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自己紹介2。~僕がSNSをやりだした本当の理由~

ども。超ひよっこブロガーのでぽろんです('ω')ノ
みなみなさまの手で立派な焼き鶏に育て上げてください。

さて、自己紹介にツーがあるんですねー。何回紹介するねんと。
いえいえ、これで自己紹介は終わりです。
自己紹介というよりはタイトルの通り、本音をこの辺で言っておこうかなと思って。



このnoteをやりだしたのとほぼ同時期に、TwitterとFacebookも始めました。Twitterのほうは、Facebook内のオンラインサロン「西野亮廣エンタメ研究所」のメンバーだけが鍵アカウントで見れる「サロン村(通称)」専用で使ってるので公の場での発信ではないんですが、それでも2000フォロワーとかいます。サロン村だと誰でも数千ぐらいは行くんですけども。

近々会社を辞めるつもりですし、noteを使ってわずかにでも収益化できればとか、文章を書くことでわずかにでも仕事に繋がればとか、色んな人と出会って自分のステージを引き上げられたらとか、邪な(んなこたーない)心はあるんですが、一番の目的は、

ある1曲のオリジナルソングを世に遺すためです。

そうです、こっちの「のこす」を使ってきましたね。
つまりは後世に遺したいのです。

僕は過去に10年ほどニートをしてた期間があったんですが、その時はおぼろげながらシンガーソングライターになりたいという夢がありました。

ちょっとした名刺も作って、ショッピングモールで8年ほどライブしたり、介護施設へも慰問ライブで数か所まわりました。

今にして思えば、ニートという名の劣等感がイヤすぎて「夢を追ってる風の人物」を演じているだけだったんだと思います。「シンガーソングライターになりたい」なんてどの口が言うねん、と思うほど恥ずかしいようなライブ回数でした。いや、当初も「これは夢なんかじゃない」って気づいてました。こんなもんで、なれるわけがないって。


僕は父親をうつ病で亡くしています。
あ、自己紹介1を見てない方は、すいませんけど万障お繰り合わせの上、見て来てください。超斜め読みでいいので。この通りです( `ー´)ノ

………。

お帰りなさい。ありがとうございますm(_ _)m
とまぁ、そんなことがあったんですね。

ご覧の通り僕は完全に立ち直ってるんですが、父が亡くなってから14年間、悲しいかな僕の心に響かなくなってしまった言葉が出来てしまいました。それは聖書にある、

「神は乗り越えられない試練は与えない」

という、かの有名な福音のことです。

自死遺族は筆舌に尽くせぬダメージを受けます。その中でも僕は圧倒的に元気な部類に入ると思いますが、この言葉だけは僕の辞書から消えました。

これはもう当然です。乗り越えられなかった人間がいると、イヤというほど知らされてしまったわけですから。
「綺麗事じゃん」、すぐそう思ってしまいます。

なのでこの14年間、特に最近は、落ち込むことはないんですが、この言葉とは折り合いを付けて生きて来た感じです。父の人生と、自分の人生を完全に分割するイメージと言えばいいでしょうか。

悲しい折り合いですが「オトンはオトン! オレはオレ!」と思わなければ、自分に何らかの試練が来た時に耐えられないので(そんなに来てないんですが)、福音も知らんぷりって感じでした。


僕の吐いた名言のうちの1つに、

「人間は、たまたま物理的に個体同士が離れているだけの、1本の大樹の葉っぱの1枚ずつだ」

というのがあります。異論はスルーでいきます。

これはもう何年も前に思いついていた短編詩…というよりは実感なんですが、それが最近になって、ふと悲しい折り合いに絡んで来たのです。

なにかの拍子にどこかで目にした「使命」という言葉が、宿命の流れを変えます。

天寿を全うしていないと思っていた父の死に様が、実は天寿そのものであり、このために「命を使った」のでは? そう思わされたのです。

その使命をもった男の息子が、上の名言を思いつきます。言い切ります。
そして、今までとまったく違う発想にたどり着きました。

「父+僕」という一本の人生の中での「転換点」が僕なのだという発想。
すべてのパズルのピースが過不足なく、はまったような気がしました。
何も、何も間違いはなかったんだと思いました。
センチメンタルな言い方をすれば、父までが命を賭して歌を作り、僕からがその歌を広める使命と言えそうです。

完成したそのパズルを俯瞰で見たら、実は分割だと思っていたものは継承なのだと知りました。こんなことが14年後に起こるのかと歓喜しながら泣きました。


父が亡くなってから8年後に出来上がった、父のためのその曲は、
「悲しみの行方」と言います。

タイトルを付けた時に「え? 悲しみの行方?」と思わず聞き返しました。芸術家の言う、いわゆる「降りて来た」状態がこれだと思いました。
降りて来たのは後にも先にもその1回きりで、しかもタイトルだけですが。

歌詞の中に「僕はあなたの続きだから そのすべてを讃えよう」と言う一節があるんですが、さきほどのパズルが出来た時にその一節を思い出して鳥肌立ちまくりでした。

で、肝心のその曲をYouTubeに上げようと思うんですが、簡単に上げられないでいます。他のカバーやオリジナルと違って(さりげなく宣伝)、練習に練習を重ねようと思ってしまうんですねぇ。悪い癖です。
まぁ、とにかくそのうち上げます。


シンガーソングライターになりたくてやめた。
でもこの歌だけはなんとか遺したい。
一発屋にすらならなくてもいい、むしろ誰か他の人が歌っててもいい、自分が作ったということが世に知られなくてもいい。

遠い未来に、数人でもこの歌を知っていて、その中の誰か独りでも、この歌を聴くことで生を選ぶとするなら、今自分が死んでも寸毫も気にしない。

槍のように、針のように、望みの面積を狭めて、他の楽しみを差し出せば、世界に風穴をブチ開けられないかと、小さな旗を立ててみたのです。



お、結構長くなりました。すいません、書いてたらテンション上がってもーた。ちょっと詩的な言い回しがキモかったらごめんやして。
世迷い言を長々とお聞きくださり、ありがとうございますm(_ _)m

歌を弾き語り動画にして上げたら、またここで記します。

ではまた('ω')ノ



 

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