noteを始めて一年経ちました(振り返って&これから…)
こんにちは、木月まことです。
先月の5月16日でnoteを始めて丁度一年経ちました。
みなさまは、noteを始めてどのくらいが経過して、また今後どのような展開を考えてますでしょうか?
わたしは1年経ちましたので、ちょっとここでそれまでを振り返って、さて、これからどうしていきましょうか、ということ等について思いを馳せたいと思います。
一年…
結構、あっという間だった気がします。
じつは、noteに登録したのは、記事をそこで書き始めるさらに一年前(2017年)の秋ごろからだったんです。つまり実際に記事を書く前に7~8ヶ月ROM専(読む専)だったんです。
その頃は正直にはなせば、林伸次さんや最所あさみさんのアカウントに魅了されていました。
その当時は、まいにち記事を書かれてる方の中では、その二人がダントツに思えました。
つぎの年(2018年)にnoteのミートアップやcakesフェスなどが催され自分も興味を持ったんですが私生活的なごたごたで参加するには至りませんでした(訂正、noteのミートアップは第4回ゲスト平田はる香さんハヤカワ五味さん、第8回ゲスト佐久間裕美子さんの計2回参加しています)
記事を書き始める当初は、自分も林伸次さんや最所あさみさんみたいになるんだと意気込んでましたが、いざふたを開けると待っていたのは結構厳しい現実でした。
え~、一年間で書いた記事は55記事になります。
では、ちょっとあまり興味ないかもしれませんが、データに関する統括です。(紙のノートに記録を録ってます)
思ったより厳しい現実の一端です(自分よりもっと厳しい現実の方も当然おられると思いますが、ここではまず自分のはなし)
①数字のはなし(2019年5月16日付け)
1年トータル
ビュー数 ⇒ 2769pv
スキ数 ⇒ 314スキ
投稿数 ⇒ 55記事 ですっ。
上半期(最初の半年)に対する下半期(あとの半年)の比較
ビュー数 ⇒(上)1293pv
(下)1476pv
14%アップ⇧
スキ数 ⇒(上)137スキ
(下)177スキ
29%アップ⇧
投稿数 ⇒(上)30記事
(下)25記事
17%減少⇩
投稿数のみ減って、他のファクターが少しアップしてますから
微増…というとこでしょうか。
上半期に対する下半期の数字は2倍(200%アップ)や3倍(300%アップ)にはならず、つまりブレイクというほどのものはありませんでした。
では、この数字に対する自己分析として、努力や才能が足りなかったからと単純に結論づけて終わりでよいのでしょうか。
たしかにまいにち投稿してはいません。
では、ここでnote(というプラットフォーム)で強い人はどういうタイプの人なのかすこし考えてみましょう。
才能のある人…人気運のある人…カリスマのある人…
ちょっと待て!
違うとも言い切れんが、それではあまりに単純すぎる。
もうちょっと突っ込んで考えましょう。
②noteで強い人はどんな人か(わたしの意見)
まず、わたしの印象ではnoteで強い人というのは、他に本業や本拠地(自分の会社や店を経営してるとか、著名な学者であるとか、Twitterでかなりの人気を既に持ってたなども含む)をもってる人だと思います。
この本業にはありふれた一般職の被雇用員(パート、バイトなども含む)が含まれることは少ないようです。
他に本業や本拠地を持ってる人がnoteに乗り込んできますと、本業とnoteの2点間でwin-winになるんですね。つまり、自分の会社や店で得たノウハウやネタ、理論などをnoteに持ち込んで、noteからも本拠地へお客や様々なものを持ち帰れるんです。店をやってれば「note読みました」っていう人がお客様として店を訪ねて来て、店が儲かり、お客がなんらかのネタを落っこどしてくれて、それをまたnoteに持ち帰ってっていうwin-winのループが築けます。もちろんこれは20年30年ラクショで続く自動勝利システムではさすがにないと思いますが、本業や本拠地と好ループを築けている人はやっぱ強いと思います。
つぎはnoteを読んでるような人の多くが憧れる世界で、それなりの結果を出してる、つまり先駆者や水先案内人になってるような人です。
たとえば、著名なカメラマンであるとか、人気のライターであるとか、なんとか文学賞を受賞したみたいな人になります。こういった方はnoteを読んでる人でそれに憧れるひとが多いんで、夢追い人みたいな人(わたしもそうでないとはいえません)が、そのアカウントに群がります。弟子入りみたいな効果が望めるので、「この人についていけば自分も…」「この人のいうことは自分の将来に有益だ」と、やっぱり人が群がります。
では、苦戦しそうな人の条件とは?
まず、ありふれた一般職(パート、バイトも含む)の被雇用員のかたわらnoteをやってる人です。
この形ですと、まず仕事にエネルギーや時間を持ってかれる上、その仕事とnoteはほとんど相互リンクの余地がありません。
社長でもなく、自分の店のオーナーでもないとなると日中やってる仕事のはなしはあんまりできないのがフツーでしょう。
日中に大半の時間を割いてる事柄をnoteでそれを語るのは不可となれば、これはかなり不利でしょう。
仕事は仕事、noteはnoteで個別に相応の結果を出せてる人は真の実力者かもしれませんが、一般的にはこの形になってればそんなに大した数字的結果は見込みにくいでしょう。僕もちなみに派遣バイトで、この形になります。
つぎに苦戦しそうな人は純粋なクリエイター(もしくはその志望者)でしょう。
純粋なクリエイターは商才(宣伝なども含む)に欠けることが多いため、noteで作品の展示をやってしまいます。(わたしも、このスタイルに含まれるかもしれません)しかし、noteを作品の展示場にしてしまいますと、そのほとんどは商売にはなってないにもかかわらず、そこに安息してしまいがちだということです。つまりスキやコメントのやりとりに満足してしまい、それを収入に変えることにはだんだん無頓着になることも危惧されます。
もちろん作品が収入に結びつかなくとも向こう5年は特に困らないというんであればまた変わってきますが、いずれにせよこのスタイルでフォロワーが4桁・5桁あれば相当の実力者でしょう。また3桁くらいでも、note以外の場所で一応収入につながっていればまた別でしょうが…
こうして分析してくると、わたしはnoteで勝者になる条件をまったく満たしてないでしょう。(もっとも、フォロワー5桁なんて欲したこともあまりないのですが)
③では、勝者になれなければnoteは意味がないか?
いや、そんなことはないでしょう。
Twitterからnoteに流れてくる人の多くは、140字では表現しきれないことがあるといいます。
140字以上でも普通のブログとかがありますが、普通のブログは記事の作成以外にブログ自体の運営にも相当な力をいれないと記事をほとんどまったく見てもらえないこともあるでしょう。noteにもそういう傾向はありますが、一般ブログでやるよりは(特に最初のうちは)見てもらえることが多いんじゃないでしょうか。noteで振るわない人が一般ブログへ活動の舞台を移せば(特に最初のうちは)更なる苦戦は必至じゃないでしょうか。
あとは、他の魅力的なクリエイターに出会える機会もnoteは多いと思います。
ぼくも、こころが病んでしまったり日常的なことで疲れきってしまうと他のクリエイターに関心がいかず、タイムラインすらスルーしてしまいますが、魅力的なクリエイターに出会えると記事の更新を心待ちにすることもあります。
④結局どうするのか?
数字的には相変わらず振るわない部類の人なのかもしれませんが、相当滅入ってるとき以外にはnoteから撤退してしまうことはいまのところほとんど考えていません。
仕事その他で精魂尽き果ててると「もうこれ以上できることなど何もない」と悲壮な気分に支配されますが、でもどちらかといえば振るわないからこそどうしようかとあれこれ考えてることが多いです。
僕は、もしかするとスキ数やビュー数やフォロワー数みたいなことで結果を出したいタイプというより、まだ見ぬ傑作の幻影を追うことをやめられない種族の人なのかもしれません。
振るわない数字のアカウントを見ると、「やめちまえばいいのに、そのほうが潔いよ」と思う人もいるかもしれません。
でも、若いとき聴いた(今でも一部の曲はたまに聴きますが)レッドツェッペリンの10枚のレコードのようなものを何ひとつ作れてない自分が引退など…「バカもやすみやすみ言え」ともう一人の自分から急き立てられます。
ぼくは、家にたとえれば土台の土台、1階の床も出来てない段階なのだと思います。既に2階のバルコニーから階下の大勢のファンやフォロワーに手を振ってるフェイズにいる人が羨ましいと思うこともなくはないですが、フェイズが違えば、やることも考えることも感じることもそれぞれ違うのでしょう。
noteをやる前は公募ガイドという雑誌を毎月買って、○○賞とかに作品を応募したりするところから道を切り開こうと思ってました。ところがnoteの記事作成に忙しくなり、そっちは止めてしまっていたのですが、いくら傑作の幻影を追い求めていてフォロワー数だのなんだのにはあまり興味がないとはいえ、活動がこのまま1銭にもならない状態がながく続くのも正直苦しいんで、ここらで、また別の活路が開ける道も模索しようと思ってます。その一環として、2つ前の記事でも告知しましたが、手始めにまずnoteの過去記事(2018年投稿分)を有料マガジンとして近日中に鍵アカにします。
長くなりましたのでまとめますと、
一年前林伸次さんや最所あさみさんみたくなるぞと始めたアカウントは厳しい現実をつきつけられ、1年を上半期と下半期に分けた場合、前者に対して後者は微増に終わったというのが第一段落。
次に、noteで強い人の条件はそもそも何だろうと考えて、会社や店をやってる、Twitterでかなりフォロワーがいる等、note以外に本拠地や本業(被雇用員ではなく)を持ってるひとや、売れてるカメラマンやライター等noteをやる人の憧れとして水先案内人になってるような人が強く、自分はその条件をまったく満たしていないというのが第二段落。
しかしでは勝者の枠に食い込む見込みがほとんどないのであればnoteはやる意味ないのかを自問し、自分の表現したいことが140字に収まらないのであれば、一般ブログよりはつくったものを見てもらいやすいだろうし、そして、他の魅力的なクリエイターに出会いやすいというのも一般ブログに勝っているだろう、だから今すぐ撤退はよほど滅入ってなければ考えないというのが第三段落。
自分はnoteを家づくりにたとえれば土台の土台を作ってる段階で、二階のバルコニーからファンに手を振るフェイズにいる人とは考えることもやるべきことも違うからいろいろ考えなければならない、引退なんてもっての外というのが第四段落です。
この一年、やや振るわなかったかもしれないけど、むしろだからこそまだまだやりますよというのが一年経っての感想です。
いつも読んでくれてるかた、たまに読んでるというというかた、いつもありがとうございます。
今日はじめて読んだというかた、どこかで会ったらまた読んでやってくださいまし。
では、また。
(あとがき)半年前に書いた「noteを始めて6ヶ月経ちました」のリンクも参考までに貼っておきます。興味あったらこちらも
(すみません、このリンクは当該記事が有料マガジンに収められてしまったため(2019年6月24日現在)無効になっております)
やっぱり、その時々で考えてたことを書き留めておくのも意味があることかもしれません。
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