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【論考】ホームレス問題って何だ? 〜いま僕たちが考えなければならない理由(1)

これから3回に渡り、「ホームレス問題」とは一体何なのかということについて考えていきたいと思います。いささか手に余るテーマですが、主に都市や社会のあり方、社会問題の解決とはどういうことなのかということについて、「ホームレス問題」を通して考えてみたいと思っています。

僕は「ホームレス問題って実は誰もが考える必要があるんじゃないかな」と思っているのですが、それは「あなただってホームレスになる可能性がありますよ」という理由だけではありません。いわゆる「自己責任論」についても、都市という観点から検証してみたいと思います。

多くの人に現在私達が住む都市のあり方を考える際に、ひとつの重要な補助線として「ホームレス問題」という切り口で都市を眺めてみてほしいと思っています。なるべく平易に書いてみようと思いますので、議論を生むきっかけになれば幸いです。

◆「ホームレス」とは何だろうか


そもそも「ホームレス」とは何を指すのでしょうか?

日本では「都市公園、河川、道路、駅舎その他の施設を故なく起居の場所とし、日常生活を営んでいる者」(ホームレスの自立の支援等に関する特別措置法)と定義されています。

簡単に言えば「路上生活者」とか「野宿者」と呼ばれる「人」のことを指します。

しかし「homeless」という語は本来、「住まいがない状態」を指す形容詞であり、「人」を指す言葉ではありません。日本語で「ホームレス」といえば、「路上で生活するおじさん」を想起される方が多いのではないでしょうか。しかし、現実には「ホームレス」という人間がいるわけではなく、様々な理由から「住まいを失った状態」にある人々が存在しているわけです。

こうした言葉の定義やニュアンスは、些末なようでも本質的です。日本では「ホームレス問題」といえば、「一部の困った人たち」「働きもせず路上で暮らしてるおじさん」の問題と捉えられがちで、それは事態を矮小化させるばかりか誤ったイメージを植え付けることになります。

多くの国では、「全く家がない」つまり「路上生活」だけでなく、「不安定な居住状態」のことも「ホームレス状態」と捉えています。細かな定義は国や都市によってまちまちですが、日本における「ホームレス=路上生活」という定義は世界で最も狭い部類になります[i]。

日本でいうところのネットカフェ難民(行政用語では住居喪失不安定就労者[ii]といいます。なんじゃそりゃ)だとか、派遣先の企業の寮に住んでいる人、友達の家や宿泊所を転々としている人も、国際的な基準でいえば「ホームレス」です。この記事では、特に断りが無い限りは「ホームレス」という言葉をこの不安定居住状態を含む広義のホームレスの意味で使うことにします。

まずは、みなさんに、「ホームレス」というのは路上生活だけでなく、「自分の確固たる住まいを持てない状態」のことを指すのだという認識を持っていただきたいと思います。なぜなら、路上生活もネットカフェもそれ以外の不安定な居住状態も連続しているからです。今日「ネットカフェ難民」だった人が明日「路上生活者」になることもよくあることなので、それらを別のものとして見なすのは合理的ではありません。

そしてこの記事では、フラットに「ホームレス問題とは誰にとってのどのような問題で、何をもって解決するのか」ということについて、再考してみたいと思います。

◆社会問題とは何だろうか


少し遠回りになりますが、そもそも「社会問題」って何なんでしょうか。

「社会」の「問題」というからには、社会のどこかで誰かがその現象を問題だと捉えている=そのことで困っており、改善ないし解決が望まれる状態にあるわけです。ただ、ひとくちに「○○問題」といっても、その因果関係や問題の所在と解決方法は、見た目の印象と異なる場合があります。

決定論的に言えば、モノゴトにはその原因となるモノゴトがあるわけですが、そのモノゴトは様々な状態や要因が連鎖的に、複雑に生じているものです。どこが原因で、どう対処すべきということは慎重に構造化して考える必要があります。

例えば、「高齢化問題」ということについて考えてみるとわかりやすいかもしれません。これは、社会全体の高齢化が進むということ自体が悪いというわけではありません。医療の進歩によって寿命が伸びたと考えれば、それは良いことでもあります。

では、高齢化によってどのような問題が生じるのでしょうか。一例を示せば、若年者(稼働人口)に比して高齢者が増えることによって、介護需要が増大し必要なサービスが行き渡らなくなるとか、あるいは税収が減るとか、そういったことが問題になると考えられます。

これを高齢者の視点に立って考えると、介護サービスを受けられなくなると困るのでもっと介護サービスの供給量を増やすよう働きかけるとか、なるべく介護サービスを使わなくて良いように健康増進に務める、などの対応策が考えられます。

一方、社会の側に立って考えると、もちろん介護サービスを増強することも必要ですが、それを支える税収を増やす必要があるでしょう。その結果、働ける高齢者にはなるべく働いてもらって税金を収めてもらう、という議論になったりします。ただ実際には、高齢化だけを考えるのは視野狭窄です。

日本の人口減少が進む中で、高齢化と同時に少子化が進むという人口構造の変化が問題を生じさせていると考えられます。この構造を是正するために「人口を増やしたい」という目標を立てたら、より子供を生み育てやすくすることが解決方法になるかもしれません。もっとてっとりばやく「税収を増やしたい」ということを目標に立てたら、例えば移民を受け入れて稼働人口を増やす、という解決法もあるかもしれません。

以上の議論は単純化しすぎており、また専門家から見れば稚拙で間違いもあるかと思います。その点はご指摘いただけると嬉しいのですが、ここで理解していただきたかったのは、ひとくちに「○○問題」といっても誰の視点に立って考えるかということと、その因果関係においてどこに注目し、何を目標(理想)として捉えるかによって解決方法は異なるということです。

まずもってこうした問題構造の把握が必要であるという認識の上で、社会問題に関しては更に現実的かどうか、他の問題を引き起こさないかどうかなども勘案する必要があるわけです。

◆「誰」をどう見つけるか?


しかも、「誰にとって問題か」という「誰」をどのように同定し対象化するかということもよく考えなければいけない観点です。上記で言えば、まず「誰」の対象として「高齢者」があげられると思います。つまり「誰」の対象として「この問題の当事者」を選んでも異論はないですよね。WHOの定義では高齢者とは65歳以上の人のことですが、本当は65歳でも元気な人もいれば介護サービスを必要としている人もいて、全部まとめて話すのは乱暴かもしれません。ただ、年齢は誰もが平等に1年に1歳とりますし、年齢で区切るのはまぁわかりやすいので許容範囲という人が多いでしょう。でも、他にも将来高齢者になる人だって、この問題に関係する人です。先にあげた税収の話なら、もっと若い人にも関わる問題です。どこまでをこの問題の当事者として扱うことができるでしょうか?

それから別の社会問題で考えれば、「障がい者」といってもいろいろな人がいますし、「外国人」も「子供」も、どういった基準で誰のことまで考えればよいのかは判断が難しいです。

基本的に社会問題はこうした「誰」に着目するかを細分化して、すなわち対象とか分野ごとに問題が立てられて、それぞれ解決策が図られるようになっています。よく行政機関のことを縦割りだと言いますが、私達の住む社会の仕組みはそういった分野とか対応する機能ごとに問題解決することになっています。でも、考えてみると「何らかの基準を設けてそれに該当する人を対象に、その人達が困っていることへ対応する」という枠組みではどうしても溢れてしまう人も出てきてしまいますね。例えば何らかの身体障害があったとしても、「身体障害者手帳」を持っていなければ受けられないサービスが多数あります。でも手帳を持っていなくても、手帳を持っている人と同じような困りごとが生じている場合もあるでしょう。つまり、法律等によるそもそもの定義や条件に合致していない人々を見逃してしまう可能性が常にあるわけです。

どのような困りごとなのか?という、いま現在の「状態」に対して対応した方がいいのではないか?という意見もあります。これはいわば「対処療法」的なことですが、既存の社会構造では対応しにくい。

繰り返しになりますが現在の社会のシステムは、分野や機能、すなわち問題を生じさせる要因に対してアプローチしようという仕組みになっています。ですが、要因とその結果生じる問題(状態)というのは複雑に連鎖しているため、何が要因なのかよくわからないこともあります。

まずは直面している問題(状態)に対してアプローチをするという、「対処療法」的な対応も実は大事なのです。ウィルスに感染したときに、本当はそのウイルスを殺す薬があればいいのですが、無い場合はまず体力を温存するために熱を下げたり、免疫力を高めるような対処療法を講じることがありますよね。現実の社会問題では、何が本当に効く薬かすぐにはわからない場合が多いです。「熱が出ている」という状態はわかっても、それが何の病気によるものなのかはすぐにはわかりません。ですから、熱を下げる対処療法も、一体何の病気なのか検査することも、根本治療薬を開発することのどれも重要です。そして、根本治療薬つまり社会問題の要因に対するアプローチは、基本的に分野や機能によって分割して対応しています。多くの場合はそのほうが効率よく対応できるのですが、本当に条件の境界上にいる人や、あるいは複合的なニーズを持っておりかなり深刻に困っている人にうまく対応できない場合があるということです。

以上、「誰」に着目するのかということと、当然考えられるべき「当事者」についても誰を「当事者」と同定するかを常に慎重に考える必要があることを記しておきたいと思います。

「誰」の視点で見るかということは、社会や時代の情勢によっても大きく変わってきます。例えばLGBTの運動は、今になって突然現れたわけではないのです。もともと性自認・性指向が多数と異なる人は存在していたわけですが、そのことが社会的に知られていなかったために、「誰」として考慮されることがなかったのです。

また、ある時代では階級闘争というものがありました。労働者階級が資本家階級に対して対抗するという図式です。現在ももちろんあります[iii]。しかし、雇用形態や産業構造の変化により、かつてのような団結のあり方とは異なるものになってきているといえるでしょう。この記事で考えようとしている「ホームレス」問題も、かつては労働者の問題としての性質が強かったのですが、現在ではもっぱら福祉領域の問題として捉えられがちです。でももちろんそれだけではないと思っており、このことは後述することにします。

それから、先の高齢者問題の例では、「社会の側に立ってみると…」と記しましたが、社会って一体誰なんでしょうか。国家?市民?企業?都道府県?それとも自治会みたいな地縁コミュニティ?…よく考えると「社会」って、とても曖昧な範囲ですよね。

これはどのような「問題」を扱うかによって適切な範囲は違ってきます。問題によっては、東京にとって良い解決策でも、地方にとってそれは困るとか、他の国にとっては困る、ということもありますから。だから「社会問題」を考える際には、「誰」にとって問題かを考えなければいけないのと同時に、それに対する解決方法が「どの範囲で」考えられたものなのか、ということを考慮する必要があります。

「ホームレス問題」については、大雑把に結論を言えば、ホームレス状態という現象は主に東京や大阪、名古屋などの大都市圏で顕在化する問題なので、「都市」ないし「都市圏」ぐらいの範囲で考えるのが妥当でしょう[iv]。ですが当然ホームレスの人を東京から追い出せば問題は解決する、というわけではありませんし、地方から東京に出稼ぎに来た人が最終的にホームレス状態に至るケースも多く、その点では都市と地方の関係性の問題とも言えます[v]。

いずれにせよ複数のスケールで考える必要がありますが、基本的な単位というか軸としては各「都市」または「都市圏」の問題として捉えるのが考えやすいと思います。考えるべきまとまりのある対象範囲として「都市」とか「都市圏」、具体的には東京都その周辺の圏域、というようなイメージを持っていただければと思います。

都市圏というと、自治会よりは大きく、国よりは小さい。自分たちの生活にも直結しているが、ある程度の広さ・時間的長さを考えなければならないスケールです。これはこれから先の時代「ホームレス問題」に関わらず重要になってくるのですが、それは最後の方で書きたいと思っています。

さて、以上で述べた、社会問題を考える上で注意しておきたいことを念頭に置き、ようやくですが「ホームレス」問題について考えてみましょう。

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(注釈)

[i] 主要国のホームレスの定義やどのようにその人数の調査が行われているかということについては、筆者らが書いた以下の論文をご参照ください。「市民参加型ホームレス実態調査「ストリートカウント」の国際的動向に関する研究 -ニューヨーク、シドニー、ロンドン、東京の事例を対象として-」河西奈緒, 町田大, 北畠拓也, 土肥真人  都市計画論文集 2018年 53 巻 3 号 697-702

[ii] 住居喪失不安定就労者は「インターネットカフェ・漫画喫茶等の昼夜滞在可能な店舗で寝

泊りしながら不安定就労に従事する」者であり、2018年に東京都が行った調査では都内に約4000人いると推計された。「住居喪失不安定就労者等の実態に関する調査報告書」平成30年1月 東京都福祉保健局生活福祉部生活支援課https://www.metro.tokyo.lg.jp/tosei/hodohappyo/press/2018/01/26/documents/14_02.pdf

[iii] 現在も労働運動など、もちろん存在する。だが、形を変えた階級闘争もある。例えば、スミス(2014)では、一般にミドルクラスの都市への「回帰」と捉えられるジェントリフィケーション(都市高級化)が階級闘争にほかならないとしている。

「ジェントリフィケーションと報復都市 新たなる都市のフロンティア」ニール・スミス(2014) 原口剛 訳 ミネルヴァ書房

[iv] ただしこれは「都会」という意味ではないので注意されたし。労働に関係する要因でホームレス状態になった人に関して言えば、周囲と比べて相対的に都市部で顕著になる傾向はあるだろうが、郊外にもホームレス状態の人はもちろんいる。また、未成年やDVによって住まいを失った人に関しては、むしろ都心よりも郊外の方が支援にアクセスしにくく、可視化され辛いという問題もあるだろう。

[v] 日本のホームレス問題の当初の姿は、地方から都市部に出稼ぎに来た期間工とよばれる労働者など、地方から仕事を求めて大都市に集まった人々が「あぶれ」たことによるものと描かれることが多い。その要因としては、産業構造の変化や建設土木業界での機械化などがあげられるが、こうしたホームレス状態を生み出す社会的要因に関する研究は主に社会学分野で非常に豊富な蓄積がある。ここでいくつか紹介しておく。

「ホームレス・スタディーズ―排除と包摂のリアリティ」青木秀男ほか(2013)ミネルヴァ書房

「ホームレス/現代社会/福祉国家」岩田正美(2000) 明石書店

「貧困と社会的排除 福祉社会を蝕むもの」岩田正美、西澤晃彦ほか(2005)ミネルヴァ書房

また、最近の文献では、貧困の「かたち」の変遷に着目したものとして

「貧困の戦後史」岩田正美(2017)筑摩書房 をあげておく。参照されたい。


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