ロング_NOTE

ロングボーダーの憂鬱 4 How Can You Mend a Broken Heart 3/3

「えっ、考えたことなかった」
「だって海って真面目だもの」
 満里奈はそういうとくすりと笑った。
 満里奈の左頬のえくぼを海は思わず見つめた。
「そうかな?」
 首を傾げる海を満里奈は優しい眼で見つめた。
「うん、海って真面目だよ。だから、ゴメン。ほんとうにゴメン。こんなことここでいっていいのかどうか判らないけど、でもゴメンね」
 そういいながら満里奈は立ち止まると深々と頭を下げた。
 海は戸惑いながらそんな満里奈をじっと見つめた。
「どうして?」
「え?」
 満里奈はただ首を傾げた。
「なにがゴメンなの?」
 海の鼓動は一向に収まりそうになかった。相変わらず汗も流れている。
「なんの説明もなくあんなメッセ送っちゃった……」
 そういうと満里奈は下を向いて、また歩き出した。
「わたしどうかしてたんだ……」
 満里奈は呟くようにいった。
 国道134号線が見えてきた。国道の下のほんの僅かなトンネル。その向こうには海が広がっている。オンショアの風が潮の香りを乗せて吹いてきた。
 ──海だ。
 海はなにをどういっていいのかわからずただ歩いていた。
 満里奈はふいに顔を上げると前を見て口を開いた。
「ねぇ、あそこを潜ったら海なの?」
「そうだよ、あの先に海が広がってる」
 海はただ頷いた。
「まるで夏の扉だね、あのトンネル」
 満里奈が嬉しそうにいった。
 ──夏の扉って……。
 海は満里奈の顔をじっと見つめた。思い切り抱きしめたくなってしまった。ただ、満里奈をしっかりとこの手で抱きしめる。
 心臓が飛び出しそうだというのはこういうことなのかもしれない。海はそんなことを思ってなんとか踏みとどまった。
 そして、歩いた。
 ふたりで国道の下を潜った。
 目の前には海が広がっていた。蒼い空と碧い海。そして輝く太陽。ここは夏の国だ。改めて海はそう感じた。
 ──夏の扉か。
 満里奈の顔を改めて海は見た。この夏の国で見る満里奈はいつもの満里奈とはまた違って、ただ輝いていた。
「滅茶、凹んだ」
 砂浜を西浜に向かって歩きながら海は口を開いた。
「うん、ゴメン」
 そういうと満里奈も海の顔を見た。
「でも、わたしだって凹んでた。なんでか知らないけど、きっと海に負けないぐらい滅茶凹んでた」
 満里奈は海の顔を軽く睨むようにして見つめた。
「テストなんてボロボロだった……」
 海は言い訳するようにいった。
「いいよ、何度でも謝る。あのことに関しては全面的にわたしが悪い。だから、もうただゴメン。ひたすらゴメン」
 そういうと満里奈はまた頭を下げた。
「満里奈、もういいよ。だから……」
 海はいい淀んでしまった。
「だから……、なに?」
 満里奈は海の眼を見つめると首を傾げた。
「座ろうか」
 海はその視線にドキマギして思わずそういってしまった。
「うん」
 満里奈はただ頷くと、背負っていたミニリュックからちいさめのシートを出して、広げると砂浜に敷いた。
「座ろ」
 満里奈が笑顔でいうとそのまま軽く膝をまげるようにして座った。海もその隣に腰を下ろした。ちいさなシートだったのでどうしても身体を寄せ合うような近さになってしまった。満里奈はさほど気にする素振りはなかったけど、海はただ鼓動が速くなることだけを感じていた。まるで早鐘を打っているようだった。
 満里奈は傍らに置いたミニリュックからペットボトルを取りだした。
「ウーロン茶、飲む?」
 そういって海に差しだした。
「あ、大丈夫」
 海は首を横に振った。
「気にしなくていいから、飲んでね」
 そういうとそのペットボトルに口をつけてひと口飲んだ。海の顔をじっと見ながら、満里奈はそのペットボトルをふたりの間に置いた。
 海はただ黙ってそのペットボトルを見つめた。
「わたしね、どうかしていたの。なんだってそんなことを考えたのか、自分でも信じられない気分。でも、混乱していたっていうか、なにがどうなっているんだかよく判らなくなっちゃって……」
 満里奈は膝の上に顔を乗せるようにして海を見ながら話しはじめた。
「だいたいモナがあれこれ五月蠅いのよ。人のことなんか放っておいてくれればいいのに、いつもいつも勝手に電話してきたり、メッセ送ってきたり。しかも、自慢話ばっかり」
 そういうと砂を右手で掴んでそっと手の中から零しはじめた。
「颯汰が、颯汰がって、なによ、自分のことじゃなくない? なのにやたらに騒いで。颯汰がダンクシュート決めたの、ってはしゃいじゃったりして。ねぇ、それってなにか凄いことなの? わたしよく知らなくて」
 そういうと満里奈は海の顔をじっと見た。
「颯汰って、渡邊のこと? 教室にいるときはただ大人しいけど、体育館に入った途端やたらに元気になるやつ。バスケやってて、それなりに背が高ければふつうじゃない、ダンクなんて」
 海はそういって満里奈の顔を見た。
「だから八つ当たりしちゃったのかな。頭が混乱してて、なにがどうか自分でもよくわかんなくなって、それで海にただ八つ当たりしちゃったのかも。きっとそうだ」
 それだけいうと満里奈はまた砂を掬いはじめた。
「八つ当たりにしちゃずいぶん長かったような気がする」
 海は満里奈の顔を見ることができず、海を見ながらいった。
「だって、あのメッセージ、六月だぜ」
「うん……」
 満里奈はただ下を向いたままだった。
「きっとわたしが自分の気持ちをきちんと整理して、そして反省するのにこれだけ時間が必要だったのかもしれない。もう人の話に振り回されないようになるまで。わたしの気持ちはわたしだけのものだし、わたしがきちんとそれを解っていればいいんだって。納得できるようになるまで、時間が必要だったのかな……」
「解るような気はする」
 海はそういって満里奈の顔を見た。
「そう? 解ってくれる?」
「たぶん。理解したい、キミのこと」
 海は大きく頷いた。
 そんな海を満里奈は見つめ直して口を開いた。
「なんだか凜々しくなってる、海」
 そういって満里奈は嬉しそうに笑った。
「日焼けしただけだよ」
 海は照れ臭そうに答えた。
「ううん、そうじゃないよ、きっと海もなにかが変わったんだね、この期間に」
「そうかな?」
 海はそういって頭を捻った。
「だから、この期間はふたりの充電期間だったのよ。わたしたちに必要な時間だった。お互いに前に進むために」
 満里奈は自分に頷きながらそういった。
「ねぇ、今日はサーフィンはいいの?」
 満里奈が海の顔を見るといった。
「今日は波がないからね。逗子の海はふだんは静かなんだ、今日みたいに」
 海は海を見ながら答えた。
「そうなんだ。ねぇ、波がある日って前もって判るの?」
 満里奈は不思議そうに訊いた。
「一応、天気図なんか調べて確認はしてるよ。太平洋に低気圧があると、その影響でうねりが届くんだ。低気圧は反時計回りに風が吹いていて、その風が起こしたうねりが海岸に届くと波になる」
「天気図なんか見るんだ」
 満里奈が意外そうにいった。
「必ず波が来るって断言できるわけじゃないけど、だいたいの予想はできるかな。あとは風の強さだね。等高線の間隔なんかでも判断できるし」
「なんか難しそう」
 そういいながら満里奈は首を竦めた。
「颱風が一番判りやすいかも。太平洋のちょっと離れた場所に颱風が来ると、いい感じの波ができることが多い。だから颱風がやってくる頃、海岸はサーファーで大賑わいになっちゃう」
 そういいながら海は満里奈の顔を見た。
「やっぱり海は変わったよ。凜々しくなったのもそうだし、人としてちょっと大きくなっているような気がする」
 満里奈は海の顔を眩しそうに見た。 
「そういえばinsta見たんだって?」
 海は満里奈の顔を見て首を傾げた。
 満里奈は傍らに置いたミニリュックからスマホを取り出すと、画面の操作をして海に見せた。
「これ」
 そういってスマホを海に手渡すと、満里奈は海を見た。
 スマホの画面には海がサーフィンをしている写真が『海が海に眼醒めた』というメッセージとともに表示されていた。腰ぐらいのサイズの波で海がサーフィンをしている写真。海の姿は、ようやく顔が判るかどうかといったぐらいずいぶんちいさかった。
「なんだかちいさくない、これ。よくぼくだって判ったな」
 そういいながら海はスマホを満里奈に返した。
「満里奈が見つけたんだ、この写真」
 満里奈はただ首を横に振った。
「違う。写真見つけて知らせてきたのはモナ。なんだって海の写真を探したんだかよくわからないけど、彼女が見つけたの。それでわたしに知らせてきた。海ってサーファーじゃん、ってなにか大発見でもしたように。勝手にいつものように騒いで、それで……」
「それで?」
「うん、それでわたし余計に混乱しちゃって……。なんだってモナが海のことって。勘ぐりはじめたら、またさらになにをどう考えたらいいのか判らなくなっちゃって……。わたしはわたしでひとりで勝手にボロボロになって……」
 そういって満里奈は顔を上げると海の顔をじっと見つめた。
「わたしって、大馬鹿ものだね……。こんなに優しい海がここにいるのに……」
 そういいながら満里奈はそっと海に肩を寄せた。
「モナにいろいろと相談してたんだけど、結局、彼女は困っているわたしをおもしろがってただけなのね。それが解っちゃった。そしたら、海に対する気持ちもなにもかもがはっきりとして、わたしは誰がなんていおうと……」
 満里奈はそこでじっと海の顔を見つめた。
「なんていおうと?」
「海が好き……。バカ……」
 満里奈はそういうと恥ずかしそうに俯いた。
「ぼくも、満里奈が好きだ」
 そういって海は満里奈の肩に腕を回した。
 もう心臓が破裂してもどうでもよかった。その肩を強く抱き寄せると、呟くように口を開いた。
「そのままの満里奈が大好きだ」
 そして満里奈の髪にそっと口づけた。

 翌日の朝。
 海はすこしだけ早めに家を出て学校へと向かった。なぜだかいつも通う道を歩きながらふっと思い立って、そのまま真っ直ぐ海へ歩き出した。
 ──海って真面目だもの。
 昨日の満里奈の言葉を思い出しながら国道134号線の下を潜って海へ出た。そのまま西浜へと歩き出した。
 海沿いを歩いて学校までいくつもりだった。
 すこし歩くと向こうからランニングしてくる集団があった。海と同じ学校のバスケ部の連中だった。
 渡邊がその身長を持て余すようにあえぎながら走っていた。下を向いて、集団の一番後ろを走っている。どうやらランニングは苦手のようだった。
 ──なんだ元気なのはやっぱり体育館の中だけじゃん。
 海はそう嘯きながら軽く右手を挙げた。
「よう」
 海が声をかけると渡邊は縋るような眼で海の前でその足を止めた。
「よう……」
 息が切れていた。
「おかげでちゃんと満里奈と話せたよ」
 海はそういって笑った。
「そうか……」
 渡邊は膝に手をやり、屈むようにして息を整えていた。まだしばらくはその息は荒いままのようだった。
「もしかして、あのinstaお前じゃないの?」
 海は思い切っていってみた。
「どうして俺がお前の写真なんか撮るんだよ。しかもサーフィンやってるお前の」
 息を切らしながら擦れ声で渡邊が答えた。
「さぁ、モナにでも頼まれたんじゃないのか。そうそう、メッセージは、海が海に眼醒めた、だった。将棋打ってた、って部分はなかったなぁ。打ち損なったのかな?」
「馬鹿いえ……」
 それだけいうと渡邊は海の視線を振りほどくようにしてまた走り出した。仲間からはずいぶん遅れてしまったようだ。きっと追いつくことはないだろう。
 海はそんな渡邊の後ろ姿を眼で追いながら、昨日の満里奈とのことを思い出していた。
 心臓は破裂することはなかった。もちろん違う部分は本人の意思とは別に激しく反応していたことは確かだったけど。
「学校か」
 そういって海の肩を軽く叩く人がいた。
 ろくさんだった。
「あっ、おはようございます」
 海はなぜだか思わず直立不動になって挨拶した。
「あの、海へは?」
「今日は波がないからな。だから散歩だけ」
 そういってろくさんは笑った。
 相変わらずのスタイルだった。Tシャツに短パン、ビーサン。日焼けした顔。長めの髪。
 海を知り尽くした顔のように海には見えた。
 ──凜々しい? いや逞しいんだ、この人は。きっとこの人の心も。
 海は満里奈の昨日の言葉を思い出しながらろくさんの顔をじっと見た。
「なんだか、すっきりしたみたいだな。無事、解決か」
 ろくさんはそういって笑った。
「まだ、ちゃんと横に滑ることができなくて」
 海は笑いながら答えた。
「そっちは、もっと簡単だ」
 ろくさんは嬉しそうに口を開いた。
「ただ乗れ。数、乗るんだ。同じ波は二度と来ない。ともかく一本ずつていねいに、そして数乗るんだ。いまは波に巻かれた分だけ上手くなると思えばいい。目いっぱい乗れば、目いっぱい知ることができる。だから、なにも考えずに、ただ乗れ」
 そういってろくさんは海の肩を軽く叩いた。
「そうそう、こっちの答えももちろん自分で作るんだ」
 そういって歩き出したろくさんの背中に大きな声で海は答えた。
「はい、目いっぱい乗ります」
はじめに

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夕焼けフォトグラファー / 物書き / デジタルコンテンツデザイナーの癌サバイバー、竹井義彦です。 逗子の海の写真や、オリジナルの小説をメインに公開しています。よろしくお願いします。