シリーズ「自分の物語」2 酸っぱい葡萄(自分が自分に嘘をつく)
自分物語

シリーズ「自分の物語」2 酸っぱい葡萄(自分が自分に嘘をつく)

  さて今回は、人間の無意識にこそ「自分の物語」のカギがあることを書きたいと思います。人間は生まれて以来、外界からうけた刺激をデーターとして記憶しながら、それに基づいて自分の人生脚本(自分の物語)を創っていきます。それは最初、無意識の中にどんどん記載されて行きますが、ある程度自我が発達してくると、今度それらの記憶に記載されたことを基に、外的世界と自分の内的世界とを、合わせ鏡のように照らし合わせながら生きていきます。そして必要に応じそれを書き変えては、それぞれが<自分の物語>を常に書き換えながら生きていきます。つまり、脳は常に刻々と変化しているのです。

 しかしその脚本が自分の<意識>に添って造られているかといえば、そうではないからやっかいなのです。なぜなら、自分の脚本のほとんどは自分の<意識>ではなく<無意識の意志とデーター>に添って書かれていくからです。

 つまり人間の行為、行動のほとんどは、無意識にやっていることなのです。その無意識世界とは、究極的には、その人間の<命が思い込んでしまったもろもろのこと>とでもいえましょうかね~。

 そして、意識とは、前回でも書きましたが、自分の身体のアンテナから入れた感覚を脳が収集したそれまでの情報で精査し、検証しながら脳データーとして蓄えていきます。そして自分の行動や行為、他人の行動や行為に<説明が必要な場合>それを自分の言葉で文脈化して意識にしておろしていきます。

 問題は、意識に下りてくるのは、無意識が自分に都合よく言葉に具現化し、立体化したことが意識にして下りてくることです。そこが問題なのです。

 無意識と現実認識とが合致している場合は問題ないのですが、無意識と現実認識の間にズレや違和があるときに問題が起きてきます。

 問題とは脳は無意識にある歪みを、自分の都合のよいようにアレンジして、或はごまかしてしまうことです。これも脳の働きの一部なので困ってしまうのですが。それをわかりやすく伝えている例があります。

それは、イソップ物語のキツネの話です。


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シリーズ「自分の物語」2 酸っぱい葡萄(自分が自分に嘘をつく)

田下啓子

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