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「武蔵ウンコ杉」はなぜキャズムを超えたのか

台風19号がもたらした記録的な大雨によって被災された皆様に心よりお見舞い申し上げます。

わたしは武蔵小杉に7年間在住している34歳男性です。普段は広告やPRなど、コミュニケーションのお仕事に携わっています。

このポストでは、台風によって冠水した武蔵小杉が、ソーシャルメディアの住人から【武蔵ウンコ杉】と命名されたことに関する記事です。

いち住人として悲しい感情は大きいのですが、一旦胸にしまいます。

それより、コミュニケーション屋として、「大勢の人々が短時間波及的に街や住人に対する意見を自発的に発信した」という事実を考察してみます。

「がんばろうニッポン」の国

災害大国ニッポンでは、これまで被災地に対するエールの声や、ボランティア志願者が自発的に集まることは珍しくない。これは、国民性として誇るべき習性です。

台風19号による被害に対しても、寄付やボランティアなど、ヒト・モノ・カネ、そしてエールという情報が素早く流通しました。

多くの街が水災にあってしまい、その中の一つに武蔵小杉という街がある。家が流されたり倒壊した、というレベルの情報はないですが、床上浸水や車が廃車になってしまった世帯が多くあり、残念ながら死者も出てしまいました。規模の大小はあれど、武蔵小杉はあきらかに被災した街です。

武蔵ウンコ杉の由来

Twitterで多くの方々が解説されているように、冠水を招いた水に「汚水」が混ざっているという情報が、ネット市民によって命名された所以です。武蔵小杉近辺のエリアが「合流式下水道」を採用しているため、その情報をもとに考察されたものと思われます。多摩川が今にも氾濫しそうで、すでに冠水したエリアも出てきたという緊迫したタイミングで、その奇跡的なネーミングが誕生したのです。原因に関して、自治体や政府からの公式的な発表もないタイミングでした。

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なお合流式下水道は、様々な自治体で採用されている手法です。(上図は札幌市のサイトより)

武蔵小杉にはヘイトが貯まっていた?

日本のインターネット元来の特性として、2チャンネルやTwitterでネガティブな情報には群衆が乗っかりやすいということは周知です。

しかし同様の水災が、限界集落などの田舎で発生した自体であれば、おそらく奇跡のネーミングとTwitter上での盛り上がりはなかったでしょう。京都や金沢、札幌や仙台、埼玉や千葉でも、そのような盛り上がりはなかったという肌感があります。

いくらTwitterが匿名性だとはいえ、「あのアカウントの主は、災害がリアルタイムに発生している最中に、困っている人たちを揶揄する」と見られるリスクはあります。そのリスクを犯してでも武蔵小杉を揶揄した人が多くいました。表現は様々だが、大別すると以下のような内容がつぶやかれていました。

地価が下がっただろうな、ざまみろ。
ウンコ水の中で泳ぐ人が現れるのは、川崎市民の民度が理由だ。
真の高級地には住めない、なんちゃって金持ちが手を伸ばせる街が汚れて嬉しい。

この言われ様、住人に対するヘイトが貯まっていたとしか考えられません。

なぜこんなに一気に噴出したのか、マーケティングの観点から分析してみます。

キャズムを超えた

有名なマーケティング理論「キャズム」。新しいもの好きの「アーリーアダプター」と、効果や価値が実証されてからじゃないと行動にでない「アーリーマジョリティ」の間には深い溝があり、その溝を超えないと製品やサービスは普及しない、という考え方です。

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おそらく、昨今の武蔵小杉には「アーリーアダプター」が多く住んでいます。そして、「アーリーマジョリティ」の知り合いや友人がたくさんいるはずです。個々の間柄において、どのようなやりとりがあったかは知る由がないですが、おそらく「ちょっと嫌な感じ」がアーリーマジョリティの中で暗黙知として形成されたのでしょう。(図の出展

言い方を変えると、アーリーマジョリティ(すなわちマス)な人々のアンテナで、良くも悪くも受信しやすい情報を発信していたアーリーアダプターが、「とても狭い区画」に「膨大」に住んでいるのだと考えます。

局所的な範囲で、短時間に高濃度で意思の流通が高まると、コミュニケーションは大きな「うねり」になりやすいのです。

群衆は「本音を吐き出せる機会」に飛びついた

そして汚水が噴き上げて、マジョリティな人々のウップンも噴き上げた。

繰り返しですが、ふつうは災害真っ只中に被災している人を揶揄したい人は多くないはずです。そのリスクを上回るくらいの衝動が起こったのです。

それが「本音を吐き出したい」という気持ちだと考えます。

悪口を言いたかったというよりは、本音を吐き出す機会に飛びついたのです。

決して賞賛すべき事態ではないですが、コミュニケーションに携わる職業の人は、この点を今一度ふりかえって損はないはずです。

(ポイントは、局所的短期間高濃度本音を流通させること

「本音を吐き出す」コミュニケーション

本音がからむと、人々の声はいつも雪だるま式に大きくなります。

たとえば、最近起こった好例。

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(署名サイト)

シャンプーブランドのPRから派生した「ブラック校則」を覆すためのプロジェクトには約2万人がすでに署名をし、小池都知事に提出されるという社会現象に発展しました。

理由は明確。アーリーマジョリティ以降の層も含め、大多数の人々が「ためこんでいた本音」が噴出したのです。Tweet同様、オンライン署名という参加カロリーの少ないアクションで本音を表現できる取り組みには、群衆が集まりやすいのです。

コミュニケーション屋の使命

なにも、新しいことを提唱しているわけではありません。コミュニケーション屋さんが普段から企画書に書いている「インサイト」という考え方がこれです。

しかしながら「武蔵ウンコ杉」騒動を見て、いちコミュニケーション屋としては、群衆の意思表示のパワーを感じざるを得なかった。

コミュニケーションは、社会に影響してしまう仕事だ。幸も不幸も導くことができてしまう。

この事実を再認識して、明日も脳みそをフル回転させ、世の中の空気を感じ、表現を紡いで社会に投げかけたいと思った、被災当日の記憶まで。


最後に

いち住民として、台風から数日の復旧状況をできるだけ客観的に伝えます。

台風翌日には自治体が清掃網を配備して組織的な対処がなされた
住民も自宅付近を中心として自治的に清掃を行った
翌々日には通行止めの箇所も減り、車での通行はほぼ支障がない状態
街としては、まったくウンコ臭くない

下水道の脆弱性は確かに課題だし、改善できるに越したことはないですが、リカバリの運用体制も含めたインフラとしてPDCAをすべきだと思います。

そういう意味では、今回の対応は評価に値すると思います。区の方も、清掃に当たれた方も、とてもプロフェッショナル。自宅近辺の復旧て手一杯の市民としては、的確な対応に頭が下がるばかりです。

以上、武蔵小杉は元気です!

※なぜ武蔵小杉にヘイトが貯まりやすいのか、というテーマは個人的に興味があるので社会学的に教えてくださる方がいらっしゃれば、ぜひコメントください。

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