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Born In the 50's 第十七話 警備本部

    警備本部

 石津と濱本は会場となっているホテルにいた。国家安全保障局の車がそれぞれの自宅に迎えに来たのは、まだ陽が出てまもなくの時刻。ホテルについたのは七時過ぎだった。
 今日は歓迎パーティーが一階の会場で催され、明日から同じく一階に用意された会議室で首脳会議が行われる予定になっている。
 ふたりは二階に設けられた警備本部の廊下に置かれた椅子に所在なげに座っていた。
 石津はじっと向かい側の壁を睨むようにして腕を組んでいた。
 濱本はいつものようにMacBook Proを抱えると、下を向いたままなにかを考えている。
 やがてドアが開き、田尻が顔を出した。
「どうぞ」
 ただそれだけいうと、ふたりを本部に招き入れた。
 広めの部屋に横長の会議用テーブルがずらりと並んでいて、部屋の端の方には大きなスクリーンとこちら側を向いた会議用テーブルがあった。
 ふたりの姿を見ると、そのテーブルに座っていた男が立ち上がった。
 それを見て、向かい側に座っていた男たちも一応に立ち上がった。
 最初に立ち上がった男は警視庁の制服を、それ以外の男たちは機動隊の装備を纏っていた。ひとりだけスーツ姿の男がいる。
「今回、オブザーバーとして来ていただいた石津氏と濱本氏です」
 男たちと向かい合うような形で田尻がふたりを紹介した。
「警視庁警備第一課課長の柿本です」
 スクリーンを背後にして座っていた男が挨拶をした。
「SAT指揮班の和泉です」
「同じくSAT指揮班の長野です」
 柿本と向かい合うようにして座っていた男たちが挨拶をした。
「わたしは第一機動隊の山瀬です」
「第五機動隊の大橋です」
 さらにそのとなりの男たちが挨拶した。
「わたしが警視庁警護課警護第一係の宮下です」
 最後にスーツ姿の男が挨拶をした。
「今回、国家安全保障局から報告があり、昨日まで情報を分析、いろいろと対策を練ってきた」
 柿本はそういうと、石津と濱本のふたりに座るように促し、自らもそのまま席についた。
「石澤総理を暗殺する計画がある、ということだな」
 デスクの上で柿本は手を組むと確かめるように訊いた。
「そうです」
 石津はただ頷いた。
「正直、驚きを隠せないんだが、今回、クーデターを含めた計画の全容がどうなのかということについては、また別の問題として考えた方がいいだろう。まず石澤総理の身をどうやって守るのかということと、いったいだれが犯行に及ぶのかということに注視したい」
 柿本はそこまでいうと、言葉を切った。
「単独犯ということは考えられず、組織として、何らかの準備をしていると思われます」
 田尻が全員の顔を見ながらいった。
「いったいどんな輩が犯行に及ぶというんだ?」
 SAT指揮班の和泉が尋ねた。
「いままでの経緯を考えると、われわれと同じ職に就いているものたちだと考えられます」
 田尻は残念そうにいった。
「沢口のことがあるからだな」
 第五機動隊の大橋がいった。
「大橋さんは沢口とは面識が?」
 第一機動隊の山瀬が聞いた。
「ええ、署に配属されたときに、一時わたしが上司として指揮したことがあります。あの沢口がなぜ……」
 大橋が疑問を口にした。
「いま、それを考えても答えは本人にしかわからんだろう。ともかく隊員たちが動揺したり、混乱しないように的確な指示を出してほしい」
 柿本はその場にいる部下たちにいった。
「我々は警護が主な職務なので、なにか情報があれば助かるんだが」
 SPの宮下が訊いた。
「たぶん──」
 石津が口を開くと、その場にいた全員が改めて石津に注目した。
「ここまでの計画の実行具合を考慮に入れると、暗殺の実行部隊は偽装した警察隊だけとは限らないのではないかと思えるんです」
「どういうことですか?」
 田尻が訊いた。
「もし、総理暗殺を確実に実行するとなると、他の方法も準備している可能性も考えた方がいい」
 石津は自ら確かめるように説明した。
「具体的には?」
 柿本が訊き返した。
「暗殺実行グループを複数用意したり、あるいは他の方法で総理個人だけを狙うのではなく、会場全体を巻き込むといった別の方法も用意しているのではないかと」
「それは爆発物ということですか?」
 第一機動隊の山瀬が聞いた。
「さまざまな方法を用意しているのではないかと思えるんです。だからあらゆる可能性を頭に入れて、警護すべきではないかと」
 石津はその場にいる全員の顔を見ながらいった。
「やはり厳重警戒するのはホテルということになりますか?」
 SPの宮下が質問をした。
「石澤総理を狙うということになると、移動中ではなくホテルの中と考えた方がいいだろう。移動ルートの情報を得たり、公道上で実力行使となるとそれなりの戦力が必要になるし、またその手段によっては交戦状態、ちょとした市街戦へと発展することもありうる。だとすると公道で狙うようなことはあるまい」
 柿本が答えた。
「もちろん移動経路にはすべて機動隊を配備、不測の事態に備えている。我々がちゃんと守るから大丈夫だ」
 第一機動隊の山瀬が頷きながら、いった。
「入り口周辺は?」
 石津が口を開いた。
「すぐ近くにはアメリカ大使館もあって、外の警備は通常でも厳重になっている。ホテルの入り口付近でなにかことを起こすということは考えられませんね」
 第五機動隊の大橋が答えた。
「それにしても、なぜ石澤総理を?」
 SAT指揮班の長野がぼそりといった。
「警察と自衛隊の指揮権を奪うためです。石澤総理が亡くなれば、臨時代理がその座に着くことになります。われわれはあくまでも総理大臣の指揮の下、行動することになる。その命令が妥当であるかどうかの判断を下す立場にはなく、ただそれを実行するだけの存在です。だから、どんな内容だろうと、だれが下そうと、臨時であれ総理大臣の命であればそれに従わざるを得ない……」
 田尻が噛んで含んだように答えた。
「じゃ、首謀者は副総理……」
 それまで黙って話を聞いていた濱本が突然、口を開いた。
 その言葉を聞いて全員は一瞬息を呑んだ。
「いや、代理はあらかじめ五名まで指定されている」
 石津が口を開いた。
「副総理に官房長官、佐藤財務大臣と大泉自治大臣、それに内山防衛大臣か……」
 柿本がゆっくりとその名をいった。
「でも、その五名に辞退させれば、その他の国務大臣にも可能性はあります」
 田尻が続けていった。
「やはりそのあたりのことについては、別の議論ということになりそうだ。まずは、石澤総理の身を守ること。そしてこの国際会議を無事に成功させることに全力を注ごう」
 柿本はそういって大きく頷いた。

 ブリーフィングが終わると、石津と濱本は田尻に促されてとなりの部屋へと移動した。
 小さめの会議室といった趣の部屋だったが、壁にはモニタが設置され、配置されたカメラの画像が映し出されていた。
 デスクにはパソコンや通信機器が並んでいる。
 情報はすべてこの部屋へ集まることになっているようだった。部屋にいるスタッフの半分ほどは機動隊の装備を纏い、あとの半分はそれに比べると軽装だったが、しかし防護ベストをきちんと身に纏っていた。
 部屋の入り口で待たされたふたりだったが、やがて田尻が戻ってきた。
「これを身につけてください」
 そういってふたりに防護ベストを手渡した。その背中には「NSA」の白い文字がペイントされていた。
「前面にステンレスプレートが入っています。たぶん三〇口径ぐらいの弾でしたら防ぐことはできるはずです。動きにくいかもしれませんが、身の安全のためにお願いします」
 石津は手渡されたベストを受け取ると、その場で慣れた手つきで身に纏った。
「あと無線もお願いします。イヤーピースとそれからベストの内側にマイクをつけます。なにかあればすぐに連絡してください」
 田尻はそういうと近くにいた女性の隊員、安岡にマイクのセットを促した。
「わかった」
 石津は緊張した面持ちで頷いた。
 濱本は着慣れないベストをなんとか身につけようと格闘していた。マイクをセットするために近づいてきた安岡がベストを纏うのを手伝った。
「なぁ、こういうのは慣れっこなのか?」
 濱本はマイクをセットし終わった石津にそっと尋ねた。
「慣れっこというわけじゃない。けど、普段着で戦場を歩くわけにはいかないだろう。それなりの装備はいつもしていたからな」
 石津は頷きながら、戦場に身を置いていた頃のことを思い出していた。
 その手に銃を持つことはなかったが、装備は他の兵士たちと同じようにしていた。このまま目を瞑ると、砂埃とそれから硝煙の匂いがいまでも漂ってくるようだった。
「インドネシアとマレーシア、それからフィリピンとタイの首脳たちはすでに羽田に着き、いまこちらに向かっているところです」
 田尻は壁に並んだモニタを見ながら、石津と濱本に説明した。
 ホテル内に設置されているカメラとは別に、市街地も確認できるようになっている。どこに設置されているカメラの映像なのか、そのモニタには確かに警護用のパトカーに先導された車が映っていた。
「この映像は?」
 石津が尋ねた。
「テレビ局の協力も得て特別に配置したカメラと、それから交通監視用のものや、ビルなどに設置されている警備用のカメラの画像を集めて映しています」
 デスクに向かってパソコンを操作している女性職員が答えた。
 知らない間に日本もこうした監視態勢が整っている。石津はハリウッドの映画の世界だけの話じゃなくなっていることに若干の違和感を覚えた。しかし警護という立場で考えると、離れた場所を映像で確認できることの大切さもよくわかる。
「石澤総理は午後早めの時間にホテル入りして、各国首脳とそれぞれ会談を行うことになっています」
 田尻はモニタを見ている石津と濱本の顔を見ていった。
「ということはホテル内を見て廻るなら午前中ということか」
 石津はモニタを見ながら誰にともなくいった。
「ホテル内の警備は、それこそ蟻の這い出る隙間もないほど調べてはあります」
 田尻は石津の顔を見ながらいった。
「それでも──」
 石津は田尻に視線を移していった。
「なにがあるのかわからない」
「確かに、そのとおりです。警戒しすぎるほど警戒してもいい」
 田尻は頷いた。
「どこか座る場所はないかな。俺はもう一度、データを調べ直したい」
 濱本は抱えていたMacBook Proに手をやりながら田尻に訊いた。
「このとなりに控え室があります。そこでいいですか?」
「ネットが繋がっているならどこでもいいよ」
 濱本は田尻に答えた。
「すぐに手配させます」
 田尻はそういうと、安岡に指示を出した。
 濱本は安岡と一緒に部屋を出ていった。
「石津さんはどうされますか?」
 田尻は改めて石津に向き直ると尋ねた。
「ちょっと、ホテルの中を歩きたいんだが」
「わかりました。なにかあれば無線で連絡をお願いします。怪しい箇所や不審な人物がいた場合にはくれぐれも気をつけて」
 田尻の言葉に石津は大きく頷くと部屋を出た。
──なにかが起こるかもしれない場所。
 石津は、危険は承知の上でそれを自分の眼で確かめたかった。ジャーナリストとしての本能のようなものがとらせた行動といってもいいかもしれない。
 廊下に出ると、まずあたりの様子を伺った。メインの会場は一階なので、この二階に要人たちが足を踏み入れることはない。だからか、あちこちに機動隊員たちがいて騒然としていた。
 石津は防護ベストに手をやり確認すると、そのまま階段に向かって歩きはじめた。
 機動隊員とすれ違うたびにていねいに敬礼される。その都度、大きく頷いてその場を通っていく。
 階段を降りて一階に着くと、パーティー会場の方へと歩き出した。
 このフロアはやがて要人たちとそれを警護するものたちでごった返すのだろう。いまは、ところどころに立っている機動隊員がいるだけだ。ふたりひと組になってあたりを警戒している。
 やはりすれ違うたびに敬礼をされる。なんとなく面はゆいものを感じながら、石津は頷くことで返礼して、あたりを見ながら廊下を歩いていった。
 向こうからホテルの従業員がやってきた。石津の姿を見ると、廊下の端によって道をあける。
 石津はなにも考えずに通り過ぎたが、その背中に鋭いなにかを感じてすぐに振り向いた。
 従業員はすでになにごともなかったかのように歩き出していた。機動隊員とすれ違うときにはていねいに頭を下げながら歩いている。
──いったいなにを感じたのか?
 石津は腑に落ちないなにかを抱えたまま、また廊下を歩き出した。

「Born In the 50's」ですが、各章単位で公開していて、全体を通して読みにくいかなと思い、index を兼ねた総合ページを作ってみました。
 いままで通り毎週、章単位で新規に公開していきますが、合わせてこの総合ページも随時更新していこうと思います。
 頭から通して読み直したい、そんなことができるようになったはずです。ぜひもう一度、頭から読み直してください。
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