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何度でも行きたい小川山のキャンプ場/沢野ひとし

 2020年は新型コロナウイルスに翻弄された一年であった。毎朝、新聞を開くたびに「また増えた」と目に見えぬ敵に怯え、できるだけ自宅で過ごしていた。
 それでも通い慣れた長野県川上村には、マスクの着用、アルコール消毒液の携帯と、感染防止に最大限の注意を払ったうえで、時機を見て出かけた。それはコロナ禍のせめてもの楽しみであった。

金峰山


 川上村の周辺には金峰山をはじめ、日本では珍しい直火で焚き火ができる廻り目平キャンプ場や、クライミングができる小川山があり、アウトドアを存分に楽しめる。
 花崗岩のクライミングエリアには、初心者から高度感たっぷりの上級向けまで、いくつものルートが揃っており、老若男女がロープをたらし、岩にしがみ付いて高揚している。

クライミングエリア

 去年の夏も、クライミングを趣味とする息子夫婦と、その子どもである二匹の山猿たち、それに娘の双子の子どもを従え、キャンプ場に行ってきた。

 澄み渡る青い空を見上げるうちに、このキャンプ場に初めて来た時のことを思い出した。すでに四十数年もの歳月が過ぎたことに気づき、いくらか感傷的になってくる。夕暮れに焚き火を見ながらチビチビと酒を飲んでいると、すでに鬼籍(きせき)に入った何人もの友の顔が、目に浮かんできた。

廻り目平キャンプ場

 山の友達は多い。
 新緑の頃、紅葉の季節、凍て付く冬の忘年会。年に三、四回はこのキャンプ場を利用し、岩場に向かい、ロープを結び、酒を囲んでいた。真冬の穂高で遭難した写真家、クライミング技術にたけていた人、酒を口にすると山岳談義が止まらない酔いどれ詩人……。
 友人の死は、自分自身のこれまでの生き方を振り返らせる。またこれからの人生を問う。

千曲川源流

 私の妻は、わがままな旦那に愛想を尽かし、今では孫の成長に生きがいを見出している。彼女にとっては孫と一緒にいる時間が、一番の和みの時である。
 我が家のリビングには、四人の孫の写真がいたるところに飾られており、妻は暇があると、写真をじっと見つめている。そのほとんどは、小川山のキャンプ場で写したものである。妻は、双子がまだ幼い頃に雨の中でキャンプをした時の写真を指さし、「あの時は寒かったわね」と小さな声でひとりごとを言った。

花と孫

 自分が山登りに夢中になっていた頃は、重いザックを背に、その重さに耐えるように地面をひたすら見つめ、汗をかいていた。空をじっくり見上げた記憶は意外なほど少ないが、年を取るにしたがい、空ばかりを見上げるようになった。山に登ることよりも、遠い空に思いを馳せる。
 川上村の紺碧(こんぺき)の空を、いつも思い出している。

イラストレーター・沢野ひとしさんが、これまでの人生を振り返り、今、もう一度訪れたい町に思いを馳せるイラスト&エッセイです。再訪したり、妄想したり、食べたり、書いたり、恋したりしながら、ほぼ隔週水曜日に更新していきます。

文・イラスト:沢野ひとし(さわの ひとし)/名古屋市生まれ。イラストレーター。児童出版社勤務を経て独立。「本の雑誌」創刊時より表紙・本文イラストを担当する。第22回講談社出版文化賞さしえ賞受賞。著書に『山の時間』(白山書房)、『山の帰り道』『クロ日記』『北京食堂の夕暮れ』(本の雑誌社)、『人生のことはすべて山に学んだ』(海竜社)、『だんごむしのダディダンダン』(おのりえん/作・福音館書店)、『しいちゃん』(友部正人作・フェリシモ出版)、『中国銀河鉄道の旅』(本の雑誌社)、絵本「一郎君の写真 日章旗の持ち主をさがして」(木原育子/文・福音館書店)ほか多数。趣味は山とカントリー音楽と北京と部屋の片づけ。最新刊『ジジイの片づけ』(集英社)が好評発売中。電子書籍『食べたり、書いたり、恋したり。』(世界文化社)もぜひご覧ください。
Twitter:@sawanohitoshi


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