VR/ARの成長と建築デザインの消失 Vol.1
──私はVR/ARに対して専門的知識などを持ち合わせていません。あくまでVR/ARを経験した中で語る感想と考察です。
VRは凄い。
ゴーグルをかけるだけで、自分の見ている世界を変えることができる。仮想現実というやつだ。
そのVR技術の発展は凄まじく、スマホなどで手軽に利用出来るようになったり、ゲームセンターなどではアクションやジェットコースターなど仮想体験をリアルに与えてくれる。
──ハウステンボス VRキングより
実際、私も体験してみたが凄いものだった。
まるでそこにいるかのような体験。
ジェットコースターは大型送風機や可動する座席で爽快感と恐怖を忠実に演出していた。マリオカートにいたっては車の揺れ再現だけじゃなく、手に装着した装置でアイテムを掴む、投げるまで出来たのだ。
これがあれば、外出しなくとも外の雰囲気を楽しめる。そう思った。
自分の行きたい、作りたい世界に没入できる。
自分の好きな世界を構築できる。
......
すごい、すごすぎるぞVR!
そんな中で私はレイヤードゼロというゲームアプリを見つけた。もう既にサービスは終了してしまっているが、やったことある人はいるだろうか?
あのゲーム、少ししかやってなかったが私としては面白い内容のゲームだった。
ゲームと並行してアニメも配信されて、同時に楽しみながら進めていくというサービス内容だった。
現在もアニメは一挙公開していて見れるので、興味のある方は見て欲しい。
2037年の日本の東京では撹張現実(AR)技術が発展していた。ARシステム「LayereD(レイヤード)」と人工知能を持つキャラクター「ACT(アクト)」の発展により個人個人がアカウントを持つ社会生活を送っていた。だが、便利になる一方で他人を不快にさせてしまうと「ヴァルナカウンター」と呼ばれるシステムによって数値化され、最悪の場合アカウントを消去されてしまうという制限もあり、人々は自由ではあるものの不自由な思いをしていた。 ──Wikipediaより参照
難しいが、私はこのゲームの内容を
VR(ゲームではAR)技術が発展して、小さいチップを身体に装着すればVRを見る、聞く、扱えるようになった世界。VRを介してなら「イメージしたことはなんでもできる」。
と私は解釈している。
...やばくない?
すごくない?
このような世界が来れば、誰もが自らの感性を駆使して身の回りを楽しむことができるのではないか?
情報、空間、体験において不便なく暮らす生活が待っていると思っている。
自分たちの生活する周りにレイヤーをかけ、華やかなライフスタイルを与えてくれる。VR/ARが仮想、拡張とその名の通りに生活に彩りと利便性を与えてくれるような存在になるだろう。
この映像もAR技術の発展した世界を表現しており、現実世界に1枚レイヤーが貼られた生活の中で料理や恋愛をゲーム感覚で楽しんでいる。(結果的には悲劇だが笑)
自分のセンスはレイヤーの中へどこまでも伸び続け、生活だけではなくアーティスティックな面へも飛躍させることができる可能性を秘めている。
しかも、その可能性は自分の身の回りの現実に反映される。
しかし、ここに来て私は思ったことがあった。
そうなると元々のリアルはどうなる?
壁や床に貼られた素材、色、触感は?
このような技術発展をして行けば、建築はデザインを失うのではないかと。
次回の記事では例を出して考えていきたい。
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