『裏切りのサーカス』に裏切られた私 ①

2017年6月22日 13:12

二重スパイ"もぐら"を見つけ出すスパイものではありますが、根底にあるのは忠誠を誓ったもの(仕事＆愛)の裏切りによって失ったものを取り戻す人生の再生物語でありラブストーリーだと思います。つまりヒゲとボインです。

この映画は一回目よりも二回目、二回目よりも三回目と観直せば観直すほど面白くなります。なぜなら過度な説明描写や演出が無く、名前などの固有名詞だけで進む場合があるのできちんと覚えておかないと見落とす伏線が多いからです(編集に6ヶ月かけたとか)。しかも人物が今どこの国にいるとかもいちいち字幕などで出てきません。その代わり会話の中できちんと行く場所を言ってるし、建物や看板、車種、言語などでどこの国かが分かる仕組みになっています。編集段階でわざと一回では分からないように(分からなくても良いと)してある節があるので二回目を観る時はこれを読んでから観るか、読みながら観ると良いよ。個人的に爆笑したシーンを織り交ぜていきます。

イギリス情報部通称「サーカス」のお話なので基本的に出ている役者は全員英国人俳優で固められています。

主人公はゲイリー・オールドマン演じるジョージ・スマイリー。どこがやねんって言うぐらい笑うシーンがありません。

ジム・プリドーのミッション 1973年10月21日

1973年物語はイギリス秘密情報部内にソ連のスパイ"もぐら"の情報を得るため実行部隊(つまり現場班)のジム・プリドーがハンガリー(ソ連の衛星国)のブタペストに向かう所から始まります。

ジム・プリドーを演じるのはマーク・ストロング。ジェイソン・スティサムさえいなければイギリスで今、最も髪の毛の似合わないハゲ漢です。

ハンガリーで情報源と接触したジム・プリドーでしたがなぜか情報が漏れておりロシア語が飛び交う中、彼は凶弾に倒れます…罠でした(この段階では生死不明)。

このハンガリーでの一件で「サーカス」のリーダーであるコントロールが責任を取り辞職します。なぜなら、この一件は上の許可を得ていないコントロールとジム・プリドーの二人しか知らない勝手なミッションだったからです(←二人のどちらかから情報が漏れた可能性大です)。

スマイリーとリーダーのコントロール

コントロールの右腕だったスマイリーもなぜか「サーカス」を辞めることになります。それを聞いた時のスマイリーの表情は「え〜ウソだろー聞いてないよ〜何言ってんだこのジジィ…う、うむ」と何も言わず顔だけで表現する凄いシーンです。何回も繰り返し観ていると10回目以降は不思議と爆笑シーンに変わってきます。

こうしてオープニングタイトルと共に「サーカス」を出ていくコントロールと、どうしても納得のいかない顔でトボトボ着いて行くスマイリー。この時二人を見送る同僚たちの中にはその後出て来るキャラが何人かいますが別に"もぐら"じゃないので無理無理覚える必要はありません。

そして、ここから無言の細かな描写が始まります。主人公スマイリーとはどんな人物なのかというキャラ説情報や伏線がわずか2分半で一気に提示されます(トップシークレットの書類の行先と共に…)。

まず目覚ましと共に目覚めるスマイリー。辞職したはずなのに決してダラ寝などしないスマイリー。ダブルベッドで独り寝、しかもきちんと隣を空けて寝てたスマイリー。置いてある指輪に化粧品からの鏡越しのスマイリー。ジャージではなくスーツにネクタイで眼鏡屋へ行くスマイリー。ガラス越しに新調したメガネ具合を確認するスマイリー雨。トボトボ手ぶらで歩くスマイリー雪。自宅へトボトボ戻るスマイリー曇り。玄関のドアの隙間に挟んでおいた木片を確認するスマイリー(現役時代の習性なのか…誰か家に入っていれば木片はドアから外れて落ちる)。手紙とは別に請求書とを分けるスマイリー。その請求書は溜まっている、まさか払えないのかスマイリー？

請求書にはアン・スマイリーとなっている(たぶんアン宛てと自分宛てとを分けた)のを確認するとジッと壁に飾られている絵を見つめるスマイリー。後に判りますが、この絵はビル・ヘイドンというスマイリーの同僚が送ったへったくそなモンドリアンみたいな絵…。

溜まったアン・スマイリーの請求書ビル・ヘイドンが送った絵アン・スマイリーの請求書ビル・ヘイドンの絵アン・スマイリービル・ヘイドン …アンとビル…。

ちなみにスマイリーは眼鏡を黄色みのべっこう柄のメガネから黒縁メガネへとチェンジします。当然これは老眼が進んだという哀しい月日の経過を表現すると共に映画「国際諜報局」のマイケル・ケイン憧れで間違いありません。

ついでなので回想シーンはべっこう黄メガネ、現在進行形のシーンは黒メガネなんだなと覚えておくと便利。

わずか2分半で一年が経ちました。スマイリーとコントロールが抜けた「サーカス」の現在のリーダーはパーシー・アレリン 右腕はロイ・ブランド。いきなり特別予算に隠れ家が欲しいだの、賃料が高いだのとみみっちい会話から始まります。しかし、ここで重要なワードがサラッと出ますサラッとね。

『ウィッチクラフト作戦』と『カーラ』 覚えておくとお得です。

そして公衆電話からリッキー・ターと名乗る謎の男(まだ顔は見せない演出です)から一本の電話が入ります。「話がしたい。身元を確かめたければ「サーカス」にいるボスのピーター・ギラムに聞け」と。

次のシーンでベネディクト・カンバーバッチが颯爽と登場。すれ違う美女のケツを颯爽とガン見 (この段階では彼がピーター・ギラムであるかどうかはまだ判りません)。

ベネディクト・カンバーバッチと同時にコリン・ファースも登場(しかも部署の中自転車で！)。新しく入ったブロンドのベリンダをロックオン。(この時点ではまだ二人の名前は出てきません。)

電話が鳴り「ギラムです」と言うのでベネディクト・カンバーバッチがピーター・ギラムなのだとやっと判ります(当然二回目観る時は彼が颯爽と登場した瞬間ピーター・ギラムだと分かります)。

かかってきた電話「イザベルおばさんに電話しろと頼まれた」と言うハテナ？な内容 (字幕では「話がある」という訳)。後々判りますが「サーカス」での電話は全て録音、記録されているので、この「イザベルおばさんに電話しろと頼まれた」というのは実は何かの暗号だったんだなと二回目観る時に気付きます。

スマイリーが自宅で独り電気もつけずTVを見ている(たぶん「ロスト・イン・スペース」か何か) ノックの音(誰かは判らない)。夜 スマイリーとピーター・ギラムが乗る車(さっきのノックはピーター・ギラムだったと判る)。スマイリーは共に辞めたコントロールが死んだ事を知る。もし暗殺なのであればスマイリーも…。犯人は巻き添え辞職の恨みを持つスマイリーの可能性もありますが本筋の"もぐら"探しと関係ないのでここはスルー物件で良いでしょう。

部屋にスマイリーとかつての上司が。上司がスマイリーに「サーカス」にいる"もぐら"を探し出してくれと依頼する。(というかさっきの電話での暗号は、この上司からの呼び出しで、この上司がピーター・ギラムに秘密裏にスマイリーを連れて来いっていう命令だったのねとやっと分かる)

と同時にさっきの電話ボックス(赤いのでイギリス国内)からのリッキー・ターの電話は「サーカス」の中に"もぐら"がいるという内容であったという事もここでやっと判る…そしてリッキー・ターがピーター・ギラムに直接電話しなかったのは盗聴されているからだということも判る…。

なんなのこの流れ、なにこのややこしい編集は！編集のクセが凄い。

リッキー・ターという謎の男の一本の電話から辞職したスマイリーが"もぐら"探しを依頼されるまでの簡単な流れを、初見では全部を理解できないようにわざわざしてる…その代わり観返せば何の問題もなく観れるようになってる。観返す事前提の編集…これはもうこの映画はこういう文体、構成でいきますよというデモンストレーションのよう。

「サーカス」の中に"もぐら" がいると聞かされた時、スマイリーが思い描いた顔は