見出し画像

小説『地下鐵道の妄想』

「まもなく、1番線に急行 羽田空港行きが到着します。白線の内側でお待ち下さい。地下鉄線内、泉岳寺まで各駅に停まります。五反田・西馬込方面は泉岳寺でお乗り換え下さい」
古めかしくも懐かしさを感じさせる放送が、ホーム上に響き渡った。次に来る電車がどこ行きか… そんなことは頭にも無かった。息を殺して、大勢の乗客の中の独りを演じていると、線路がヒュンヒュン唸り始めた。

電車が近づくに連れて、車輪とレールの振動がこうして音となって伝わってくる。誰に頼んだわけでもないが、そんなことはお構いなしに自らの存在を知らせてくる。

次の瞬間、トンネル内に溜まっていたモワッとする重い空気が、壁となって僕に押し寄せてきた。 誰かに抱きつかれたような、お相撲さんにタックルされたかのような…

このトンネルがどこに繋がっているのかは、誰も気にしない。されど、分からない。ひとつだけ言えることは、直上を走っている国道の賑わいとは打って変わって、”何もない”ということだ。この世界を言い表す言葉に「陰」と「陽」があるが、まさしくそれではないだろうか・・・ 時代の変遷によって移ろいゆく街を「陽」とするならば、地下トンネルは「陰」。地上にある街や店に誰かが遊びに行くことはあっても、トンネルには誰も来ない。興味もない。せいぜい隣町へ移動するときに通過するだけだ、スマホの画面を見ながら。

「1番線の電車は、急行 羽田空港行きです。地下鉄線内、泉岳寺まで各駅に停まります。××× ×××。○座線・東□線はお乗り換えです」

そんな無機質な空間がどこまで続いているのか… 考えるだけでも気が遠くなる。全てを包み込むブラックホールのような空間が、自分のすぐ横にあるのは不思議な感覚だ。その奥を見つめていると、何とも言えない恐怖心に苛まれる。

こんな下らない空想を張り巡らせていたが、ドアチャイムで現実に引き戻された。電車に乗り込む自分。程なくして、発車ベルが鳴り響きドアが閉まった。

ブレーキの緩解音がすると同時に、ゆっくりと走り出す電車。窓の外を眺めていると、ホームの柱や乗客がすごい勢いで後方へ流れ飛んでいった…

次第に暗闇が窓の向こうの世界を支配して、先ほどの空想の世界に入っていった・・・


「次は、宝町 宝町。お出口は左側です」

― 完 ―


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?