肉を打ち、心を打つ

「最後は同門同士で殴り合いか」
 弾切れの拳銃を捨てる。血で濡れたアスファルトの上を拳銃が滑り、男の死体に当たって止まった。男の手の甲には、見慣れた紅天会の刺青がある。月光だけが頼りの暗い夜の路地に残された生者は、もはや私とミナの二人だけだ。
 ミナもまた銃を捨て、拳を鋼のごとく、固く握った。脇を締め、拳を顎の横へ。足を肩幅に開いて、腰を落とし、つま先をやや内側へ傾ける。私と同じ構えだ。
「人の宿命とは皮肉なもんだね。ミナ」
 ミナは応えない。射抜くような眼光で見つめてくるだけ。当然だ、彼女は喉を焼かれているのだから。十年前のあの日に。
「いくよ」
 踏み込み、一気に距離を詰める。勢いのまま、前蹴りを放つ。ミナは右手で払いのけた。軌道をずらされた右足を素早く引き戻し、掴まれるのを防ぐ。
 ミナが顎狙いの右ジャブ。頭を振って躱す。左のレバーブロー。右ひじで防ぐ。衝撃が骨に響き、じんじんと痛む。彼女の拳は重い。道を外れた私を、過去の裏切りを、言葉の代わりに責め立ててくる。
 顔面狙いの右回し蹴り。ミナがスウェーして躱す。右足の勢いを活かして回転、後ろ蹴り。手応えありだ。ミナの腹部に、私のブーツの踵が突き刺さっている。だが、ミナはまったく怯まなかった。蹴りを食らいつつも、彼女は瞬間的に半身を切り、ローキックを放った。
「っ!」
 足の甲が私の腿の内側を打つ。大腿動脈に衝撃。激痛、息が詰まる。ひざの力が抜けて崩れ落ちそうになるが、耐える。
 ミナが跳んだ。全体重を乗せた強烈な飛び膝蹴り。両手を組んで受ける。だが受け切れず、後ろに倒れ込む。早く立ち上がらなければ。そう思うものの、できない。めまいがして、身体が言うことを聞かない。後頭部を打ったようだ。
 仰向けのまま、立ち上がろうと四苦八苦していると、頬にしずくが落ちてきたのを感じた。雨だろうか。そういえば、あのときも雨の夜だった。
 私の朦朧とした意識は、過去へと遡っていった。

【続く】

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