花と人が会話する日

俳句において花や木、林や森、さらには野菜や果実まで、様々な植物が詠まれています。特に植物には季節性があるため、季語として俳句においては重要な要素になっています。

植物は、私たちが見て、写生して、鑑賞する対象物であり、静かに被写体として、その美しさや健気さ、豊潤さが私たちに感動を与えてくれています。まさに動き回る動物が「動」ならば、植物は「静」であり、常に受け身として静かに佇んでいるように見えます。それが、私たちが日々感じている植物というものではないでしょうか。 

人は自らをもっとも進化した「高等な」生物だと思っています。また、動物の方が植物よりも上であると思っています。それは、子供のころからの体験や教育から、また人間の尺度で見た生物のすがたから、当たり前のこととして皆もっている考えではないでしょうか?しかしながら、それは正しいのでしょうか?

ダーウィンは、植物はこれまで出会ったなかでもっとも驚くべき生物だ、と繰り返し述べています。ご存じのように、植物は光合成というプロセスにより、太陽エネルギーを自らの力で高エネルギー物質として体内に取り込むことができます。また根からは窒素など地中の栄養分を吸い上げています。それに比べて、動物は太陽エネルギーを自ら取り込む手段がありません。栄養分は植物や他の生物から獲得するしかないのです。

生物は進化のある時点で「動く」か「動かない」かという選択をしたと言われています。動物は「動く」、そして植物は「動かない」で生きていくことを選択したと言います。しかし見方を変えれば、植物は自らエネルギーを太陽から取り込めるため、「動く」必要がなかったということも言えます。生命体としての機能において、明らかに植物は動物より優れているからです。

さらに、生物学者であるステファノ・マンクーゾは、「植物は「知性」をもっている」と言い、「知性とは問題を解決する能力、と定義づけるならば、植物は人間の能力をはるかに超えている」と言います。それは、昨今判明してきた様々な新しい事実によって説明することができます。どのような事実が判明してきたのか見ていきましょう。
 

1.植物には感覚があり、コミュニケーションしている

光をエネルギー源とする植物は、かなり巧妙になるべく多くの光を浴びるように成長していきます。光が差し込む方向に茎は伸びていきます(「屈光性」という)。これはいくつかの化学物質が光受容体(光を感知するセンサー)として働いています。光受容体もひとつではなく、赤、青、紫外線など様々な波長の識別も知覚することができるのです。それは、発芽や成長、開花など植物の生育過程の多くの面をこれらの異なる光が支えているのです。さらにオーストリアの植物学者のハーベルランドは、植物の表皮細胞がレンズとして機能しているという仮説をとなえ、植物は光だけでなく、モノの形も見ていると主張しています。

現在では、植物の聴覚についてはさまざまな実験が行われています。音楽が流される中で育ったブドウは、他のブドウより生育状態がいいことが証明されました。そして、周波数によって、種子の発芽や成長を促進させたり、抑えたりすることも分かってきました。

また、植物にとって、嗅覚は極めて重要な機能になっています。植物は自らにおいを作り出すことができます。そのにおいは植物のメッセージであり、言葉なのです。BVOC(生物由来揮発性有機物)の微粒子によってそのにおいは作られています。すでに判明しているものとして、植物のSOSメッセージがあります。これはジャスモン酸メチルというBVOCです。植物がストレスに晒されたとき(例えば、昆虫や菌などによる攻撃、土壌に塩分が含まれていたり、汚染されていたりするとき)、これを放出し、周りの植物や自らの離れた部分に対して危険が迫っていることをリアルタイムに伝えます。

さらに植物は、段階的に防衛の作戦を展開します。葉を虫に食われているとします。この防衛に使うのも化学物質です。まず、葉を虫の食欲をそそらない味に変えたり、毒に変えたりすることができます。それでも虫を追い払えない場合、援軍を要請します。それは、その虫の天敵を呼ぶのです。例をあげると、ライマメは、大食いのダニ(ナミハダニ)から攻撃を受けると、BVOCを放ちます。それに惹かれて、肉食のダニ(チリカブリダニ)がやってきます。そして草食のナミハダニをあっと言うまに食べつくしてしまいます。まさに、植物とダニの間にコミュニ―ケーションと協力関係が成立しているのです。

2.植物は動いている

植物は光を感じて、その葉の場所を変えたり、茎の伸びる方向を決めているという点では、もちろん動かない生物ではありません。特にモーションピクチャーによって時間を早回しすることで、花がとても実に活発に動いていることや成長においても驚くほどの動きをすることはみなさんも実感としてあるのでないでしょうか。

もっとわかりやすい例は、オジギソウです。軽く手を触れると葉を閉じることはご存じでしょう。刺激を受けて動いているのですが、水や風の刺激では葉は閉じません。これは刺激そのものをしっかり区別して行動に移していることになります。

ハエトリグサという植物は昆虫を捕食します。この植物は2枚の葉でそれぞれ内側に3本の毛が生えています。この毛に触れると葉が閉じられて虫を閉じ込めます。ただ、この毛に一度触れただけでは葉は閉じないのです。20秒以内にもう一度触れる必要があります。一度だけなら水滴が落ちたり、ゴミが飛んできたりした可能性があります。ハエトリグサは2度触れたものがいて初めて行動に移るのです。

また、植物は土地に縛られていますが、世代を超えればものすごく活発に移動しています。それは種によるものです。種は生命のカプセルですが、軽いか、硬いか、数多いか、のどれかだと言います。そして環境への耐性がとても強いのです。風に乗ったり、鳥や動物に食べられたりして、とても遠くまで移動します。新大陸の多くの植物を世界に広め、またヨーロッパの植物を新大陸へ持ち込んだのは人間です。これは「コロンブスの交換」と言われますが、人間も種の運び屋として、ほかの動物と同様に植物へ協力してきたわけです。 

3.植物は昆虫や動物を操っている

植物の生命体としてもっとも重要な時期は、「受粉」の時期になります。そして、繁殖できるかどうかは、うまく受粉ができるかどうかにかかっています。受粉の方法は「自家受粉」(同じ花の雄蕊から同じ花の雌蕊へ花粉を移動する)と「交雑受粉」(ひとつの花の雄蕊の花粉を、同じ種類のべつの個体の花の雌蕊に移動する)に分かれます。自家受粉を中心に行う種もありますが、多くの種類の花は「自家受粉」を避け、遺伝子が新たな結合をおこなう「交雑受粉」を行うように進化をしてきました。

このためには、花が咲いている間に、花粉を別の花の雌蕊まで運んでもらう必要があるのです。風にまかせる植物もあります(「風媒」)。しかし、これは確率がとても低い。そのため大量に花粉を飛ばす必要があるわけです(まさにこれが花粉症の原因ですね)。

花粉の配達人としてもっとも広く利用されているのが昆虫です。これを「虫媒」と言います。もちろん、配達する虫にとっては、花の蜜を食べたり集めたりするときに体に花粉がつき、それを無意識に運んで別の花の雌蕊につけているのです。虫にとっては蜜が花粉配達の報酬というわけです。つまりここにはギブアンドテイクの関係が成立しています。しかしながら、その配達する先は、同じ種類の花でなければならないのです。昆虫にとっては、花の種類など気にせず、近くの花から蜜を手に入れる方がずっと楽なのは間違いありません。それなのに、例えばミツバチは朝から晩まで同じ種類の花の蜜を集めるのです。これを「訪花の一定性」と言いますが、どうやって、植物が昆虫にそうさせているのか、今なお全く分かっていないのです。
 

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私たちは、今「植物」というものを見直す時期に来ているのかも知れません。私たちは、どうしても人間としての感覚や姿、経験をもとに植物を見ています。植物は、私たちと違う形で感覚を得て、また動いています。さらに言うと、中枢として人間のような脳はもっていませんが、明らかに知性と言えるものを有し、見事に生命を維持しています。また、化学物質を使ったコミュニケーションを活発におこない、他の植物や動物に様々なメッセージを送っているのです。

もしこのメッセージとしての様々な化学物質BVOCを解読し、私たちが理解できるようになれば、植物とメッセージのやりとりができるようになります。野にさく一本の花からどんなメッセージが聞けるのでしょうか?またあなたなら、目の前の花にどんなメッセージを贈りたいですか?科学の進歩によって、そんな日がきっとやってくるでしょう。
 

【参考文献】
 
「植物は知性をもっているー20の感覚で思考する生命システム」(ステファノ・マンクーゾ他)
「植物は未来を知っているー9つの能力から芽生えるテクノロジー革命」(ステファノ・マンクーゾ)
「植物考」(藤原辰史)
「植物の生の哲学―混合の形而上学」(エマヌエーレ・コッチャ)