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インスピレーションのおかげで淀んでいた周りの水がまた流れ出した話。

さて、
事業を立ち上げます!と宣言したものの、そんなにすぐには生活は変わらないわけで。今日も頭の中であれこれ想像と妄想を膨らませながら7人分の洗濯物を干し終わりました。前向きな考え事をしていたら7人分干すことなんてあっという間なんですね。

私は闘病中のベッドの上からずーっと考えてきました。

インスタ、オプチャの人たち以外にも、この世の中には泥の中で光も見えずに孤独にがん治療と闘っている人がいる。その人たちの心に寄り添いたい。誰もが陥った真っ暗闇の中、こっちだよ!って少しでも光を照らしてあげられたらどんなにいいだろう。

じゃあ今私ができることって何だろう?
こんな私に何ができるの?


自問自答してる間に、抗がん剤の副作用が抜けてきて髪も生えて爪も元に戻ってきました。薬で浮腫んだ分の体重も落ちて今年の7月には再建手術も終わりました。見た目には元に戻ってきたけど、癌になって喪失した「自信」だけはまだ全然戻ってこなくて『病は体じゃなくて心を壊すんだな』と実感していました。

病気が発覚してから、いや、発覚する前のストレスフルの生活に陥った時から 私の周りの水は淀んでる。全ッ然流れてない。これさえ流れだせばまた回りだすのに。次はもう絶対いい方向にしか向かないのに…。


そこにはなぜか揺るぎない確信を持てているのに、なかなか戻らない自信。もどかしい日々を送っていました。

そんなる日、アメリカの乳がん患者さんのサイトや啓発運動をしているグループの記事を読んでいて、衝撃的な写真に巡り合いました。

治療を耐え抜いている女性の強さと美しさを兼ね揃えた白黒写真。

鳥肌が立ちました。カッコ良すぎる…

これ、日本で実現できないかな?
いやでも日本では一般的ではないし…批判もあるかもしれないな。
まずこんな私がするなんて現実的じゃないか…。

その時、自信のない私はただもやもや思って眺めるだけでした。


その写真を発見してからすぐ、
小学生時代からの付き合いのある男子に会う機会がありました。いや、正しくは私がその機会を作りました。たくさんいる友達や知り合いの中でも逸脱しているセンスの持ち主。そして私と抜群に馬の合う(珍しい)人間。本当にその時はなんでか分からないけど、こいつしかいないと思って私は10年振りに連絡を取ったのでした。今思えばこれも私のインスピレーションだったのかもしれない。

病気になり性格もひねくれて卑屈になりネガティブになってる私。中身が変わり果ててしまった私を見て彼はこう言い放ちました。

「いやいやいやいや、どうしたん?!いつも前向きでエネルギッシュで 誰も真似できないことをやってのける男勝りで明るいお前でしょ?!すげーカッコよかったパンクでロックな精神どこ行ったん?誰に頼らなくても行けるよ!寂しくなる必要なんて全然ない!頑張ろうと思うな!適当でええねん!お前らしさっていったい何?今のそんなん絶対ちゃうやろ?」

私の中の何かが吹き飛んだ瞬間でした。現実を見たくなくてずっと閉じてた目が覚めたような感覚。

あ…、そうだった。私はこんなことで何年もだらだらウジウジしてる人間じゃない。誰が何と言おうと、自分のやりたいこと、やってみたいことを好奇心とインスピレーションで片っ端からやって人生謳歌してきたんだ。

癌が何?ステージ3が何?10年生存率が低いから何?関係ないわ!
今が何より大切で、私には今しかない!

彼は私に一瞬で、そう確信させてくれました。病気になった自分がやっと自分らしさを取り戻した瞬間でした。

それから私の周りの水はまた流れ出しました。それも、目に見えるようにキラキラしながら。そして思い出した私の教訓。

どんなに綺麗に見える人よりも、
幸せに見える人が素敵

それから、私はいてもたってもいられず、すぐに動き出しました。

自分のインスピレーションのままに、思いを馳せながら屋号になる名前を考え、名刺を作り、アーティストさんとカメラマンにメールを送り、はるちゃんに連絡を取り、思いの丈を伝えました。

まずは、あの写真を撮るために。

撮影は年明けの予定です。その様子もここでお伝えしていければと思っておりますのでどうか温かくお見守りください。

サポートいただいた支援金は、がん患者さんのための事業準備とがん支援の資金に大切に使わせていただきます。ありがとうございます。