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Sheer Mag - Playing Favorites (2024)


その昔、大型レコードショップには試聴機というものがあって(今もあるのかもしれない)、気になったものを片っ端からチェックしていた。とはいえ、そこに何十分も齧り付いていたわけではない。どういうわけか、ギターのワンストローク、ドラマーのワンショット、ヴォーカルが歌うワンフレーズを聴けば、それがどういう音楽であるかがわかった(つもり)ので、ひとつの試聴機(だいたい5枚くらいのCDが入っている)につき1分もあれば十分だった。

極論すれば、10秒聴いてピンとこないものは3分粘っても同じこと。Z世代はイントロとかギターソロを聴かないとか言われているが、一聴に値するイントロがあれば彼らだって無闇矢鱈とスキップボタンを押さないはず。それに、手癖でブルースケールをなそっただけのような凡庸なギターソロに耳を傾けるなんて時間の無駄。タイパが悪いことこの上ない。ただ、Z世代とはちがって、それほど忙しいわけではないのだが……。

サブスク時代になり気軽に試聴ができる今も僕のこの態度は変わらない。とくに歌モノの場合、歌のワンフレーズを聴けばもうそれで十分。そこには作者の音楽観のようなものがありありと表現されているから。たとえ地味でシンプルなヴァース部分であっても一音たりとも無駄のない旋律と、それに呼応するソリッドなリズムトラック。あるいはヴォーカリストのリズムの捉え方、発声などなど、ほんの数秒ではあるが、そこに込められた膨大な情報をもとに、我々は意識、無意識下に評価をくだしているのかもしれない。

Z世代よりせっかちな日本のディープサウスに暮らすしがない農夫を、ほんの数秒でノックアウトしたのが、Sheer Mag - Need to Feel Your Loveという楽曲だった。いわゆる1970's Power Pop/Punkリバイバリストではないし、ヴィンテージソウル系でもない。クレバーな楽曲はおそろしく緻密だし、それでいてDIYスピリッツ由来のプリミティブな香りが鼻腔をくすぐってくれる。往年のハードロック風味、フィラデルフィアのバンドらしいソウル風味、ディスコ風味など、多彩なジャンルを飲み込んだハードエッジでソウルフルなロックサウンドに、Thin Lizzyを想起する人がいても何ら不思議ではない。

待ちに待った5年ぶりの新作『Playing Favorites』も素晴らしい。5秒もあれば、その音楽性の高さを理解できるはず。懐かしさすら感じさせるソリッドなギターリフと、アレンジの効いたバックトラック、そしてややディストーションのかかった女性ヴォーカルは従来どおりだが、よりソウルテイストが増したような気がする。言葉にはならない社会への違和を表明するかのような声は、危うさと同時に多様性を受容する優しさのようなものを孕んでいて、そこも実に魅力的。グッとくる。

グッとくる、とかそんな陳腐なことしかいえないのが悔しくもある。が、音楽とはそもそも非言語表現なのだから、言葉で表現しようとするのがそもそも野暮なのであって、それはもしかすると、本作が実に音楽的な作品であることの何よりの証なのかもしれない。


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