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告白! 私はアスペルガーーーかも⑨

 三浪が決定しました。周囲はもうどこでもいいから大学に入って欲しいという雰囲気でした。はっきり口には出さなかったけれど、誰もが私にはそれほど期待しなくなりました。私自身、もう型どおりの人生を送ることは不可能だと一人で決め込んでいたのです。医者を断念し、歌手の道も断念した今、私は手探りで新たな道を探さなければなりませんでした。私は何かになろうと絶えず藻掻いていたのですが、世間的には三浪の穀潰しに他なりません。とりあえずはどこかに身を置こうと、京都の中堅予備校に入ることに決めました。

 そこは決してS予備校のような合格実績の高いものではなかったのですが、校舎が京都らしい佇まいで、キャンパスの中心にはちょっとした庭があり、大学らしい雰囲気を醸し出していました。すぐそばには大きな森があり、その中に細い散歩道があったのも選択の理由の一つでした。比較的女性の浪人生が多く、時折弾けるような笑い声が聞こえてきました。一応プロの講師が大教室でマイクを持って講義をしたのですが、出席などはそれほど厳しくはありません。休み時間には、仲が良くなった浪人生達が群れを作り、それぞれが喫茶店に連れ立ったり、森の中の小道を散策したりと、S予備校の索漠とした雰囲気とはまったく異なっていました。つまり、私は医学部受験を装いながら、すでに厳しい受験勉強からは逃避していたのです。

 私は新たな夢を抱き始めました。今度は小説家になろうと思ったのです。自分の中には絶えずモヤモヤとした何かがあったのですが、それは明確な形を持たず、ましてや言語化など到底不可能でした。吐息がそのまま言葉になったらと、夢見ました。私には何よりも言葉が必要だったのです。そこで、貪るように小説を読みました。最初の頃はバローズの「火星」シリーズ、「金星」シリーズ、「ペルシダー」シリーズなどで、どのシリーズも十冊を超える長編です。バローズはターザンの原作者で、ジャンルでいえばSFファンタジーでしょうか。地球人が火星や金星、地底世界で大活躍するという物語ですが、おそらく狭い部屋の中に閉じこもり、私はひたすら異界で活躍する妄想を抱いたのかもしれません。やがて、私の関心は太宰治や芥川龍之介などに移っていきます。

 さすがにこれ以上親に負担はかけられないと、予備校の寮に入ったのですが、そこは三畳一間で、小さな机と簡易ベットが備え付けてあり、あとは一人の人間が何とか通ることができるスペースしか空いていません。私はその部屋に閉じこもり、本を読みながら妄想に耽り、気分展開にぶらりと予備校に行くといった具合でした。講義はせいぜい一コマだけで、後はそこで見つけた仲間と連れだって、喫茶店に直行しました。

 私の中にはある小説の着想がありました。先に「火の山」という題名が浮かんだのです。それは火山のような現実の山ではなく、草も茂っていない小さな丘のようなもので、その頂上に生き物が到着すると、突然ぼっと火を噴いて、その生き物を焼き殺してしまうのです。そして、今日も母親が幼い子どもの手を引いて、その子どもを棄てに訪れるのです。私はこうした妄想をどうやって言語化しようかと苦しみました、なぜか「火の山」の光景が私の脳裏から離れなくなってしまったからです。

 私の中に住み着いた「火の山」とは何だろう、予備校の講義中も友だちとの談笑中もふとそれが脳裏によぎります。そして、ある時その正体を思いついたのです。「火の山」とは火葬場のことだったんだと。

 まだ幼い子どもが死亡したなら、その脳裏に最初に浮かぶイメージは火葬場かもしれない。そこで自分は母親に棄てられ、焼かれてしまう。肉体が滅んでもその魂が消滅しないならば、その子どもの想念にはいつまでも火の山の光景が残るのではないか。そうした想念の世界で切ない恋物語が描けないだろうか、と。

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