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『凪のお暇』感想 :生きづら系ピーポーの心臓をえぐる「つらキュンドラマ」爆誕。つらい、みんな救われろ、凪と慎二はくっつけ!!

「ムズキュン」から「つらキュン」へ

TBS系列で放映されている、金曜ドラマ『凪のお暇(なぎのおいとま)』。原作はコナリミサトさんによる同名のコミック。『凪のお暇』は私にとって、登場人物の言動のひとつひとつが心臓に刺さりすぎて死にそうになる「つらキュン」ドラマだ。
(「つらキュン」という言葉はいまワシが作った。気に入った人は使っていいぞ)

凪のお暇を知ったのは、その2話が放送されたあとぐらいのタイミングだった。オットが、「やばいドラマが始まった。お前にも絶対刺さる。お前の本の読者にも刺さるはずだ。今からでも見ろ」と興奮ぎみに言う。

Tverで2話を見てみると、あまりの「我がごと」感に、胸が締めつけられるように痛む。何度も「ヴッ! つらい! 死ぬ!!」とのたうつことになった。以降の放送はすべて録画し、オットと一緒に苦しみのたうちながら見ている。オットは原作のコミックもKindleで買いそろえて読んでいるらしい。

こんなふうに二人でどハマりして見た恋愛ドラマは、2016年に放送された同じくTBS系の大人気ドラマ『逃げるは恥だが役に立つ』以来だ。あれは最初私が見つけて激しく勧め、見てみたオットもハマって、翌日には彼が原作のコミックを全巻ポチッていたのだった。二人で毎度ムズキュン(ムズムズキュンキュンの略)し、恋ダンスを踊ったり、主人公のみくりと平匡(ひらまさ)の言動の真似までしたりと、たいへんな騒ぎだったものじゃ……

こうして、私たち夫婦の恋愛ドラマ時代は、「ムズキュン」から「つらキュン」へと移り変わった。生きてきた中でそれなりの傷を抱えてきた私たちに、より闇の濃い人々の、愛を求めてもがくさまが刺さること刺さること。

「われこそは生きづら系パーソンである」「自分は陰キャだ」「そこそこ深く傷ついて生きてきた」「育った家庭環境が複雑だった」などといった人には、ぜひ『凪のお暇』の視聴を勧めたい。

凪のお暇のあらすじ

※この節までは、ネタバレがダメな人にも読める範囲で書くので安心して読んでください。いっぽう、観てて全部知ってる人は飛ばしてOK※

凪は都内の家電メーカーで働く27歳。おとなしく、趣味は節約で、周囲の顔色を伺っては「わかるー」と同調するばかりの彼女は、気の強い女性の同僚たちからいいようにこき使われたりサンドバックにされたりという、「『なんだかなあ』な日々」を送っている。

そんな生活の中、凪にとって唯一心の支えになっているのは、こっそり同じ職場の慎二とつきあっていること。慎二は周囲の空気をあっという間に和ませる「空気読み」の達人で、有能な営業マンとして社内にファンも多い。

北海道にいる母親から「ちゃんとした人と結婚しなさい」としつこく迫られているのもあり、早く慎二と結婚したい凪。自分をバカにしている女性同僚たちをギャフンと言わせたい、本当はひどいクセ毛だけど、母親や慎二を含め周囲の人から気に入られるために毎日大変な手間をかけてストレートヘアにしている、慎二がときどき見せる黒い部分にも、嫌われて逃げられたりしないようにすべて我慢している…… そんなふうに多くの想いを押し隠したまま、慎二とつきあっていた。

職場でのストレスを限界近くまでためつつ、なんとか気力を保っていたある日、慎二が男性同僚たちと話しているところを通りかかった凪は、慎二が凪のことをひどくけなしているのを聞いてしまった。慎二との関係が唯一の支えだった凪は、ショックのあまりその場で過呼吸を起こして倒れてしまう。

そのまま逃げるように職場を辞めた凪は、アパートもスマホも解約し、荷物もすべて捨てて、布団ひとつで立川のボロアパートに引っ越した。過去をまっさらにして28歳の誕生日を迎えた凪は、「お暇(おいとま)の日々」を開始する。

ボロアパートのご近所さんたちや、ハローワークで出会った友達との交流の中で、少しずつ新しい生き方を獲得していく凪。いっぽう、なぜだかしょっちゅう立川まで押しかけてくる慎二。凪と慎二の双方に新しい恋の風も吹き、これからどうなるの?? というお話。

ちなみに、原作コミックも未完で、最終的に誰が誰とくっつくのかくっつかないのか、すべて不明。私としては心底、凪と慎二にくっついてほしい!! そうじゃないとこの胸の痛みが報われない!!

※これより下ネタバレあり※

慎二が凪にだけモラハラする理由

ともかく、慎二がモラハラ野郎。

ほかの人に対しては単純にどこまでも気配りをする優しい人だし、どうでもいい人に対しては逆に「凪のこと今でもめちゃめちゃ好き」「なんて健気なんだ、この子を俺が一生守ると心に誓った」とか言う。なのに、彼は凪に対してだけは本当にひどい。ときどき、冷たい呪いのような言葉を放ったり、無理にセックスしようとしたり、モラハラ・DV男そのもの。

彼から凪への加害を、「好きだからついいいじめちゃうんだよ、男の子ってかわいいね」みたいに無罪化する気はまったくない。加害は加害。こういうタイプのDV・モラハラ加害者も多い。だから凪は一度は彼から離れたわけで。

ただ、彼を「愛着(アタッチメント)に傷のある人」ととらえてみると、彼がなぜ凪にだけあんなふるまいをしてしまうのか、私にはそのしくみがちょっとわかるような気がする。

私は生まれつきの発達障害に加え、家庭環境も複雑だったり、小学校で担任教師から虐待を受けたりしたのがあって、二次障害として複雑性PTSDを抱えている。本格的なトラウマ治療を受けて今はかなり回復したのだけれど、覚悟して治療を受けるまでは本当に、「いちばん大事な人との関係性をうまく保てない」ところがあった。

夫のことを好きでたまらないのに、なぜかときどき夫のことが耐えがたいぐらい許せなくなって、キレ散らかして離婚騒ぎを引き起こしてしまう。三回目の大きな離婚危機を迎えたときに、「あ、私は完璧に夫に対して加害してる。このままだと夫を失って後悔で死ぬな」と覚悟して、本格的なトラウマ治療を受けることにしたのだった。

この覚悟のきっかけになったのが、治療をしてくれた先生の言葉だった。

あなたには愛着(アタッチメント)に問題がある。本来、愛着は小さい頃に養育者との間に築かれるものなんだけど、あなたの場合はご両親との間にちゃんとした愛着を築けないままここまで来た結果、「生まれて初めて愛着を築いた相手が夫」になってしまってる。だから、夫に対して理不尽に怒ってしつこく絡むということができてしまう。赤ちゃんが、思い通りにならないお母さんに怒って、叩いたり泣いたりするのと同じ。

私は先生の説明を聞いて、まさにそのとおりだ、「夫に対して母親求める私、超気持ち悪い、超やばい、頭おかしい、確かにそれ夫にとってみたらめちゃくちゃ理不尽じゃないか」とゾッとして、治療を受ける決心をしたのだった。

こういった感覚からすると、凪を前にした慎二の心のシステムがどう働いているか、見えてくるような気がする。彼はもしかして凪の前では、ママに甘え、おむつを換えてもらい、おっぱいを吸い、関心をひきつけるために怒り泣き、ママなんて大嫌い! と叫ぶ赤ん坊のようになってしまうんじゃないだろうか。

慎二は高性能な「空気清浄機」

慎二の育った家庭も案の定、そうとうに複雑だったらしいことが描かれている。彼はいいうちのボンボンで、父親は外に女がいて家に寄りつかない。母親は心が不安定で、すぐに「私が死ねばいいんでしょ!」みたいに言い出して、息子にケアを強要する。

彼らの悪い空気を読み、ピエロのようにおどけ、親戚に対してそつなく振る舞い、ときにはトラブル解決のために身を削ってきた慎二。空気を必死に浄化しつづける「一家に一台の高性能な空気清浄機」でありつづけた。彼は家族に対して完全に心を閉じ、自由にそつなく振る舞っているようではあるが、ある意味ではもっとも強く、家に縛られている。

両親が「世間体の悪い息子」として嫌悪する長男・慎一(慎二の兄)は、怪しいYouTuberなどやっているが、両親にとってのいい子ちゃんでいようとすることをとっくにやめてしまった慎一のほうが、慎二よりもよっぽど精神的にヘルシーに見える。

あまりの凪への未練の強さに、職場で新しくできた彼女とギクシャクした慎二。追い打ちをかけるように、10年ぶりに再会した兄からは「誰の前でも…… 女の前でさえ仮面つけて本心隠して、空気読み続けてるんだろう、お前もいつまでも変わらないな」と痛いところを突かれて動揺する。ついにある日、大事なイベントでスピーチをしているときに過呼吸を起こして倒れてしまう。
(これがまた、空気清浄機を売るイベントだというのが本当にうまい皮肉だ。高性能な空気清浄機であった彼が、長年悪い空気を浄化しようと頑張りすぎてついに故障した、という感じがよく出ている)

慎二は私の兄に似ている、慎一は私に似ている

慎二のこの様子を見ていて、私は自分の兄を思い出していた。彼も空気清浄機みたいな人で、なにかとうまく回らない家庭を、すみずみまで気を配り、ときにはピエロのように振る舞って、必死でうまく回そうとしていた。その細やかな気配りから小中学校のころは周囲から人望が厚く、学級委員や生徒会長などを歴任した。

しかし彼は、中学ぐらいからは家族に対して完全に心を閉じるようになった。彼は、家族としての自然な愛からではなく、学級委員のような義務感でもって、家庭を平穏に運営しようとやっきになっているように見えた。(当時は未発覚だった)発達障害のせいでいつも「普通」「まとも」から外れたことをする私のことは、常に「家庭の平穏を乱す不穏分子」として毛嫌いし、ときに大人の見ていないところで、ネチネチと陰湿な人格否定をしてきた。

彼はその後、出世した父の関連会社に入り、どんどん出世した。年を追うごとに彼は、「横柄だけどどこか可愛げのある父」から温かさを除いた劣化コピーのような、純粋なモラハラ野郎になっていった。そんな彼が実はときどきパニック障害のような症状を起こすことは、たぶん私だけが知っている。

「俺はお前が怖い、何をしだすかわからないから」「周囲にお前が妹だと知られたくない」…… そう私に言っていた兄のほうが、もしかすると私よりも病んでいたかもしれない。10年ひきこもったあげく実家を逃げ出し、月一で心療内科に通いながら在宅でライターとかやっている私は、慎一と同じような人種であって、意外と兄よりもヘルシーなのかもしれない。

慎二が救われれば、私が救われる。だから慎二、救われろ

兄は最近結婚したが、兄は私を極端に嫌っていてほぼ連絡がとれない状態だし、奥さんになった人とどのような関係性なのかはまったくわからない。私や母に対してしていたような、また、歴代の女性たちにしてきたであろうモラハラを、奥さんにはしていないのであればいいなと思う。

先日の放送で慎二がついに凪の前で本心を吐露して号泣したように、私が夫との人生を続けていくために勇気をふりしぼってトラウマ治療を受ける決心をしたように、兄にもなにか救われるようなきっかけが訪れてほしいと、私は本気で願っている。

慎二が救われ、回復してくれれば、私は、自分には助けられなかった兄が助かったように感じて癒やされるだろう。だから慎二、救われろ。どうか、大好きな凪とくっついてくれ。そして一生幸せに暮らせ。

みんな救われろ

とりあえずもっとも思い入れの深い慎二について詳しく書いたが、このドラマの登場人物たちには、慎二だけでなく、みんなに救われてほしい。

東大出だけど空気が読めなくて現在無職の坂本さんは、同じような経験をした私にとっては他人のように思えない(もしかすると高機能群の発達障害かなというニオイもする)。もちろん、あきらかに「墓守娘」と思われる凪も、他人のように思えない。

墓守娘とは、母親から依存されたりコントロールされたりする女性のことで、臨床心理士の信田さよ子先生の造語だ。この本↓では墓守娘が人生上で体験することについて詳しく語られている。

「墓守娘」は、母親が「あなたは、お母さんが死んだあとも、我が家で代々続いてきたお墓を継いでいくのよ……」とプレッシャーをかけるケースが多い、というところからのネーミングなのだが、凪の母親も、代々続いたぬか床から始まって、もろに「お墓を継ぎなさい」という話をしている。「原作のコナリミサトさんは墓守娘の本を読んでいるのではないか?」といぶかしんでしまうほどのリアルな描写だ。

墓守娘の体験することとして特にリアルだったのが、「凪の母親は代々続いたぬか床を継いでいかなければというプレッシャーを抱えているが、自分はぬか床が苦手で触れないため、娘の凪にそのプレッシャーを押しつけてやらせようとしている」という描写。

私の母もそうだった。盆暮れ正月の習慣とか、贈答品の受け取りからお返しとか、そういうものを、私の祖母以前の世代の価値観をツルッと無批判に鵜呑みにしたうえで、「やらなきゃいけない」と大騒ぎし、結局自分でできないもんだから周りを巻き込むのだ。

逃げ足の速い者はスルッと逃げるから、結局、コントロールしやすい、優しくて無力な娘、つまり私が犠牲になるのだった。母も子どものころは祖母の墓守娘だったろう。おそらく凪の母も墓守娘だ。墓守娘というのは、どこかの時点で誰かが奮起して打開していかないかぎり、受け継がれていってしまうのだ。

メンヘラ製造機ゴンさんも、あれ絶対愛着の面とか掘っていったらなにか出てきそう…… 

観ていて今の時点で救われるのは、血縁者や地縁者、会社のメンバーという同族集団に苦しめられてきた凪が、「縁もゆかりもない」人たちのコミュニティのなかで、癒やされ、力づけられていくところだ。私自身も、夫との関係性を編み直しながら回復していくときに、いろいろな中距離の人たち…… 支援者や、Twitterで出会った人たち、駆け落ち先で出会った人たちにゆるく支えられながら歩んでいったから。

というわけで私は、ほんとうに『凪のお暇』が大好きだ。『凪のお暇』を、生きづら系ピーポーのみんなに見てほしい、そして、つらキュンしながら、カタルシスや勇気を得てほしい。

ちなみに、私が上記のような過去の傷からぼちぼち回復した過程、その前の三回の離婚危機については、9月下旬発売のこの本↓にくわしーく書いてある。

凪のお暇が刺さった人、私の離婚危機と回復の過程の詳細が気になった人、特に女性、きっとこの本が刺さると思うから、読んでほしいな!! ちゃんちゃん。


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