見出し画像

みんな失敗してきたんだ

1.半分以上負けても勝つ方法

誰でも負けたくない、失敗したくないと思うのは当然です。でも何度も負けたり、失敗が続いたら落ち込みますよね。
 
しかし、半分以上負けても、いやほとんど負けても、トータルで勝つ方法があります。確率の低いテールイベント(正規分布などで百回とか千回に一度しか起こらない事象)によって莫大な利益を得ることができる仕組みがあるからです。

ベンチャー投資がひとつの例です。ある米国の投資会社が調査した結果、ベンチャー投資が今まで行われた2万1千社のベンチャー企業のうち、損失を出すようになった企業が65%、それに対して10倍以上のリターンをあげた会社はたった2.5%でした。でも50倍以上のリターンをあげた会社が0.5%ありました。その結果、ベンチャーファンドや、ベンチャーキャピタリストは利益をあげることができるのです。ただし、ベンチャー投資の難しさは、あまりにも不確実性が高くて投資する時点では将来の姿が何もわからないということです。だからベンチャーファンドは多くのベンチャーに投資をして結果を待つわけです。結果はほとんど負けですが、ごく一部の大成功を期待しているわけです。

モーガン・ハウセルの著書「サイコロジー・オブ・マネー」によると、美術品商のビジネスの仕組みも似たり寄ったりだと言います。つまり、「優れた美術品商は、膨大な量の美術品を投資対象として購入する」→「多くの美術品を長期間保有すると、その一部が優れた投資対象であることが判明する」→「その結果ごく一部の高リターンな美術品により、コレクション全体が黒字になる」というのがその仕組みなのです。大事なことは、気に入ったアーティストの作品を集中的に購入するのではなく、さまざまなアーティストの作品をポートフォリオとしてまとめて購入することのようです。これまた失敗の屍の中でごく少数の光る作品を見つけるということです。
 

このような話はベンチャー企業や美術品に限った話ではありません。J・P・モルガン・アセット・マネジメントが1980年から2014年までのラッセル3000インデックス(広範な上場企業の株価指数)のリターンを分析しています。それによると、全構成銘柄のなんと4割が70%以上値下がりしており回復することはなかったといいます。また、全体の7%がすべてのリターンを稼ぎ出していたということです。ベンチャーであれば一部の企業が大化けして全体の利益を上げるのはわかりますが、すでに実績のある企業群でも似たような状況だということがわかります。

2.みんな失敗している 

さらに、賢明な投資家として有名なウォーレン・バフェットも、自らの投資会社、バークシャー・ハサウェイの2013年の株主総会で、生涯で400から500の銘柄を所有してきたが、そのうちの10銘柄でほぼすべての利益を得てきたと言っています。個別の銘柄においては多くの場合、バフェットは成功してはいないのです。
 

ユニクロを展開するファーストリティリングの柳井正氏は「10回新しいことを始めれば9回は失敗する」と自身の著書『一勝九敗』で述べています。これもある意味で、ベンチャー投資と同じで、10回のうち1回の成功で、ユニクロを事業として大きく育ててきたのです。
 

ハウセルは、また次のように述べます。「動画配信サービスネットフリックスの株価は2002年から2018年までに350倍以上になったが、この期間の95%は前回の史上最高値を下回る値で取引されていた」。つまりネットフリックスに2002年に投資して最終的に350倍の価格をエンジョイした投資家であっても、その95%の期間は株価が上がらないことで忸怩たる思いをしていたということです。
 
このように、失敗が多くても最終的に成功するケースが多くあります。私たちが見たり聞いたりする話が成功談ばかりなので、すべてのケースで成功しているように見えますが、そうではないのです。バフェットでも大部分は、誤った選択をしたり、買収に失敗しています。ただそれが10銘柄程度の大成功に隠れて見えないだけなのです。

このように、不確実性が支配する世の中では、失敗が溢れているのです。その中で人はテールイベントをうまく掴んで大きな成功をおさめている人たちがたくさんいます。報道されたり噂になるのは間違いなく成功談なので、私たちにはそういう成功だけが輝いて見えて、失敗の姿が見えないのです。

3.失敗学

失敗というのはこのように隠れてしまいがちですが、その失敗がとても貴重なものと考えている学者がいます。「失敗学」の創始者である東京大学名誉教授の畑村洋太郎氏です。彼の「新失敗学 正解をつくる技術」(2022年)において次のような主旨の指摘をしています。
 

現代はVUCAの時代、つまりVolatility(変動性)、Uncertainty(不確実性)、Complexity(複雑性)、Ambiguity(曖昧性)と言われています。変化に富んで不確実で複雑、曖昧であるがゆえに「正解がない時代」と言われることもよくあります。しかしこの言葉は、じつは不正解だと思っています。ただ一つの正解、すなわち唯一解によって動くことのない「正解がたくさんある時代」がいまという時代だと私は捉えているのです。
 
日本の学校教育は、昔から今に至っても、座学を中心とする詰込み型の教育で、知識を効率的に習得することを目的としています。そしてそれを測るのは、ペーパーテストであり、そこでは、問題の正解をいかに早く導き出すかが問われています。つまり、最短ルートで正解にたどり着くことが求められているわけです。

高校や大学の受験も含め、社会人になる前、また社会に出ても同様の選抜試験を経験していきます。それによって、社会の様々な組織において、「最短で正解を出す」ことが優秀な証拠であり、組織にも求められているのです。この世界で認められたエリートは当然のことながら、現代のように「唯一の正解」がない、あるいは「いろいろな正解がある」となると混乱してしまいます。頭の中は、正しい方法→正解という因果関係でできていますので、その関係が存在しない不確実性の下では思考が停止してしまうのです。
 
畑村氏は何度も失敗することで、正解に近づいていくしかないと言います。しかしながら、今の社会においては、いくら経営者や上司が「失敗を恐れるな。挑戦せよ」と言っても、社員は実際に失敗するとマイナス評価につながってしまい、いいことが何もないことを知っているのでだれも失敗するような挑戦をしないのです。

畑村氏の失敗学は、人間が活動すれば必ず起こる「失敗」を積極的に捉え、原因を究明することで次の行動に活かすということを主眼にしています。

この観点から、現在の日本の様々な課題を見ると日本人がいかに失敗から学ばないかがわかります。
 
ひとつは、新型コロナに対する対応です。初期の段階でウイルスの感染力の強さや重症化率の高さは指摘されていたにもかかわらず、それから2年以上にわたって感染ピークがなんども起こり、その度ごとに医療現場のひっ迫がニュースで伝えられました。なんら改善されることなく、ピークの度に政府は人流の抑制を呼びかけていたのです。
 
もうひとつの例は、みずほ銀行の大規模なシステム障害です。みずほ銀行は、2002年4月、当時の第一勧業銀行、富士銀行、日本興業銀行の3行が統合して誕生したメガバンクですが、何度も大規模なシステム障害を起こしてきました。まずは統合直後の障害、そして2011年3月です。毎回謝罪会見を開き「再発防止に努める」と言っています。そして肝いりで4000億円かけて開発したシステムであるMINORIが2019年に完成してようやくみずほのシステム障害が解決したのかと思っていたところ、2021年2月から3月に3度目の大規模障害が発生したでした。そしてその後もトラブルは続き、2021年は8月に年内5度目のトラブルが生じて、さらにその後数回のトラブルが生じています。問題は合併当初、3行のシステムを無理やり統合したことであり、当初よりシステムを一新すべきであったという意見は聞かれるが、なぜこれだけ失敗を経験しながらシステム障害を今なお繰り返しているのか、根本的な課題があるとしか思えません。

4.失敗はあたりまえ

政治的にも日本では「総括、反省、そして改善」という失敗を次の改善につなげていこうという習慣があまり見られません。それは大企業においてもそうです。VUCAの時代、そして不確実性の中での私たちの行動は失敗して当たり前なのです。それを活用しない社会、組織には大きな欠陥があると言えます。
 
このように、至る所で失敗は隠されています。そしてどんな社会や組織でも今なおネガティブに捉えられており誰も表面に出したがらないのが実情です。ですから、私たちはうまくいっている人たちは失敗などしていない。正しいことをすれば失敗などしない。失敗するということは間違っているか劣っているかだからダメな人なのだ・・・こういう通念が広く当たり前のように広まっています。
 
現代のような不確実性の下では、まず私たちの行動は失敗して当たり前だと開き直ること、そしてそれをうまく改善に結び付けて、たとえテールイベントであっても大きなリターンを目指すことが、企業にも個人にも求められているのです。

 

この記事が参加している募集