ものがたり屋 参 環 その 4-1
いつも Zushi Beach Books をお読みいただき、ありがとうございます。
ご存知のように、いま癌サバイバーとして抗癌剤治療を続けている最中で、先日の 9/7 に抗癌剤を点滴、現在経口薬を服用している最中です。先月は抗癌剤投与した後の副作用が酷く、まともに原稿を書くことができなくなってしまいました。
今回はさすがにそこまで酷くはないのですが、執筆に集中できない日が続き、第二十話「環」の完結編、その 4 を完成させることができませんでした。
じつはあとエンディングを書きあげればというところまではなんとか書いたのですが、完成させるところまでは書くことができませんでした。お時間をいただき、改めて完成させたいと考えておりますので、完全版はそれまでお待ちいただければ幸いです。
今回は原稿用紙で十枚ちょっとの暫定版とはなりますが、ぜひお読みいただければ幸いです。これからも Zushi Beach Books をご愛顧いただければ、これに勝る喜びはありません。よろしくお願いします。
うっかり閉め忘れた襖の影、街灯の届かないひっそりとした暗がり、朽ちかけている家の裏庭、築地塀に空いた穴の奥。
気づかなかった身のまわりにある、隙間のような闇に、もしかしたらなにかが潜んでいるかもしれない……。
環 その 4 -1
めぐる。古からめぐるもの。
はじまりがあり、そして終わりはない。
新たなはじまりへとすべては繋がる。
めぐる。それは遙か古から続くもの。いつまでも……。
吹く風が冷たい。ときおり空からは白いものが落ちて薄らと積もることもあった。義平たちが京へとむかった後、屋敷には人も少なく余計に寒さを感じるのかもしれない。主のいない屋敷は賑やかさとは無縁となり、まさに火が消えたも同じになるからだ。土間に立っていると足下から冷たさが伝わってくる。
「かえで、菜を切っておくれ」
奥向きを仕切っているあさひにいわれてかえでは頷いた。
菜を手に切り板に乗せると刀子で切りはじめた。
「そういえば義平様は大丈夫かね」
椀の用意していたあさひがぽつりと呟いた。
「え? どうかされたので」
「なんだよ、話を聞いていないのかい。京での戦いに敗れて、落ち延びているという話だよ」
「それは……」
「親方様の義朝様たちは京を逃れて東へと向かっているらしい」
「それで義平様たちも?」
「さて、詳しいことは聞いていないが落人狩りなんてのもあるし」
「落人狩り……」
かえでの胸の奥を冷たい風が吹き抜ける。
「あちこちの村ではそこの村人たちが待ち構えているって話だからねぇ……」
──佐久間様……。
「痛っ」
思いも寄らぬあさひの話につい散漫になってしまったかえでは刀子で左の人差し指を切ってしまった。
その切り口からひと筋の鮮血が流れ落ちる。
かえでは痛むことも忘れて流れる紅い血を見つめていた。
翌朝、楓は大学へいくと迷うことなくカフェエリアへと向かった。結人の姿を探すためだった。さすがに朝一番にカフェエリアに結人はいなかった。
キャンパスを歩き回り、やっとのことで敷地のかなりはずれたところにポツンと建っている古い校舎へ向かう結人を見つけた。
「久能さん」
縋りつくように結人の腕を掴むと楓はその左手を見せた。
「いきなり、どうかしたの?」
「これ、見てください。この左手の怪我」
結人は眼の前に差し出された楓の左手をじっと見つめた。
「これが、なに?」
首を傾げて楓を見る結人の視線に一瞬言葉を詰まらせながら、それでも楓は口を開いた。
「昨日、また夢を見たんです。台所で椀の用意をするようにいわれたんです。それで菜を切っていたときに、いきなり気になることをいわれて、うっかり左の人差し指を切っちゃったんです。そこで眼が醒めたら」
「もしかして、キミの指が?」
「そうなんです。人差し指がぱっくりと切れていて……」
「つまり、夢の中で起こったことが、実際にキミの身に起きたということ?」
楓は大きく頷いた。
「どういうことなんだろう?」
結人は足下に視線を落とすとじっと腕組みをはじめた。
「だから夢の中のかえでは、このわたし、野仲楓なんです。なんて説明すればいいのか解らないけど」
「確かに夢の中で感じた感触といったものが、眼醒めてもそのまま残っていることはあったけど、しかしまさか……」
「だって、こうやって指を怪我しちゃっているんです」
楓は絆創膏を貼った左人差し指を改めて結人の眼の前に突き出した。
「まさか、夢と現実が直結しているなんて……」
結人はただ頭を振ることしかできなかった。
「くそっ!」
義平は馬上で悔しそうに歯ぎしりをした。
内裏を平家方にすっかり固められてしまった義朝軍は六波羅への総攻撃へとその矛先を変えた。しかし、六波羅は清盛本体ががっちりと守りを固め、いかな源氏方の猛攻といえどその牙城を崩すには至らなかった。
軍勢の中へ騎馬のまま突入するのはいいが、しかしすぐにその周りを囲まれ、思うままに馬を操ることすらできなかった。
「義平様!」
「おうっ、佐久間か。ここが勝負所ぞ」
「しかし、多勢に無勢。いったん兵をまとめるが肝心かと」
義平は群がる雑兵を返す刀でいったん蹴散らすと、馬上から戦いの様子を見つめた。
押しているようには見えても、しかしまたすぐに敵方の新手が現れ、源氏方は消耗していた。押し返す力もすこしずつ劣りはじめている。
「佐久間、いったん引くぞ」
「おう!」
義平に従って綱を左に強めに引く。馬首を巡らせようとしたそのとき、後方から突っ込んでくる敵方の騎馬が眼に飛び込んできた。
振り下ろされる刀をすんでのところで躱す。手にしていた槍をそのまま突き出した。しかし手応えはなかった。再度、刀が振り下ろされる。突き出した槍でそれを受けとめた。そのまま敵は馬ごとぶつかってきた。
あっと思った瞬間、馬から落ちてしまっていた。右肩が酷く痛む。手にしていたはずの槍が転がっていった。
その刹那、その視界に飛び込んできたのは血走った敵雑兵の眼だった。両手で刀の柄を握りしめ、必死の形相で振り下ろそうとしていた。
「うおっ」
文字通り結人は飛び起きた。
ぐっしょりと汗をかいていた。なぜか右肩が酷く痛む。そっと触ってみた。その手が触れるだけで激しい痛みが全身を駆け抜けた。
──なんだっていうんだ?
結人は暗がりの中で自らの両手を見た。その左手には強く引いた手綱の感触が、右手にはそれまで握っていたはずの槍の感触がそのまま残っていた。そして馬から落ちたときの右肩の痛み。
──もし、あのまま刀が振り下ろされていたら……。
思い出すだけで背筋に戦慄が走った。
階下へ降りると、リビングのラックにしまってあった薬箱を引っ張り出した。湿布薬を探しはじめる。
「結人、どうかしたのか?」
哲人の心配そうな声が背後から聞こえ、結人は振り返った。
「ちょっとね。肩を打っちゃって」
「まさかベッドから落ちたなんていうなよ」
「そんなんじゃないよ。落馬だから」
結人は苦笑した。
哲人はそれには応えず、シャツを脱がせると結人の肩の様子を確かめた。
「かなり腫れてるぞ」
哲人はそれだけいうと結人の右肩にシートを二枚貼った。その上から包帯を巻いていく。
「夢のせいなのか?」
結人は静かに頷くと、見たばかりの夢の話をはじめた。
哲人はじっと話を聞くと黙りこくってしまった。
「どういうことだと思う?」
「そうとうに厄介な話だな、これは」
哲人は真顔で答えた。
「夢で傷ついたらそれが現実になる。しかも、それはぼくだけじゃなくて、彼女、野仲楓も同じ。夢と現実が直結しているなんて、どう考えても理解しようがないよ。それもぼくと彼女のふたりだけが」
「夢の中の人物との関係がなんなのかを考えることがキーポイントなのかもしれないな」
「つまりそれは夢の中の佐久間とぼくとの関係ってこと?」
「ああ、夢の中のかえでと野仲楓もだ。そして佐久間とかえでの関係もね。このふたりの問題なわけだろう?」
結人は腕組みをするとぼそっと呟いた。
「そもそものはじまりは、あの弓弦……」
「そうか。たしかにそれが夢との繋がりでもあり、また結人と彼女の繋がりでもある。結人、ともかく彼女をここに連れてきてくれ」
哲人の言葉に結人は大きく頷いた。
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よろしくお願いいたします。
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