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荒木一郎が好きだ

 私は、荒木一郎が好きだ。
 
 五~六年前のこと、CATVで再放送されていた『たとえば、愛』というドラマの中に、はじめて彼をみつけた。
 『たとえば、愛』は、TBS系列の「木曜座」で1979年に全13回が放送されたテレビドラマ。大原麗子演じるラジオDJを主役とした、大人の愛のドラマで、荒木一郎は主人公がDJをつとめる深夜番組のプロデューサーを演じていた。
 そのドラマは、夜にテレビをつけた時にたまたまやっていた。脚本は倉本聰だし、原田芳雄出てるし、面白そうだね、などと言ってなんとなく観始めた。たしか第二話の放送だったと思う。画面に、ふてぶてしい態度で椅子にふんぞり返る荒木一郎、そこは彼の席ではないらしい。と、その椅子に座るポジションの上司がやってきて、荒木はあわてて席を譲る、というような場面。ホンモノの深夜ラジオのプロデューサーにしか見えなかった。事実、彼は音楽プロデューサーとして活躍していたのだから、ホンモノに見えたとしてもあながち間違いではない。だけど初めて観たときにはそんなことは知らなかったし、これも後に知ることになるのだが、荒木一郎の芝居のセンスは抜群に良くて、どんな役でもホンモノに見えてしまうのだ。とにかく軽薄なそのたたずまい、業界ズレしたような態度、ふてぶてしさ。私はなぜか一目でそんな彼に惹きつけられた。軽薄な人間がタイプ、というわけではない。どうして、と言われてもわからない。一目惚れってこういうものなのかしら。彼の背後にある何かに強く惹きつけられたとしか言いようがない。
 それからは毎週彼に会うのが楽しみでそのドラマを観るようになり、荒木一郎って何者なんだろう、と少しずつ調べるようになった。そして彼の様々な顏を知ることとなり、俳優として、音楽家として、作家としてのその魅力にズブズブとはまりこんで行ったのだった。
 
 荒木一郎について過去の経歴を調べてみると、実に多彩な、素晴らしい仕事を沢山残していることがわかった。ウィキペディアの冒頭に書かれた経歴は以下のとおり。「日本の俳優・音楽家・小説家・芸能事務所オーナー・マジック評論家。音楽はシンガーソングライターから楽曲提供・劇伴担当など幅広く活動し、ギター、キーボード、ドラムスの演奏ができるマルチプレイヤーである。小説やマジック評論の著作もある。」

 こんなに色々やってきた人だったのに、全く知らなかったということに驚いた。荒木一郎は1944年生まれの80歳。映画や音楽で活躍した人なら、私の世代でも当然知っているはずの年齢だ。なのに私は彼の情報を何も知らなかった。さらに九歳年上で音楽に詳しい夫でさえ、荒木一郎のことは認識していなかった。
 「空に星があるように」という曲、これは知っていた。しかし、あの『たとえば、愛』の石山プロデューサー役のあの人と、この歌を歌った歌手が同一人物とは。しかも、作詞作曲までしていて、日本のシンガーソングライターの草分け的存在と言われているとは。

 彼はある事情で2年ほど芸能活動をお休みしている。そのことが、後年にその仕事が語り継がれなかった理由の一つではあるらしい。これについて私は、あまりの多才さゆえに業界から妬まれたことに起因すると思っている。たとえば彼はレコードで賞をもらう際、作詞・作曲・歌唱の賞をもらうたびに、作詞の先生の席、作曲の先生の席、歌手の席と移動しながら賞を受け取っていたらしい。こういうことのいちいちが、当時「先生」と言われ敬われていた一部の特権者たちに疎まれただろうことは想像に難くない。

 美意識の高さで知られる作家の森茉莉は荒木一郎の大ファンで、上記の「ある事情」の渦中に荒木一郎が少しの反省の色も見せなかったことに対して「一流の不良」と絶賛した。詳しくは森茉莉の著書『ドッキリチャンネル』に掲載されているが、これを読んで私は歓喜した。荒木一郎のかっこよさは、かの森茉莉をも夢中にさせたのだ!

 ただ、彼の仕事が後の世代に知られていないもう一つの理由もあると思う。それは彼が、「自分の名前を残す」ことに執着していないからだ。
 人が何かしらの仕事、特に芸術活動とされるものを志す際、有名になりたい、お金持ちになりたい、など色々な動機があるだろう。荒木一郎はその著書でもよく語っているが、いつも誰かに頼まれて、誰かのために、という仕事の仕方をしている。また裏方的な仕事を好む傾向もあり、桃井かおりのマネジャーだったこともあるし、作詞作曲やプロデュースの際に自分の名前を出さないことすらあった。彼は良い作品を世の中に出したいという欲はあるが、自分の名前を後世に残したいという欲が全くと言っていいほど無いのだ。これはカッコつけてインタビューや文章で語るのは簡単だが、今になって彼の仕事を振り返った時にその真実味がしみじみとわかるというものだ。 

 元たまの知久寿焼の「月がみてたよ」という曲に下記のような歌詞がある。私はこういうことを言うひとが大好きだ。

残したいのは 名前じゃなくって
名前の前の 名前のない何かそのもの

 そんな荒木一郎の輝かしい経歴については『まわり舞台の上で』というインタビュー本や、ファンの有志による下記サイトに詳しく掲載されている。こんなに!と沢山の方に驚いていただけたら、私もなんだか嬉しい。
MAX a Go Go DX!!荒木一郎FAN倶楽部 - Max a Go Go DX!! (jimdofree.com)

 ということで次回からは、自分が本当に好きでたまらない、荒木一郎のかっこよさについて、映画、音楽、文章の各方面から書いていきたいと思う。

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