体験して試す ワークショップ編|Systemic Design Day 開催レポート
11月30日に開催された「Systemic Design Day」。前回の記事では、午前中に実施したトークセッションの模様をご紹介しました。
ここで学んだ基礎をもとに、午後は「体験して試す」ワークショップのセッションに移ります。参加者の方には「Systemic ✕ ○○」と題した計5つのテーマの中から2種または1種を選んでいただき、システミックデザインの基礎的なメソッドや、特定の領域にカスタマイズしたツール等を体験いただきました。本記事では、 各ワークショップの実施内容をまとめてご紹介します。
Systemic ✕ デザインリサーチ
峯村昇吾(造形構想株式会社)、津久井かほる(株式会社ACTANT)
本プログラムでは、「システミックデザインって実際にどうやるの?」という疑問に応えるために、共創型でシステムを多角的に読み解く際に多く用いられているメソッド「因果ループ図」の基礎を習得するワークセッションを行いました。
初めに、システミックデザインのプロセスにおけるデザインリサーチの進め方を共有しました。まず、書籍『システミックデザインの実践』で整理されているプロセスの最初の3つ「システムをフレーミングする」「システムの声を聴く」「システムを理解する」の概要を紹介。その上で、システミックデザインならではのリサーチの3つの特徴、①システムの理解とは視覚化を通してセンスメイキングするプロセスであること、②システム内部からデザインすることの重要性、③時にメタファーを活用しながら共創で進めること、についてお話ししました。
続いて、「因果ループ図」を描くためのポイントを解説しました。ループ図を描き出すとひとつの正解があるように思ってしまいがちですが、正確に描くことがゴールではありません。重要なのは、専門家や関係者間のコミュニケーションツールとして、リサーチをはじめデザインプロセスを通じてアップデートし続けることにあるという点を共有し、実際のワークに移りました。
今回、因果ループ図に描いたテーマは「やりたいと思ってはいるけど、なかなか続かないこと」です。一人ひとり、自身の状況に応じて関連する要素を紙に書き出していくのですが、いざ取り組んでみると、それらをループとして表現したり、複数の領域で発生していることをどう接続していくかに悩まれる方が多かったようです。最後に、隣の方とペアを組んでお互いの結果を共有し、ワークは終了。慣れるまでは難しさもありますが、自分の困りごとを相手に話す中で、自然に自己フィードバックが生まれているようでした。
本ワークショップでは、システムを視覚化・分析するリサーチ部分をクイックに体験していただきましたが、システミックデザインのプロセスとしては、ここからさらに「レバレッジポイント」を特定し、理想的なシステムにシフトさせる戦略を立て、実践につなげていきます。これらのベースとなる「因果ループ図」は、様々な領域にわたって複雑に絡み合うシステム全体を捉えることを得意とし、今回の日常生活の困りごとのような身近な課題から社会問題まで幅広く応用が可能です。ぜひ本メソッドを活かして、色々な課題をシステミックに紐解いてみてください。
Systemic ✕ 公共政策
──公共というシステムの変革をボードゲーム「Systemic」で考えよう
Systemic Design Club(南部隆一、岡本晋、佐藤康貴、相田航平、鈴木佳菜穂)
近年ヨーロッパでは、公共政策の領域においてシステミックデザインの手法が導入され始めています。このような背景を受け、英国ポリシーラボが開発したシステミックデザイン体験用ボードゲーム「Systemic」の日本語版を制作し、簡単に体験できるようなワークショップを実施しました。
このゲームは本来、約6時間を要する内容ですが、参加者の負担を軽減し、初学者でも取り組みやすくするため、2時間半で完結する入門編としてアレンジしました。準備にあたり、ポリシーラボで実際にゲーム制作に携わった担当者とも議論を重ね、日本の文脈に適応させた設計を進めました。
「Systemic」とは、システミックデザインの考え方を簡単に体験できるゲームで、政策立案に役立つツールとして設計されています。「スリーホライズン(Three Horizons)」というシステミックデザインでもよく参照されるフレームワークをベースにしており、以下の流れで進行します。
現在の状況の検討:現在直面している課題や状況を把握する。
理想の検討:望ましい未来の状況を構想する。
ロードマップの立案:理想に到達するための具体的な行動やロードマップを計画する。
今回のワークショップでは「子どもの貧困」をテーマに設定し、日本の社会課題に即した形でゲームをカスタマイズしました。参加者は「政策立案者」「NPO」「サービス提供者」「市民」というあらかじめ設定されたキャラクターに没入し、普段とは異なる視点で議論に参加します。
前半では、キャラクターごとに異なるゴールを目指しながら政策立案を試みました。このプロセスでは、個々のゴールが異なるために合意形成が難しくなる場面も見られました。後半では、すべての参加者が目指すべき共通のゴールを設定し、それに基づいて政策立案を行います。この段階では、相談や対話が自然と促され、個々の視点を超えた議論が展開されました。
今回の参加人数は32名。バックグラウンドは多岐にわたり、省庁や自治体関係者、議員、UXデザイナー、サービスデザイナーなどが集まりました。異なる立場の方々が交わることで、議論は非常に盛り上がり、それぞれの視点から活発な意見交換が行われました。既存の力関係を一旦取り除き、公共の利益を考えるプロセスの重要性が浮き彫りになるとともに、情報や資金、市民間の関係性といったそれぞれの立場が持つリソースを共有し合う仕組みの必要性に焦点が当たりました。「Systemic」は、こうした学びを促進する仕組みが備わった、よく練られたゲームとなっています。
一方で、日本の社会制度や文化に即したさらなる調整の必要性も明らかになりました。今後は、日本語版をさらにブラッシュアップし、様々な場で活用できるよう一般公開を目指します。
Systemic ✕ 組織・働き方
古澤恵太(株式会社SYMBI)
サービスデザインを基軸に、事業をとりまく関係性を整えるクリエイティブ会社SYMBIによる本プログラムは、システミックデザインの基本的なアプローチを用いながら、複雑な組織課題を可視化し理解を深めるワークショップです。同社がこれまで100人以上に提供してきた「キャリアの価値観・モチベーション源泉を可視化するループ図ワーク®️」をベースに、事業活動を行う組織と自分のつながりから、仕事のモチベーションや価値観などをチームで深掘りできる設計となっています。
まずチェックインとして、参加者それぞれが「給与」や「フィードバック」といった「自分のモチベーションやパフォーマンスに影響を与える因子」を付箋に書き出し、そこから特に重要だと思うものをひとつ選び、チーム内で共有します。
次に、ある成長企業のチーム拡大を想定した「理想像(To-Be)」を描いたループ図に対して、「心理的安全性」や「退職数」などの予め用意された因子を手がかりに話し合いながら、チーム全員で隠れた因子を加えマッピングしていきます。スタートは同じループ図でも、年代も職種も異なる参加者の方々の多様な経験が反映され、最終的にそれぞれ全く違ったアウトプットが現れました。
その後、「組織全体のパフォーマンスを高めるツボになりそうな因子」をピックアップして、因子の影響度合いを考察。これにより、働きかけるべき「レバレッジポイント」を特定することができます。
最後に、このループ図の中に、チェックインの際に書き出した個人のモチベーション因子を加えます。それを矢印でつなぐことで、自分のモチベーションと組織の成果がどのように連動しているか、ひと目で分かるように可視化することができました。そこからの気づきをチームで共有し、一連のワークは終了しました。
短時間での演習でしたが、多くの方が「自分の組織に置き換えるとどうなるか」を熱心に考えてくださり、自分のチームでも再度やってみたい、という声もいただくことができました。実際の現場では、このような「見える化」を通じて、チーム全員が同じ方向を向きやすくなり、優先課題の絞り込みやアクションプランづくりに発展させていくこともできます。
本ワークショップの詳細およびループ図ワークについては、SYMBIの以下のnoteで紹介されています。ご興味のある方は、こちらも合わせてご覧ください。
Systemic ✕ 未来洞察
──企業でのシステミックデザイン×未来洞察の実践事例を学ぼう
パナソニックラボラトリー(パナソニック ホールディングス株式会社/宮下航、飯田裕美、水谷美香、森本高志)
大企業の中でもいち早くシステミックデザインを実践されているパナソニックラボラトリーの皆さんによる本プログラム。事業会社の目線から、どのようにシステミックデザインを取り入れることができるのか、一緒に手を動かしながら感じてほしいと、このイベントにご協力くださいました。
テーマは、「リニアエコノミーで成り立っているメーカーが、どうやってサーキュラーエコノミーに挑戦するのか?」です。同ラボでは、「サーキュラー」という言葉がまだリアリティをもって捉えられていなかった数年前に、社内横断でシステミックデザインと未来洞察の手法を使って、サーキュラーエコノミーのビジョン創出活動を行いました。
当日はその事例紹介と、この成果をアレンジしたワークショップ、という2部構成で実施されました。後半のワークショップは、同ラボが知見を積み重ねてきた「未来洞察」についての解説を踏まえ、各チームでのグループワークに入ります。
最初のワークは、「売り切りメーカーのループ図」を読み解き、「どうすれば多くの〈資源〉を使うことなく〈利益〉を確保することができるか?」という問いを考えるというもの。大量生産・大量消費の自己強化ループだけだったこれまでの売り切りモデルの中に、生産量と資源の間にあるバランスループを加えると、商品を売るには有限な資源を消費し続けなければならないというジレンマが見えてきます。これは、ものづくりを主とする企業にとっては、避けて通ることのできない共通の課題と言えるかもしれません。
この問いに対し、同ラボが社内有志メンバーとともに作成してきた「KIZASHIシナリオ」という未来の社会変化仮説をかけ合わせます。例えば「微生物レベルの多様性がサステナブルな健康、社会のキーになる」未来が到来したら、先のジレンマはどのように変わるか、チームで様々なアイデアを出し合います。このように、自社の技術や戦略に基づいた「現在の延長」だけでは予測できない未来の発想を促すのが、未来洞察の大きな特徴です。
最後に、発想された未来の世界において増減する因子を付箋に書き出し、それらが「売り切りメーカーのループ図」のどこに影響を及ぼすかをディスカッションします。元のループ図に、新たなループやビジネスモデルなどを書き加えてワークは終了。チームで視点を合わせながら、個人的な経験もループ図に可視化していくという側面が、特に楽しんでいただけたようでした。
システム思考的なループ図に未来洞察のナラティブを組み込む、という構造の今回のワークショップ。ラボの皆さんは、「生産者視点でのロジカルなループだけでは共感しづらいかもしれないが、ナラティブという人の営みを入れることで、新しいレバレッジポイントを見出していく動きにつながり、両者をかけ合わせることの価値が感じられたのではないか」と振り返りました。
イベント後、これまで社内への導入や活用に試行錯誤されてきたラボの皆さんに、システミックデザインの可能性についてお伺いしてみました。以下に、いただいたコメントをご紹介します。
Systemic ✕ ネイチャーポジティブ
──都市の自然と自分の関係をシステミックに捉え直す
Systemic Design Club(津久井かほる、木村恵美理、峯村昇吾、小玉泰士、相田航平、橋場麻衣)
環境危機という複雑な課題に取り組むには、自然を「資源」や「サービス」として一方的に享受するこれまでの価値観や行動を、私たち一人ひとりが変えていく必要があります。本ワークショップは、その変容の足がかりとなるべく、身の回りの自然をシステミックな視点で捉え直すエクササイズとして考案されました。
当日のワークでは、5名程度のチームに分かれて「①観察」と「②マッピング」に取り組みました。まず「①観察」では、一人1枚ランダムに選んだカードを持って、野外フィールド(キャンパス内の林)に出かけます。
それぞれのカードには想像力を広げるための問いが書かれており、匂いや音、温度、触感など、普段とは異なる観点で自然に接し、人間以外の存在を観察するよう促されます。フィールドから戻った後は、観察での気づきをストーリーにしてチームで共有し、その中から注目したいストーリーをひとつ選びます。
続く「②マッピング」では、選んだストーリーに登場するアクターを書き出し、チーム内でディスカッションしながら、テーブル上でそれらのつながりを自由に視覚化していきます。毛糸や針金など、色や手触りの異なる様々な素材を使うことで、言語化しなくとも、自分の持った感覚や印象を表現できるようにしています。
プログラムは、約1年間の活動を通して徐々に形作られてきましたが、当初は既存のツールキットをベースにアクターの可視化や介入策の検討に取り組もうとしていました。しかし、人間と自然との互恵関係において基盤となるのは、身体的な出会いから得られた「共感」であるとする考察(Ojeda, et. al., 2023)などを踏まえ、五感で自然に触れる体験を重視し、そこから身近な自然のアクター同士、そして自分自身とのつながりを発見できるような構成としました。
参加者の皆さんの発想力・表現力が存分に発揮されて各チーム独創的なマップが出来上がり、最後にチームごとに描いたストーリーを発表してプログラムは終了となりました。参加者の方からは、「フィールドワークや立体的なマッピングを通じて、自然に対する解像度が上がった。観察した小さなものも、生態系の一部なのだと気づきがあった」との感想をいただきました。これらのフィードバックを受けて、今後は、今回のプロトタイプからさらにワークショップをブラッシュアップさせていく予定です。
以上、全5ワークショップの模様をお伝えしました。プログラムによって使用するメソッドやツールは様々でしたが、具体的なテーマのもと、どのようにシステミックデザインに取り組んでいくのか、実感を掴んでいただけたのではないかと思います。ワークショップセッションの後はいよいよ、特別ゲストのDark Matter Labs、Eunsoo Leeさんのキーノートに続きます。