note_第7回美味いものセンサー

中澤日菜子【んまんま日記】#7 美味いものセンサー

 この冬は講演会に呼ばれることが多かった。
 十一月の小豆島につづき、一月には東温市のPTA連合会にお招きいただき、生まれて初めて愛媛の地を踏んだ。
 松山空港に到着してまず驚いたのが、到着ロビーに設置された「みかんジュースの出る蛇口」。
 てっきり都市伝説のたぐいかと思い込んでいたので、蛇口を捻(ひね)ると出てくるホンモノに感動してしまった。これは美味しいものにたくさん出会えそうだ……と、仕事を忘れてほくそ笑むわたし。

 講演は東温市の中央公民館で。
 到着し、軽い打ち合わせを済ませたあと、控え室で昼食の仕出し弁当をいただく。ふたを開けてまたしてもびっくり。なんと保冷剤の上にお刺身が載っている。お刺身つきの仕出し弁当なんて、これまた生まれて初めてだ。少なくとも都内近郊でお目にかかったことはない。新鮮な魚介類がたんと獲れる四国ならでは、のお弁当ではないだろうか。

 講演は、東温市の皆さまの温かいホスピタリティーのおかげで無事終了。会場である中央公民館から、その日の宿である道後温泉のホテルへと送ってもらう。
 世にも名高い道後温泉。もちろんこちらに泊まるのも初めて。
 残念ながら訪れる直前に本館が長期の改修工事に入ってしまい、湯に浸かるのはまたのお楽しみにとっておくことに。それでも夜、灯りの灯った本館は、幻想的で美しく、眺めているだけでも旅情をかきたてられる。

 明けて翌朝、ゆっくりと起き、洋食の朝ごはんをいただいてからチェックアウト。せっかくなので松山観光もすることに。
 可愛いオレンジ色の市電に乗り、松山市駅を目指す。松山城に、坂の上の雲ミュージアムなど見どころ満載の松山だが、いかんせん帰りの飛行機までそんなに時間がない。ここは絞って観光すべしと、松山の町歩きを楽しむことにした。

 町は面白い。特に歴史の古い町は、営々と積み重ねられてきた人々のいとなみが、「匂い」となって個性を生み出している。
 こういう町は、アーケード街より一本外れた横道のほうが、ぜったいに個性豊かで歩き甲斐がある。アーケード街は便利で大規模な店が多いけれども、チェーン店が多く、どこも似たり寄ったりの店がまえになってしまう。
 その点、横道は「生活の道」とでも言ったらよいだろうか、古い佇まいを残している。

 ふらふら町歩きを楽しんでいるうちに、ぐう、腹の虫が鳴いた。お昼である。
 さてなにを食べようか。
 昨日から上品な和食と洋食がつづいている。としたら今日のお昼はラーメンにしよう! 自他ともに認めるラーメン好きのわたし、「この一軒」を探して見知らぬ町を歩き続ける。

 自慢ではないがわたしの「美味いものセンサー」は抜群の能力を誇っている。「これぞ」という店に飛び込んで外したためしがない。今回もセンサーフル稼働で、裏道をてくてく歩く。
 だが「ここぞ」というラーメン店がなかなか見つからない。あった、と思って駆けよると定休日だったり、東京でも見かけるチェーン店や横浜家系だったり。わざわざ松山まで来てそれじゃああまりにももったいない。

 さまよい歩いていると、ふと古い路地が目に入った。
 呉服店やレトロな喫茶店の並ぶ石畳の道。行きかうひとは明らかに地元のかたばかり。迷わず路地に飛び込むと、黒ずんだ格子窓が素敵な情緒を醸し出すお店を見つけた。看板には「鍋焼きうどん ことり」と書いてあるだけ。しばらく佇み、ようすを窺う。出入りするのは買い物帰りらしきご婦人方や、昼食を取りにきた会社員ばかり。どうやら地元民に愛されているお店のようだ。
 折しも午後になり、陽が陰ってうすら寒くなってきた。あったかい鍋焼きうどんはちょうどよいのではないか。

 満を持して、がらら、ガラスの引き戸を開ける。
 店内は、座敷の小上がりひとつと、数脚のテーブルだけ。しかもメニューは鍋焼きうどんといなりずしだけの潔さである。迷うことなく、というより迷う余地なく鍋焼きうどんをオーダー。
 待つこと数分、「おまちどおさま」と運ばれてきたのは、なんとアルミの小鍋だった。鍋焼きうどんといえばエビ天や卵、青菜に油揚げの入った土鍋を想像していたので、ちょっと驚く。しかもうどんと引き換えに代金を払うシステム。イギリスのパブみたいでこれも珍しい。
 アルミのふたを持ち上げると――薄い関西風のお出汁に浮かぶ太めのうどん、その上にはたっぷりの青ネギと刻んだ揚げ、ナルトに卵を使った厚焼き、そして煮つけられた牛肉が載っている。想像とは違うが、これはこれで美味しそうだ。
「いただきます」と手を合わせ、さっそくうどんを啜る。柔らかい。くちびるで切れそうなこの柔らかさは、九州のうどんに近い。隣はコシの強い讃岐うどんで有名な香川県なのに。なんとも不思議。
 出汁の味はさっぱりしていて、それが甘辛く煮つけた牛肉とよく合う。七味を振りかけて食べるとからだがぽかぽか温まってきた。
 あっという間に完食。大満足してお店を出た。
 やはりわが「美味いものセンサー」は健在なり。今後も日々磨いてゆくべし。


【今日のんまんま】
松山に行ったらぜひ食べていただきたい、熱々の鍋焼きうどん。んまっ。

なべやきうどん

ことり/愛媛県松山市湊町3-7-2


文・イラスト・写真:中澤日菜子(なかざわ ひなこ)/1969年、東京都生まれ。慶應義塾大学文学部卒。日本劇作家協会会員。1988年に不等辺さんかく劇団を旗揚げ。劇作家として活動する。2013年に『お父さんと伊藤さん』で「第八回小説現代長編新人賞」を受賞。小説家としても活動を始める。おもな著書に『お父さんと伊藤さん』『おまめごとの島』『星球』(講談社)、『PTAグランパ!』(角川書店)、『ニュータウンクロニクル』(光文社)、『Team383』(新潮社)、『アイランド・ホッパー 2泊3日旅ごはん島じかん』(集英社文庫)がある。最新刊『お願いおむらいす』(小学館)が好評発売中。
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