note_第13回_謎の種

新井由木子【思いつき書店】vol.013 謎の種の巻

 わたしの生まれ故郷式根島を含む伊豆諸島には、明日葉という美味しい野草が生えています。
 今日摘んでも明日にはまた葉が出ているので明日葉。天ぷらにして良し、おひたしにして良し。わたしの実家、式根島の家の庭先にも自生していて、味噌汁の具がちょっと物足りなかったら庭に出て摘めば良いという贅沢な暮らしです。

 ところで、その庭の向こう側にある、今は母の丹精する四角い農地は、元々父の希望で造られた自家用テニスコートでした。しかも、芝生の。
 まるで豪邸のように聞こえますが、うちは生粋の庶民。土地のあるのどかな島だからできたことだと思います。しかし召使もいない庶民が芝のコートなどを持つと、管理がとっても大変なのでした。夕暮れ時に重たいローラーを引いている自分をスポコン漫画みたいと思ったのを覚えています。

 テニスができる状態だったのは、そう長い間ではなかった気がします。ただの芝生となったその場所に、わたしと妹はよく、当時飼っていたモルモットの一家を放して遊んでいました。
 ペットショップでせがんで買ってもらった最初の2匹は見るみる増えて、すぐにモルモットの大群となりました。彼らの繁殖力を持ってすれば当然の結果です。モルモットをカップルで飼おうとしている小学校低学年のわたしを、周りの大人たちはなぜ止めなかったのか。そこには疑問が残ります。

 モルモットたちはやがて男組と女組に分かれて暮らせるよう、父により飼育小屋が改造されました。
 それによって増えるのが止まるかと思いきや、分室してすぐに男組の様子がおかしくなりました。一匹の若い雄のお尻を、男組全てのモルモットが低く唸りながら追いかけているのです。
 その時の男組の檻を上からみると、逃げる一匹の後ろにモルモットが数珠つながりとなり、一つの大きな渦巻きを作っているという状態でした。名前は忘れてしまいましたが、茶色くすんなりした体型のその若い雄を取り上げてみると、一見お股の間は男の子っぽかったのですが、よく見ると女の子でした。その子が女組の部屋に移されて最後の子孫を産んで、一族の増殖は止まりました。

 しかし、男組の渦巻きはその後も続いたのです。こちらも名前は忘れてしまいましたが(群れで飼うとそんなものなのですね)毛のボサボサした一番小さい子を、再びみんなで追いかけているのです。この子は、どんなによく見ても男の子でした。
 その時わたしは『男でもいいんか??? 』と思いました。
 そういえばですがモルモットたちにはエサとして色々な草を与えていましたが、一番好んだのが明日葉でした。明日葉はとても栄養価が高く精力のつく植物と言われているので、もしかしたらその効果かもしれません。

 さて、芝生で遊ぶと言ってもワンコのように人とたわむれるわけでもない彼らは、ただ芝生にいるだけでした。それでも外で陽に当たるのは気持ち良さそうで、テニスコートの真ん中で運ばれてきた明日葉をモリモリ食べていました。
 そしていつでもどこでも用を足す彼らは、芝生の上にも点々と細長いブツを落とし続けるのでした。
 そのブツは、ほとんど植物繊維でできているので、芝生の上で雨に打たれると上手い具合に全体形はそのままに、繊維だけが残るのです。やがて芝生は、植物繊維でできたブツだらけになりました。
 遊びに来たいとこが見つけて「なんの種だろう。植えてみよう」と言ったのが面白くて、ハンカチに包んで持って帰るのをそのまま見送りました。この連載を見ているかはわからないけど、あの時はごめんね、トモちゃん。
(今、男組で追いかけられていた男の子の名を思い出しました。セサミでした。)

明日葉

(了)

※世界文化社delicious web連載【まだたべ】を改題しました。

文・イラスト:新井由木子(あらい ゆきこ)/東京都生まれ。イラストレーター・挿絵描き。埼玉県草加市にある書店「ペレカスブック」店主。挿絵や絵本の制作のかたわら書店を営む。著書に『誰かの見たもの 口伝怪奇譚』『おめでとうおばけ』(大日本図書)、『まんじゅうじいさん』(絵本塾出版)ほか。「この世はまだ たべたことのないものだらけ。東京に近い埼玉県の、とあるカフェの中にあるペレカスブックで、挿絵や絵本を作りながら本屋を営んでいます。生まれ故郷の式根島と、草加せんべいの町あたりを行き来しながら、食べること周りのことを書いてゆきます」
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Twitter:@pelekasbook