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Born In the 50's 第十五話 局長室

    局長室

「つまり、石澤総理の命が危ないというんだな」
 栗木田局長は田尻に訊き返した。
「はい」
 田尻はゆっくりと、しかし大きく頷いた。
「どういうことなんだ、もうちょっと詳しく説明してくれないか?」
 今度は山下課長が尋ねた。
「要するに、早見が持ち出したものの中には、ただの画像のファイルに別のデータを埋め込んだものがあったんです。だれがなんの目的でそんなことをしたのかは、ひとまず後回しにしましょう。問題はそのデータの中味です。これは簡単にいうと──クーデター計画──です」
 ソファにゆったりと腰を下ろしていた石津がそのまま答えた。
 栗木田局長の部屋のソファには石津と濱本、そして田尻が座っていた。向かい側には局長と山下課長が腰を下ろしていた。
 あのあとファイルの中味を確認した石津たちは、どうしたらいいのかさんざん話しあったが、結果としてまず国家安全保障局に届けるという結論に達したのだった。
 夕日がプラインド越しに山下課長の背後から射しこんでいた。山下課長の顔色が心持ち優れて見えないのはそのせいなんだろうか。
 石津は濱本が持参したMacBook Proでデータの中味を見せたあと、局長と山下課長にプリントアウトしたドキュメントを渡して、その反応をじっくりと確かめていた。
 事態がこうなった以上、だれがだれのために動いてるのか、もはや見当をつける術がなかった。
 だからまず局へ──田尻がいう通りにしてみることにした。
 埋め込まれたデータは驚くべき内容だった。
 コードネームは「Bloody Pigeon」。
 最初は外敵の存在を知らしめるところからこの作戦ははじまっている。
 領空や領海侵犯、あるいはそれに類するニュースを意識的に報道させることが、まずその第一ステップ。次に、具体的な被害を受ける。
 この作戦のひとつが、外洋へと出た漁船の衝突沈没事件だ。
 それに対応する政府の動きが、次のステップになる。図らずも今回は内閣改造を実施している。それがだれの主導によるのか、それを知るよしはないが、しかし作戦の一環として組み込まれていた。
 さらに、海外情勢、とくに政情が不安定な国の内乱に対する軍事介入などの動きをつぶさに報道。合わせて、領空・領海侵犯が一触即発のレベルまで来ていることを広く喧伝した上で、総理を暗殺することになっていた。
 もちろんその首謀者は外敵の可能性を示唆したうえで、非常事態を宣言して戒厳を発令する。
 こんな時代にだれが描いた絵図なのか、あまりに陳腐で俄には信じられなかったが、その火中にいる石津にしてみれば、その幼稚で単純さ故に、そのプランが進行中であることを信じざるを得なかった。それだけではない。世間を騒がせた漁船の沈没事件も事実として起こっていた。
 すでに早見や近藤をはじめとして、多くの人たちが命を落としているのだ。
「Bloody Pigeon……、血まみれの鳩か……」
 栗木田局長はじっと天井を見たまま噤んでいた口を開いた。
「局長……」
 山下課長は重苦しい空気を断ち切るように口を開いた。
「だれかがこのプランを実行している。そして、このデータのために早見君は命を奪われ、また沢口は暴走をして、近藤さんの命まで奪った──そういうことですね」
 局長は腕組みをすると、じっと石津の眼を見ていった。
「それが一番シンプルな答えではないですか?」
 石津は問い直した。
「オッカムの剃刀ですか。なるほど、確かに」
 局長は静かに頷いた。
「でも、いつ総理を?」
 山下課長は誰にともなく尋ねた。
「喫緊だと思います。データ争いがあったこともそうですし、なによりもタイミングを考えるといつ起こってもおかしくないはずです」
 田尻は確信を持って答えた。
「むしろ早まったと考えた方がいいかもしれん。データが漏洩したら、いつ阻止されるかわからないと考えるのが普通だろう」
 栗木田局長も頷いた。
「国際会議がひとつのターゲットになりうると思われます。舞台が国際的であればあるほど効果的にアピールできると考えても不思議ではありません」
 田尻は持論を披露してみせた。
「それなら今週末のEASか。東アジア首脳会議が開かれる」
 石津はその場にいる全員の顔を見ながら口を開いた。
「だとすると大事だ。ASEANの十カ国はもちろんだが、中国、韓国、インド、オーストトラリアにニュージーランド、そしてアメリカとロシアが参加する。なにかあれば重大な国際事件に発展しうる」
 山下課長は顔色を失った。
「だから戒厳を発令できるんですよ。それだけのお歴々が集まっているからというお題目で」
 石津は頷きながらいった。
「わかった。ともかく官邸にはわたしから報告しておこう。いまさら予定されている国際会議を延期するわけにはいかないだろう。なんとか厳重警備で対応するしかあるまい。山下君、田尻君を現場に配置して、対応してくれ」
 栗木田局長が立ち上がりながらいった。
「わかりました」
 山下課長も頷くと、立ち上がった。
「警視庁へは」
 山下課長は立ち上がったまま局長に確認する。
「もちろん連絡をしておく。SPだけじゃない、SAT なんかの出動も考えなきゃならんだろう」
 栗木田局長は頷いた。
「それでは、わたしは」
 田尻が石津と濱本を促して立ち上がった。
「田尻君、しっかりと頼む。国の威信がかかっておる」
 栗木田局長はじっと田尻の眼を見るといった。
「わたしも、現場にいかせてください」
 石津が突然口を開いた。
 その場にいた全員が意外そうな顔をして石津を見た。
「これでもジャーナリストの端くれだし、戦火をくぐった経験もある。今回の事件には図らずも首を突っ込んだ形になってしまったが、もしかしたらデータを分析して、今回の事件の全容に迫ることができるかもしれない」
 しばらく言葉を失っていた栗木田局長だったが、やがて腑に落ちたのか頷くと口を開いた。
「わかりました。民間の方ということではなく、オブザーバーとして現場にいてください。ただし、田尻君の指示には従うように。あなたの命の責任まで負えないことは覚悟しておいてください」
 厳しい口調で話した。
「俺もいっしょにいくよ、石津」
 濱本も口を開いた。
「データを調べることができるのは、俺だけだし」
「田尻君、ふたりのことは任せた」
 栗木田局長はそれだけいうとその場から離れ、自らのデスクへと戻っていく。
「わかりました」
 田尻は大きく頷くと、ふたりを促して部屋を辞していった。
 しばらくぼんやりとその場に立っていた山下課長は、石津たちの姿が消えたことを確認してから局長の方へ歩み寄った。
「いいんですか、民間人をあんな場所へいかせても」
 山下課長は疑問を口にした。
「厄介払いだ。作戦のことを知っている人間は少ない方がいい」
 栗木田局長はこともなげにいった。
「ああ、そういうことでしたか。では田尻も」
 山下課長は頷きながら訊いた。
「あいつは頭の回転も速い。きっとわたしたちのことも疑っているだろう」
 そういうなり栗木田局長はデスクの上にあった書類を乱暴に取り上げた。
「ご丁寧にプリントアウトしてくれたが、あいつらはデータ自体を複製して持っているに違いない。そのこともちゃんと伝えて始末するように手配してくれ」
 栗木田局長はそういうと「Bloody Pigeon」と書かれた書類をデスク脇のシュレッダーに放り込んだ。回転刃がうなりを上げて書類を細かく裁断していく音が響いた。
「邪魔者はことごとく抹殺するんだ」
 山下課長は手にじっとりかいた汗を感じながら頷いた。

「Born In the 50's」ですが、各章単位で公開していて、全体を通して読みにくいかなと思い、index を兼ねた総合ページを作ってみました。
 いままで通り毎週、章単位で新規に公開していきますが、合わせてこの総合ページも随時更新していこうと思います。
 頭から通して読み直したい、そんなことができるようになったはずです。ぜひもう一度、頭から読み直してください。
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