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お盆を夏空と過ごす

先祖は誰しも100万人はいるそうで

その100万人のDNAの、超ハイブリッド進化系が私たちだ。

大人になって明日がくるのが待ち遠しいと思うようなことが最近ありますか。

私は夜まったく眠れないことが、ある。
明日への期待が大きすぎる。
期待にせよ心配にせよ、明日へ向かう自分をもて余す。気が高ぶってしまって眠れない。
遠足、旅行、デート、会議、なんだって単純に眠れなくなる。元来とても幼稚なのだ。
それでいて「しれーっ」としてるから、嗤うわ。

娘が自動車の免許をとり、ママ行きたい所があるか、と聞いてくれたので、さっそく奈良大阪の旅にでた。
初心者マークの彼女といると、私の自動車免許を取ったころの事を思い出した。

私は自動車免許をとってすぐ、姉にしばらく車を借りていた。
そのあいだに自動車の側面をベコッと凹ましたり、車そのものを失くしたことがあった。
路上駐車をして夜中に遊び、戻ると車が跡形もなくなっていて、後日、警察署から連絡があった。
車を盗まれたうえに乗り回されて放置されたのである。
さんざんな使い方をした姉の自動車は、水族館のジンベエザメTシャツを姉家族へのお土産にして、ありがとうとそのまま返却した。
その件で、姉に怒られた記憶はない。

奈良大阪の道中、助手席から娘にその思い出したエピソードを話すと『サイテーやな』と笑われた。
ほんまに。
何を考えとるのだ。何にも考えてないのだ。

たいがい何も考えていないアホである。

最近その姉が、実家に顔を出すとLINE連絡があったので、私も行くと即答した。

実家に行って、いやあ私ちょうど謝りたかったんよー、と姉にその思い出した話をすると、姉は全く記憶にないという。
別の人に借りた車じゃないの?という。


25年近く前のことではあるが、間違いなく姉の車だと伝えると、あー、ほなぜんぜん覚えてないからもう忘れていいでー!と笑っていた。

母親はその話はスルーして、私の運転は上手い!と絶賛している。私が18歳で免許をとってすぐに、荷物を積み込んだ2トンハイエースバンに母親を乗せて奈良まで行って帰るという日雇いのバイトに連れて行ったことがあった。
二人一組のバイトだった為に母親を乗せて行っただけだが、母親は車に乗る習慣がないので、高速道路をひた走り、山を越えた町へ行くのが助手席に乗っていて怖かったのだろう。
「こーんな細い道をなー、ぐんぐん走って行くんやあ」と『上手い運転』を身振り手振り姉に説明していた。


そういえば、出不精でどこへも行かない母親は、私が誘うと、伊勢でも比叡山でも車で一緒に旅行に行ってくれた。あの奈良へのドライブの印象も手伝ったのかも知れない。

いま思うと、あり得ないよな、と思う。
あの母にとって、住まい周辺半径二キロから外に出るなんて、サイコロを振って5回連続同じ面が出るほどにレアケースだ。

私はこの生きている先祖たちに、私のDNAのつながりに対して、夏の青空のような眩しさを感じる。
有り難いような、いつもあるような、暑いような、大きくて広くて、果てのない壮大な抜ける青を思う。

末っ子で、幼稚で智恵のない私を、青い空が先祖たちが大きく包んでくれているんだと思う。
いまも昔も。

あたりまえなんだけど、なんだか信じられない思いがする。

どうもこうも、感謝しかない。

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