じ問題を「遊びの口調」で提示したときには、架空の世界の話をしていることが明らかになるので、4歳の小さい子供でさえ、頻繁に問題を解けるのです。
遊びの中では4歳児も、これまでは10〜11歳もが答えられないと言われていた、論理的な問題を簡単に解けるのです。

カイヨワの定義で模倣(演劇やごっこ遊び)にあたるこの遊びが、学習に大きな効果があることを実証している例です。

模倣の遊びは、学習意欲を高めるモチベーションになるだけでなく、自分の偏見を取り除いて素直な気持ちで取り込める効用を持っている、ということができます。

2. スポーツ(健康)における遊び:楽しく競い合える

アプリを使って、自分の走った距離をマップで見たり、仮想上で他の人とタイムを競い合ったりするNIKE+が登場したのは10年以上前。いまでも多くの人がランニングにスマホアプリを使っています。

スポーツの楽しさの1つは他人と競い合ったり協力し合うことです。ランニングは個人競技なので、特に自分や記録への挑戦も強いけれど、相手がいるから頑張ろうとか負けないといった気持ちは、努力の継続につながります。ナイキなどのアプリはモバイルやSNSなどの時代性を取り入れた遊びとも言えます。

この記事を書くまで知らなかったですが、前にこんなイベントもあったんですね。

http://www.cbc-net.com/topic/2011/01/nike-the-global-ekiden-relay-run-fwd/

注意したいのは、競っている状態そのものが楽しいのであって、相手に勝った状態は遊びではなく優越感、そこを間違えないようにしましょう。(でないと負けて楽しくない気持ちも生成してしまうので)

3. 公共における遊び:理屈を超える

公共においても、会議室からは出てこない『遊び』のアイデアで、社会の課題に取り組んだ事例をいくつか見つけることができます。

有名なのは、スウェーデンにあるピアノ鍵盤型の階段。何だろうと思わずエスカレーターではなく階段を使ってみたくなります。(慣れてしまうと利用率は減ったみたいですが、ゲーミフィケーションでは飽きさせない工夫が大事と考えられています)

ホームレスの物乞いの行為に遊びを入れることで、お金を渡す人は社会参加の意識で関われて、受ける人も尊厳を傷つけずに成立している素晴らしいデザインなので、ぜひ記事を読んでみてください。

まとめ:遊びと真面目は表裏一体

綿密な理論を固めても動かせないことでも、遊びは、理屈抜きに興味を持たせて、導入の敷居を下げて、辛そうなことも楽しんで取り組める、ということを可能にする力があります。これは人間ならではのすばらしい非合理な性質だと思います。

ホイジンガが主張した「遊びは努力をするために与えられた機能」という言葉をあらためて考えてみると、ふとタモリさんの名言を思い出しました。いままで長々と書いてきたことは、この一言に集約できます。

真剣にやれよ、仕事じゃないんだぞ。

遊びだから真剣になれる、そんな気持ちになれる遊びってすごい。

デザインとビジネスをつなぐストラテジーをお絵描きしながら楽しく勉強していきたいと思っています。興味もっていただいてとても嬉しく思っています。