見出し画像

Dark Matter Labs システミックな変容をデザインする組織 01

これまで、Systemic Design Clubは、『システミックデザインの実践』の著者である ピーター・ジョーンズやクリステル・ファン・アールの活動に注目しながらシステミックデザインについて調査・研究し、両者をゲスト講師に招いたワークショップを開催してきました。そこで得られた知見を日本で展開し、様々な事業者やプロジェクトのサポートを実施することもできました。

今後は実践力を深めるため、システミックデザインを実務で活用する組織や企業にも着目していきたいと考えています。今回の記事では、Dark Matter Labs(以下、ダークマターラボ)を、その稀有な組織として紹介します。ダークマターラボは、技術革新や気候変動に対応した社会に向けて、様々な領域でのシステムチェンジを目指す組織です。彼らの活動にはかねてから様々なポテンシャルがあると感じていましたが、日本でのプロジェクト展開はまだなく、日本語での発信や紹介も多くありません。彼らの先進的な取り組みは、デザイン組織というには射程が幅広く、かつ非常に全体像が捉えがたいものですが、その内実をシステミックデザインという視点から解釈し理解してみようと、「ダークマターラボ特集」を組むことにしました。

ちなみに、Systemic Design Clubを主宰するACTANT/ACTANT FORESTではこれまで、ダークマターラボから許可を得て、Mediumに掲載されている記事を翻訳してきました。以下の記事も合わせてご覧ください。


ダークマターラボとは?

ダークマターラボは、2015年頃にIndy Johar氏とJoost Beunderman氏によって創設されました。二人は2005年にJohar氏が設立したArchitecture 00という建築事務所で出会って意気投合したようです。2024年現在は、イギリスを拠点にスウェーデン、韓国、カナダ、オランダと世界中に支部を置きながら、デザイナーだけでなく建築家、経済学者、弁護士、データサイエンティストといった多様なバックグラウンドを持つ総勢約65名のメンバーによって構成されています。オランダ・アムステルダム市や国連開発計画(UNDP)などをはじめ、数多くのパートナーと連携しながら様々なプロジェクトを手がけており、Mediumで活動内容や研究成果を報告する記事を投稿しています。

ダークマターラボが掲げる目標は、経済システムのより深い構造をデザインし直すということです。川や樹木といった人間以外の生命、そして地域コミュニティのためのインフラやウェルビーイングといった、既存のシステムでは再生不可能なものに着目し、それらを新たなリソースとして捉える「生命を尊ぶ経済(Life-Ennobling Economics)」の実現が目指されています。ウェブサイトでは、以下のように概要が紹介されています。ダークマターラボが自らの言葉で自らの活動を説明している文章の中で、最も簡潔かつ網羅的なので、そのまま転載します。

ダークマターラボは、私たちが直面する技術革新と気候変動への対応に必要な、社会の大きなトランジションに焦点を当てています。 私たちの目的は、より民主的で分散型の、持続可能な未来を支える制度的な「ダークマター」を発見し、デザインし、開発することです。
私たちは、世界中のパートナー、クライアント、協力者とともに、システムチェンジのために機能する新しいメソッドを開発する学際的なデザインチームです。
ダークマターラボは、21世紀にふさわしい制度やインフラの新しいモデルを開発するために、実世界でのリサーチとプロトタイピングを進める、フィールドワークラボとしては典型的な実験手法を活用しています。
私たちの仕事は、政策や規制、財政やデータ、ガバナンスや組織文化から、アイデンティティや民主的参加に至るまで、システムの「ダークマター」について学ぶための、協働的で戦略的な実験に基づいています。

https://www.architecture00.net/00projects/darkmatterlabs

「システムチェンジ」や「トランジション」、「システムのダークマター」という単語が散見されることからも、ダークマターラボがシステミックデザインが対象とする領域に先んじて切り込んでいる組織であることが分かります。

目に見えない存在、ダークマター

「ダークマター(暗黒物質)」とは、宇宙を構成する物質のうち、観測不可能だが存在することが分かっている物質を指す宇宙物理学の用語です。目に見えず観測できないけれど我々の周りを満たしている物質。この不可思議な特徴になぞらえて、社会の制度や慣習といった目に見えない対象を「ダークマター」と呼んでいます。こちらの動画でJohar氏は、「ダークマターという言葉を使うことにした理由は、私たちが見ている物質世界は、私たちの周りのルール、規格、規範、考え方次第であると明らかになったからだ。(17:17~)」と語っています。

例えば、NASAで開発されるロケットの大きさとローマ帝国時代の橋のサイズの歴史的関係や、家の価格や地価はその土地自体ではなく周辺環境との関係性や所有という制度によって決まるといった例を挙げ、物質的なプロダクトやマテリアルの背後に隠れている、時間的・空間的に複雑な関係性を「ダークマター」という言葉で表現しています。

そして、このダークマターをデザインし直すことこそが、システムチェンジに向けた根幹的な活動であると考えます。ダークマターと同様の意味として、「ディープコード(Deep Code)」という表現も用いられますが、そこでは、デザインの対象が非物質的であることや、再構築(decode, recode)が必要な点がより強調されています。

私たちは、身の周りにある暗黙の世界に気づき始めました。私たちの周りのあらゆるものは、ごく物理的に見ることもできますし、その背後にある、それを構成しているあらゆるコードを見てとることもできます。そして、私たちが変えるべき世界を変えるためには、そのコードすべてを再コード化しなければなりません。所有権であれ、物質性であれ、規格であれ、モノをどのように所有するかであれ、これらはすべてコードなのです。さあ、一緒に再構築しましょう。

We Have to Reimagine Our World | Architect Indy Johar | Louisiana Channel

こういった考え方は、システミックデザインのツールとしてよく使われるアイスバーグモデルや、アクターズマップを想起させます。目に見える事象だけでなく水面下に横たわる社会制度やメンタルモデルなどを検討するような、あるいは人の行為やプロダクトを、多種を含めた関係性の中で捉えるようなデザイン理念と共通する考え方だとも言えます。

ダークマターは退屈

加えて、Johar氏はダークマターを再構築するのは「退屈な革命(Boring Revolution)」であると述べています。これは彼が、ダークマターラボの創設以前から2024年現在まで、一貫して唱える概念です。Johar氏は、気候変動は問題そのものではなく、経済の機能不全を示す症状であると捉えたり、ポスト資本主義を実現するには公共領域の構造変容が必要であると提唱したりしています。そのような前提に立つ場合、デザインのゴールは、俗に言う「イノベーション」のような派手なテクノロジーや新しさではなく、官僚制やガバナンスの改革のような、地味で退屈だと思われがちな領域に設定しなければなりません。粛々とその領域の変数を変えていく行為にこそ、システムチェンジの種が埋まっているのです。

持続可能な未来を築き、創造し、維持するためには、退屈な革命を起こす必要があります。科学のクールな部分(AI、新技術、ロボットなど)だけを語っても、この革命を形成する助けにはならないでしょう。 基本に立ち返らなくてはなりません。私たちは信頼を生み出すために、官僚制、ガバナンス、民主主義の原則といったものを見直す必要があるのです。この信頼なくしては、単純なこともうまくいくはずがありません。生産と革新の手段を民主化することは、すべて意識を高めることにつながります。新たなタイプの政府を形成するためには、市民をエンパワーする必要があります。それには、ガバナンスの概念を再発明する必要があり、私たちは今それを行う必要があるのです。この、いわば「退屈な」会話をすることが本当に重要なのです。

Indy Johar – The Need for a Boring Revolution | The Conference 2018

イギリスのデザインカウンシルが定義するシステミックデザインのプロセスの最後には、「終わりのない旅を続ける」というフェーズが配置されています。派手なデザインをアウトプットとして提供して終わるのではなく、状況を徐々に変えていくために、変化に伴走し続けることが大事なのだと。そのことをJohar氏は「退屈な革命」と呼んでいます。

システムチェンジの先にあるビジョン

「退屈な革命」は、ダークマターラボが目指す未来とも通じています。注目したいのは、彼らがパラダイム、世界観、存在論、認識論といった形而上的な変容を掲げている点です。ウェブサイトでは、主客を分離するデカルト的な考え方こそが近代的パラダイムの前提(=ダークマター)であり、このパラダイムの大転換こそが必要だと述べられています。

啓蒙主義、産業革命、科学革命は社会に多くの進歩をもたらした。しかし、存在と認識の深層に与えた影響についてはどうだろう? モノ化という概念から母なる大地の切り捨てまで、多くの社会の心理的ベースラインは根本的に変化した。私たちから見れば、土地や生物を使い捨て、搾取可能な資源として扱うことを容認する世界観は、支配的な社会経済システムのコード化においても作用している。ダークマターラボは、分離の概念を否定し、私たちの基礎となる経済関係を再考することを目的としている。

https://darkmatterlabs.org/

少し難しいので例を挙げてみましょう。所有権という制度は、所有者が所有物を管理するという主従関係を前提とし、人間が動物や自然を資源として搾取することを止めることができません。また、金融における投資行為は、投資した金額のリターンが最大化する経済活動を促進する一方で、金銭的な価値に反映されにくい社会的に必要な活動が過小評価されてしまいます。つまり、近代社会が築き上げた所有権や金融資本などを前提としたままでは、現代社会が直面する環境破壊や社会課題に向き合うことが難しいため、まずは人々をロックインしてしまっているこの根源的なレイヤーを再考する必要がある、ということです。

Radicle Civics」でも所有権から共有・コモニングへの移行が提唱されている

ダークマターラボは、パラダイムの変容のために、「不動産(Beyond Property)」「労働(Beyond Labour)」「搾取(Beyond Extraction)」「私的契約(Beyond Private Contracts)」「ガバナンス(Beyond Governance)」「貨幣資本(Beyond Monetary Capital)」の6つのテーマを掲げています。そして、これらすべての目に見えない制度の変容の先にある経済を「生命を尊ぶ経済(Life-Ennobling Economics)」という言葉で表現し、目指すべきビジョンとして設定しています。

システム思考を提唱するドネラ・メドウズのレバレッジポイントの12段階に「パラダイムを超越する力(the power to transcend paradigms)」があります。彼らの掲げる壮大なビジョンは、メドウズのリストの最後に並ぶ、この最も効果のある介入点を参照して設定されているのです。

このレベルでのパラダイムシフトを起こすことが、究極の「退屈な革命」なのでしょう。彼らの進めるプロジェクトはすべてこのゴールに向かって、近代を支える社会制度=ダークマターに多角的に介入する施策だと言えます。

どのような体制で実行されているのか?

ある意味では非常に捉え難く抽象的なビジョンを掲げているダークマターラボですが、実際はどのようにプロジェクトを推進しているのか、体制や進め方が気になります。

ウェブサイトに、その構造がマトリックスとして整理されており、ラボ、アーク、スタジオ、インターセクション、ケイパビリティというレイヤーで分類されています。扱う対象が複雑なシステムなだけに、コラボレーションする組織の支援や、システムの段階的な変化に対応するための重層的かつ柔軟な組織になっているようです。読み解いてみましょう。

マトリックスはウェブサイト上でアニメーションとして閲覧できる

ラボ

ラボでは、システムの特定の領域と、その基盤となっているパラダイム(例えば、規範、行動、制度論理)に焦点を当てた技術や専門知識の開発にあたっているようです。例えば、「Beyond The Rules Lab」ではマルチアクターによる新しいガバナンスの実証実験が、「Capital Systems Lab」 では戦略的なエコシステム投資の実現などが取り組まれています。

アーク

アークは、各ラボの知見を領域横断的に組み合わせて特定の価値を具現化するためのミッションのようなものです。明確な目標を掲げ、インパクトのある成果を導くよう設計されたテーマ設定と言えるかもしれません。例えば、「Net Zero Cities 」は、2030年までに気候ニュートラルでスマートな都市を実現することを目指したものです。また、「Radicle Civics」というアークは、市民の考え方に具体的な変化をもたらすというミッションが掲げられています。

スタジオ

スタジオは、ラボとアークの両方をつなぐ土台のようなもので、特定の技術を提供し、様々な取り組みの推進をサポートします。例えば、「Org Devスタジオ」は、ダークマターラボの基盤として、メンバーと業務に関わる人々の創造的な可能性を解き放つような組織開発を行っています。また、「Foresight & Futuring スタジオ」は、組織全体のエコシステムで有用なスペキュラティブデザインと未来シナリオ手法を構築を担当し、アーク全体にわたる潜在的な戦略的方向性を開発・支援しています。

インターセクション

ラボ、アーク、スタジオの交差する場所(インターセクション)に進行中のプロジェクトが配置されています。必要に応じてそれぞれのラボやアークのを連携させながら実行されます。また、その取り組みから引き出されたナレッジはラボやアークの各領域にとって学習の機会となり、他のプロジェクトにおいても活かされます。例えば、「Multivalent Currencies」は、多様な価値を持った通貨をプロトタイピングするプロジェクトですが、Next EconomicsラボとRadicle Civicsアークとの交差点で組成されています。また「Trees As Infrastructure 」は、都市インフラの重要な一部として樹木を取り入れるためのクラウドプラットフォーム開発プロジェクトですが、Capital Systemsラボと、Nature as Infrastructureアークとの組み合わせで実施されています。

ケイパビリティ

ケイパビリティはマトリックスの中心に位置するもので、「生命を尊ぶ経済(Life-Ennobling Economics)」というビジョンへの道筋を築くために自らに課したシステミックなゴールであると説明されています。具体的には、通貨管理の脱植民地化、データに基づく意思決定の組み込み、地球管理機関の基盤構築などが挙げられています。

生態系としてのパートナーシップ

「ラボ」という手段、「アーク」というミッション、その組み合わせで具体的なプロジェクトである「インターセクション」が推進されながら、大きなビジョンであるエコノミーのシフトが目指されています。ダークマターラボは、世界中に散らばる多分野にわたるチームであるため、実際にどのように人員が配置されて多様なプロジェクトが進行しているのかは定かではありませんが、大学などとコラボレーションしながら学術的な理論研究を行い、その知見を各プロジェクトに反映させるという運営がなされています。ラボごとの長期的なパートナーシップがつねに増え続けていて、2024年には「Property & Beyond Lab」といった新たなラボも誕生しています。この新たなラボを「a new part of the Dark Matter Labs ecosystem」と呼んでいるように、彼ら自身の活動を、複数のラボが分散的に動く生態系として捉えられているようです。ここにDark Matter "Labs"と複数形である理由が強く示唆されています。

システミックデザインの枠組みから言えば、どれか特定のディープコードだけをレバレッジポイントと設定して介入しても、ゴールに向かうパラダイムシフトが実現するわけではありません。複数のコードに少しずつ介入しながら同時多発的に変容を起こしていく必要があります。そのために、一つのラボだけではなく、複数のラボが様々な組織のサポート受けながら異なるアークと連携する、変化を受けて自身も学習する変容する生態系のような組織だということが分かります。

次回予告

さて、「ダークマターラボ特集」の第1回目として、彼らがどういった組織であり、どのような理念を掲げて活動しているのかを俯瞰してみました。彼らの口からシステミックデザインという単語が使われることは稀ですが、システミックデザイン的な手法や視座を用いて社会介入しているという点において、非常に参考になる組織であることは間違いありません。

システミックデザインの中で、いつも尻込みしてしまう最難関の介入ポイント、「パラダイムを超越する力(the power to transcend paradigms)」に果敢に取り組んでいるあたりも尊敬に値します。対処療法ではシステミックシフトを起こしにくいことは明白です。我々もディープコードに立ち向かっていきたいものです。

続く、第2回では、ダークマターラボが取り組むプロジェクトを具体的に見ていく予定です。

また、Systemic Design Clubは、2024年11月30日(土)に「Systemic Design Day」を開催します。このイベントのキーノートでは、ダークマターラボで活躍するEunsoo Lee氏をお招きし、最新の取り組みを紹介していただきます。なかなか把握しづらいダークマターラボの活動に関して具体的な質問を投げかけてみようと思っています。そのレポートも発信する予定ですので、お楽しみに!