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後編|POP UP ACTANT#4 「LIVING LAB FOR SERVICE DESIGN:これからの創造性は『リビング』から生まれる」

日時|2019年11月15日18:00〜20:30
会場|Inspired.Lab
スピーカー|エスベン・グロンデル、ピーター・ユリウス(Public Intelligence)、坂井田麻子(東急株式会社

「リビングラボ」をテーマに開催した第4回POP UP ACTANT。後半は、産学官民連携で、郊外住宅地の再生に取り組むリビングラボ「WISE Living Lab」を運営する東急株式会社の坂井田麻子氏によるプレゼンテーションと、Public Intelligenceのお二人を交えたディスカッションの模様をレポートします。

プレゼンテーション② 「リビングラボやってみました」
/東急株式会社 坂井田麻子氏

映像制作会社からの転身を経て、東急株式会社でまちづくりの手法開発に取り組んできた坂井田さん。これまで、二子玉川でのシェアオフィス運営やセグウェイの社会実験などを手がけてこられました。2012年に、横浜市との協定のもと産学公民連携で郊外住宅地の再生に取り組む「次世代郊外まちづくり」がスタート。そのなかで、まちづくりにおけるリビングラボの可能性を実践する場として、2017年、たまプラーザに「WISE Living Lab」がオープン。地域住民との共創スペースやコミュニティカフェ、暮らしのIoTを実験できるモデルルームなど、住民と多様な接点を持ちながら、ローカルイノベーションを起こす場となっています。

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リビングラボって何だろう?

坂井田さんが担当部署へ異動になったのは、まさにWISE Living Lab竣工のタイミング。ゼロからリビングラボの運営をすることになり、「リビングラボって何だろう?」ということからスタートしたのだそうです。

「いきなり住宅街にリビングラボという建物ができて、住民の方も私と同じ感覚でした。それでまず、リビングラボの勉強会を実施したんです。先生をお呼びしたり、住民の方と視察に行ったり、仮のお題でワークショップをしたりということを、最初の半年くらい繰り返し行いました。それでも個人的には、わかったような、わからないような感じでしたが、とにかくやってしまおうと旗揚げしたのが1年半ほど前です。ホームページやFacebookで小さく活動の発信をしていくうちに、感度の高い方に知れ渡るようになり、次第にオファーをいただくようになりました」

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最初に持ち込まれた相談は、人材派遣会社が、地域の仕事を生み出そうと考案した「おにぎりをつくりたい」というアイデアでした。最終的に実施には至らなかったものの、まちづくりのリビングラボがすべきことは何かという問いに立ち戻りながら、その後も様々な企業から相談を受け、ディスカッションを重ねてきたのだそうです。

「そのなかで、少しずつ見えてきたことがあります。まず、企画書に空前の“地域課題解決”ブームが来ているということです(笑)。今までのマーケットが立ち行かなくなり、とりあえず“地域課題解決”と書くと企画書が通る。でもよくわからないから相談に来る、というケースが増えてきました。これはチャンスだと思うと同時に、私たちのリビングラボはまちづくりをするための手段なので、地域課題に落としこまれた内容なのか、企業が本当に解決したいかどうか、その点を明確にする入口設計がものすごく大事だと気づきました。
それから、地域側にも“ポストイット疲れ”が生じています。地域課題を書き、それを分類して、やっぱりコミュニティだよね、というようなワークショップはもうやりたくないと思っている。それはそうだなと、私たちも思います。ですから、ワークショップで終わらないものを一緒に設計していただけるパートナーさんと組むことが重要だと思っています」

2つのケーススタディ

続いて、現在取り組んでいるプロジェクトから、2つの事例が紹介されました。ひとつめは「ママたちのココちいいをカタチにしてみたらプロジェクト」。KDDI総合研究所との協働、子育て中のママのためのサードプレイスをつくる取り組みです。

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「私たちは、ニーズとシーズを掛け合わせて、新しいサービスの可能性を探るプロセスを非常に大事にしています。このプロジェクトでも、最初に集まった15人くらいの地域のママさんから、本当にやる気のある2名にスタッフとして入ってもらい、約1年かけて、丁寧にワークショップを重ねていきました。そうして出てきたアイデアが“シェア冷蔵庫”です。WISE Living Labに1台の冷蔵庫を置いて、つくりすぎたおかずや余った野菜、ちょっと欲しい調味料などをシェアするというものです。実験期間は3日間でしたが、LINEアプリを使って、今日こんなものがあるよとか、もらったものでこんな料理をしました、とやり取りができるコミュニケーションのモデルも生まれました。サードプレイスのプロトタイプが一旦出来あがり、次はその実装を検討していけたらという段階です」

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2つめの事例は、「たまプラ・リビングラボ」。NTT、NTTドコモと、地域のコミュニティづくりを行うたまプラ・コネクトの協働による、ICTやIoT技術を活用した地域コミュニティ活性化プロジェクトです。

「先ほどと同様、このプロジェクトも、住民の方々とワークショップを行い、どんなアイデアがあるか、どんなサービスがつくれるか、半年ほどかけて徹底的に検討しました。出てきたアイデアは2つあります。ひとつは、チャットボットを利用して地域情報を提供する“たまプラボット”というサービス。もうひとつは、たまプラボットを使って住民の方が投稿した場所が表示される“まち歩きマップ”です。こうしたアプリ上の地域情報が、リアルな場に還元されてコミュニティができるのではないかという仮説で実施していて、現時点で600人くらいの地域の方が参加してくれています」

試行錯誤のなか、わかってきたこと

研究者のような理論的アプローチからではなく、現場に根ざしてリビングラボを実践してきた坂井田さん。日々試行錯誤するなかで、実感としてわかってきたことがあると語ります。

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「個人的な考えですが、やっぱり2、3日のワークショップやハッカソンでは、本質にたどり着くことはできません。先ほどの事例でも、企業の皆さんは足しげく地域に通い、住民の方と密にコミュニケーションしています。まちづくりのためのリビングラボですから、地域に腰を据えることが当たり前という考えを、企業の方と共有していくことが大事だと思っています。
それから“8か国同時通訳”が必要です。産学公民連携だから4か国語、というわけではないんです。企業や大学では、意欲的な担当者や先生方と事務手続をする管理部門では、使う言語が全く違いますし、行政もだいたい2つくらいの部署を横断して実施します。住民の方でも、コアな参加者と一般の方がいる。ですから、思い通りにならないことは多々ありますが、それが当たり前。予定調和にならないところも含めてリビングラボだなという実感があります」

これまでのプロジェクトを振り返り、リビングラボという共創の場には、プロジェクトのデザイナー、事務局、技術提供者、資金提供者、地域とのつなぎ役という5つ役割が最低限必要だと、坂井田さんは言います。一部の役割をあえて住民の方に担ってもらうことや、また企業間で明確に役割を分担することも重要だと指摘していました。

ディスカッション:
ピーター・ユリウス氏&エスベン・グロンデル氏×坂井田麻子氏

様々なトピックが語られた、終盤のディスカッション。ここではいくつかのテーマを抜粋して、それぞれの応答をご紹介します

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──リビングラボが立ち上がるきっかけについて、デンマークと日本では、どのような違いがありますか?

ピーター&エスベン|市役所の場合は、財政的な理由から、サービスの向上と効率化という必須の課題があり、それを解決するツールとしてリビングラボを利用しています。他方、民間企業にとっては、開発のためのひとつのツールとなっています。私たちはそこで、リビングラボを活用した戦略を導くコンサルタントとして、一緒にプロジェクトを推進し、当事者間のアライアンスを保ちながら、プロセスのガバナンスを行っています。

坂井田|東急は、田園都市株式会社として創立した当初から、行政と住民と企業による街づくりをアイデンティティとしてきました。ですから、リビングラボをやろうとしたというよりは、たまたま時代がそれをリビングラボと呼ぶようになったという感じです。やはりリビングラボはツールなので、それ自体を目的化しないことは大事にしています。

──ステークホルダーの立ち位置や関わり方も、デンマークと日本では違うのではないかと思いますが、いかがでしょうか?

ピーター&エスベン|当然、ステークホルダーの影響力は国によって違いますが、ステークホルダーグループの根本的な課題は共通しています。ケアを受ける人たちは、自分の健康が第一なのでコストは重視しないですし、開発者やケアの提供者側は、高品質・低価格であることが重要です。その根本的な目的さえわかれば、イノベーションに必要な構造は、日本でもデンマークでも最終的には似ているのではないかと思います。また、オペレーションの面でいえば、デンマークは、日本のようにヒエラルキーが強い社会ではありません。それはリビングラボを有効に使うために大きな要素だと思います。この点について、オーディエンスにマイクを渡してもいいですか? 以前にプロジェクトをご一緒した日本企業の方がいらしているので、感想を伺いたいです。

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来場者|デンマークでは遠隔医療が非常に進んでいるということで、PIに自社の製品評価をお願いしました。リビングラボを活用すると何ができるのか、当時はまだよくわかっていなかったので、返ってきたレポートに驚きました。製品の動作テストだけでなく、こういう局面ではこう使われるといった、リビングラボのテスト結果がついているんです。それが今も宝になっていて、その後も、PIへ行くたびに新しい発見があります。

坂井田|日本の企業の場合、地域課題解決を目的にリビングラボでの開発に着手するのですが、いざ製品をつくるとなるとやっぱり全国展開したい、というジレンマを抱えているように感じます。それを乗り越えて、郊外というマーケットのサイズ感で意義のあるものをつくろう、という企業さんがもっと増えていくといいなと思います。一方、地域側には、企業が来ることにまだまだ抵抗感があると感じています。なので、企業とのコラボレーションが地域のためになるということを丁寧に説いていく必要があります。この2つのマインドセットができていくと、日本でもリビングラボが広がっていくのではないかと思います。

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──リビングラボには市民やユーザーの方々の参加が不可欠ですが、どのようにモチベーションを維持しているのでしょうか?

坂井田|今はまさに試行錯誤の期間なので、こうした試みを面白がってくれそうな自治会長さんや商店会長さんをはじめ、住民の方を見つけて巻き込んでいます。テクノロジーが地域活性化につながるはずだという意識を持っている方々の間で小さい渦をつくり、その人たちの声で住民に広げていくというやり方を取っています。

ピーター&エスベン|継続的に関わるユーザーや福祉現場のスタッフ、専門家たちが、なぜ無償で時間を提供してくれるのか。まず、糖尿病を患っている人は、当然糖尿病に関心をもっています。特定の領域にフォーカスしたリビングラボでは、ユーザーはそれを取り巻く世界を本当に変えたいと思っているので、継続的なエンゲージメントを得やすいのです。一般的なパネル会社のようにお金を対価として意見を集める形では、コミットメントが全く違います。それから、現場のマネージャーたちは、スタッフの時間を提供して評価に参加することが、最新のテクノロジーに触れる研修になると捉えてくれています。

──最後に、それぞれのリビングラボの事業的な可能性について、今考えていることがあればお聞かせください。

坂井田|これまでのオフィスは、駅からの近さや利便性、街のおしゃれさなどが選択基準となっていました。リビングラボを通じて「地域とつながる」ことの価値がもっと明確になれば、デベロッパーを持つ東急としても、マーケットが広がり、持続的な経済の循環が見えてくるのではないかと思います。

ピーター&エスベン|PIとしては、特に日本のメーカーが働き方改革を進めていくために、リビングラボを提供できるのではないかと考えています。当初から現実とのコラボレーションを前提にすることで、そもそもどんなソリューションが必要なのかということから構造的に進めていくことができると思います。
また、デンマークにはヒエラルキーがなく、思ったことを口に出せる強みがあります。そして日本には、強力なプロダクトエンジニアリングがあり、高度な教育があり、ヘルスケアシステムに投じる資金もあります。それは未来の健康をつくる重要なリソースです。日本とデンマークの強みを掛け合わせれば、グローバルな場で戦える独自のヘルスケアソリューションを生み出すことができるのではないでしょうか。

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以上、第4回POP UP ACTANTレポート後編でした。今回お話しいただいたPublic IntelligenceとWISE Living Lab、両リビングラボの今後の取り組みにも、ぜひご注目ください!

Public Intelligence|https://publicintelligence.jp/
WISE Living Lab|http://sankaku-base.style/

坂井田 麻子
岐阜県出身。大学卒業後、映像制作会社にてテレビコマーシャルやプロモーションビデオの制作業に従事。2004年より東急株式会社(当時、東急電鉄)に所属。自社運営のWEB制作や、二子玉川においてシェアオフィスの運営やセグウェイ走行の社会実験を担当。現在は、たまプラーザにて横浜市と共に進める「次世代郊外まちづくり」やその活動拠点である「WISE Living Lab」企画運営に携わる。
Peter Julius|ピーター・ユリウス
PeterはPublic Intelligenceの創業者とパートナーです。Peterは、デンマーク国内外のいくつかのクライアントおよびプロジェクトの国際的なブリッジビルダーとイノベーターです。 それを実現させるには戦略的洞察力と強力なイノベーションスキルの適切な組み合わせが必要で、頑固さ、多くの愛情、優れたネットワークにも熟達しています。

(2020.1.31)