見出し画像

「ス゜」ってなんて読む? 好奇心が止まらない宮古島

宮古島に行ったのはもう1年半ほど前のこと。那覇での出張の少し前に休みが取れたので、足を伸ばして宮古島まで飛んでみた。このとき既に沖縄に行った回数は10回を超えていた。正直、沖縄のきれいな海なんてとっくに見慣れていると思っていたけど、飛行機から見下ろした青さには思わずはしゃいだ。

1日目

なんだかんだ、離陸直前も着陸直後も仕事でバタついてしまい、レンタカーに乗る頃にはまだ宮古島のことを何も知らなかった。ナビを操作しようとして、思わずフリーズする。宛もないので、とりあえず予約しているホテルに向かうことにした。

泊まったのはHOTEL LOCUS。知人が働いているのを知っていたので、とりあえずそこで見どころを聞こうと思っていた。ロフト付きの部屋に案内されたら、自分の家だってロフト付きだけど、なんだか天井の高さに舞い上がってしまった。

館内も案内してもらうと、共用スペースが広くゆったりしていて落ち着く。

クッションカバーやマットなどのテキスタイルがかわいいなと思っていると、その作家さんを選ぶきっかけになったWEBの記事というのが、数年前に私が編集を担当した記事だった。そんなこととは知らなかったので、初めて降り立った島で、何の気無しに良いと思ったテキスタイルが、こうして形になる文脈に、1ミリでも隙間に自分が入っていたことに感動した。この仕事していて、そして今回宮古島に来れて、本当によかったと心から思って、うっかり涙ぐむところだった。

ここで働く知人に、屋上を案内してもらいながら、宮古島のおすすめを聞く。屋上からは目の前に海が広がっていて、それだけでも東京からはるか彼方遠くへ来たことを感じられる。

「この時間なら今から車出せば、17エンドから夕焼け見えるんじゃない?」とアドバイスをもらい、口頭で島への行き方を聞く。行ったこともない場所で、ナビとかじゃなく目印だけを聞いて車を運転したことはほとんどない。だけど今日なら大丈夫な気がする。長い長い伊良部大橋を通って伊良部島へ渡り、夕暮れどきの17エンドを目指した。

この日はあいにくの曇り空だったけれど、かすかに見えるオレンジ色の夕焼けも好きだった。手前の雲の輪郭が、夕焼け空にくっきり浮かんでいるのも良い。さらに帰りにブルータートルというカフェを見かけてそのまま寄ってみた。日が沈んだ後も、青のグラデーションをこんなに味わえるなんて想像していなかった。宮古島の夕暮れ時は、きっと毎日見ても飽きないだろう。

そのホテルに勤める知人は大学の先輩。実はもうひとり、大学の(そして高校も)先輩も宮古島に移住していると知っていた。つまり私達全員、同じ大学ということになる。二人に接点がなかったようなので、三人で飲むことになった。集合場所は地元の食材を楽しめるというぽうちゃたつやという居酒屋。メニューを見れば、宮古島の酒蔵が作っている泡盛だけですごい数。どれを頼んだか忘れてしまったけど、このボトルで届いて、なおかつ泡盛で酔っ払ったら、そりゃ忘れても仕方ないだろう。

その後、飲み屋街を散策すると、想像以上にスナックが多いことがわかる。いい感じのバーもいくつかあって、もう一軒だけはしごして飲んで、11月の涼しい夜風に当たりながらホテルへ戻った。

もう少し夜風に当たりたくて、部屋にまっすぐ帰るのをやめた。水着を持ってこなかったし一人なので用無しかなと思ったプールも、プールサイドでのんびりするだけでも気持ちよさそう。酔い覚ましにはぴったりだった。

2日目

2日目は昨夜も会っていた高校・大学とずっと一緒にドイツ語を学んでいた先輩に案内してもらうことになっていた。まずはホテルの朝食を。

島の野菜がヘルシーなだけでなく美味しいし、何よりずっと忙殺されるような生活が続いていたので、ゆっくり味わいながら朝ごはんを食べられるというだけでしみじみしてしまう。それも、テラス席で港の波の音を聴きながらなんて最高のシチュエーション。満腹になって、先輩と合流した。

そもそも、宮古島に来るまで、「宮古島」という離島一つのことを指すのかと思っていたが、周辺の小さな島とだいたい橋で繋がっているのだ。この日はまず、来間島(くりまじま)に向かった。

着いた建物には「ユービンヤー」と大きく書かれている。郵便屋……? 郵便局のこと……? と思ったら、このあたりの島ではみんな苗字ではなく屋号で呼び合う文化が根付いているそうで、ここはもともと郵便屋さんだったから「ユービンヤー」なんだとか。興味を持っていると、この近辺のみなさんの屋号一覧を見せていただけた。ユービンのように意味を想像できる名前は全然なくて、さらに驚いたのは「ス゜」というカタカナが頻繁に出てくること。読み方を教えてもらったけれど、この一文字で読むことはほとんどないから、単体では発音しづらい、と言われた。無理やり説明するのなら、「ズ」をもっと鼻にかけて読むような感じだろうか。何度やっても真似できなかった。馴染みのない文化の連続に、好奇心が止まらない。

なぜこのユービンヤーに来たかというと、ヤギ散歩というのを体験できるから。野放しにしたヤギに雑草などを食べさせながら近隣を歩いて回るという。動物園でしかヤギを見たことがないから、わくわくしていると、外に出たらもうそこにいた。

見晴らしの良い展望台に行けば、ヤギも一緒に階段を登る。

しかも海まで一緒に眺める。

歩きながら、島ならではの植物のことを教えてもらう。たとえば、鳥を捕まえるのにナイロンの紐では弱いから、アダンという植物の葉を編んで使うのだそう。そんな話をしている間に、あっという間に風車を葉っぱでつくってもらった。他にも、いろんな屋号の由来や、島の祭りのことなどなど、カルチャーショックを受け続ける散歩となった。散歩の最後に、採れたての月桃の葉をそのままポットに入れてお湯を注いだ月桃茶をいただいた。11月とは思えない生暖かい風に吹かれながら一息つくこの時間を、できれば毎年感じたい、とさえ思った。

次に向かったのは、池間島(いけまじま)。先輩の住む島だ。

たとえ曇り空でも、いつだって海がエメラルドグリーンに透き通っているのが不思議で仕方ない。いくつかおすすめの海を眺めたあと、数日前まで行われていたというお祭り「ミャークヅツ」について教えてもらった。

ここではいわゆる巫女さんのような、神に仕える女性のことを「ツカサ」と呼ぶらしい。数年前までは、口噛み酒を作っていたそうだけど、今は麦酵母で作っているんだとか。

先輩が今年のツカサの方を紹介してくれると言っていたのだけれど、チャイムも鳴らさずに「こんにちは〜」と家の中に入っていくのに驚いた。そんなこと、東京ではまずない。親戚の家でも、ピンポン鳴らして反応を待ってしまう。人と人の距離感の近さを痛感した。先輩は知り合いだとして、私は初対面だ。なのに、快く受け入れてくれて、おやつにソーセージの天ぷらまで出してくれた。リビングの床の間には、口噛み酒を入れていたであろう壺が並んでいた。

その飲み物が「ミキ」と呼ばれていると知って、そういえば沖縄本島でも缶に入って売られているのを見たことがあるのを思い出した。その後、市場に行くとミキをいつでも飲めるスタンドがあった。米を発酵させただけだと飲みづらいらしく、スムージーにして観光客向けに売っているようだ。

左がドラゴンフルーツで、右はたしかバナナ。どちらも飲みやすくて普通のスムージーという感じ。でも、作っている最中の炊飯器を見せてもらって、確かにお米からできているんだなとわかった。

ミキは発酵させて2日目には炭酸のようにシュワシュワしてくるらしい。3日目にはお酒のような、アルコールのような感じに仕上がるんだとか。ちなみに、このミキとは別に池間島のお祭りで飲むお酒として、「ミルク酒」というのもある。もらった瓶には一見、牛乳のように見える白い液体が入っていたが、中身を聞いたら泡盛をなんとコンデンスミルクで割ったものだという。その組み合わせは一度も考えたことがなかったけど、誰が思いついたのだろう……。

それから、池間島ではタマヌオイルというのを作る過程も教えてもらった。ヤラブと呼ばれる木の実から絞ってつくるオイルだそう。ちょうど実の収穫が終わって乾燥させているところだった。

毎日毎日パソコンと睨み合い、出張先でもパソコンと電話の往復、みたいな生活がデフォルトになっていた。そうすると言わずもがな体はバキバキになり、応急処置みたいにいつも慌てて限界直前にマッサージ店に駆け込む。そこでマッサージオイルは匂いだけで選ぶ。

マッサージオイルに使われるような原材料が一体どんなものなのか、どんな場所で、どんな風に作られているのか、恥ずかしながら考えてみたこともなかった。たとえばコーヒー豆やカカオなんかはフェアトレードのイメージが強いし、ドキュメンタリー映画でも見たことがある。だけどそうか、こういうオイルも当たり前だけどどこかでこうやって一つ一つの実からできているのか……と生まれて初めて考えた。

那覇に戻ってからも、さらに東京に戻ってからも、自分でマッサージするときにこのタマヌオイルの香ばしいような少し甘いような匂いを嗅いだら、いつでも宮古島のゆったりした風と時間を思い出せるようになった。

そういえば宮古島では地元の人達ほぼ全員から、「なんで1泊なの?!最低でも2泊か3泊はしなきゃ!」と言われた。正直、そんなに豊富に観光資源が盛りだくさんというわけではないけれど、この島の良さはきっとゆったりすること。滞在時間24時間じゃ全然足りないわけだ。

ただのーんびりするだけのつもりが、あまりに文化的な刺激が強すぎて、そして連続しすぎて、好奇心がますます高まるだけで帰ってきてしまった。でも、観光らしい観光をするよりも、地元の人たちの日常にちょっと混ぜてもらう旅というのが、私は心の底から好きなんだなと再認識できた。


この記事が参加している募集

私のイチオシ

一度は行きたいあの場所

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?