想像力と先入観

お久しぶりです。クリエイティブチームのIです。

私の一番の趣味は舞台観劇です。

それに付随して観劇前に原作や関連した作品を予習し始めるので、どんどん色んなジャンルに手を出しています。

というわけで、先日人生初の乙女ゲームを始めました。
最初は主人公の感情についていけなかったのですが最近だんだん楽しくなってきました。一人目で愛こじらせて他キャラを攻略する気がなくなりかけています。

(ちなみ乙ゲーの先輩である友人は主人公のお父さん目線でプレイして娘の恋路を見守るそうです。もう少し早く教えてほしかった)


それはさておき、一ファンとして軽く舞台のお話を。

ひとことで言えば、現実と非現実が混ざったあの空気が好きなのです。

異世界だけどそこに隔たりは無いみたいな…テーマパーク好きな方にはなんとなく伝わりそうな気がしています。期間限定・移動型の夢の国というイメージです。


そして、舞台表現に作品がハマったときの感動はすごいです。

マンガは音や匂いがしない。
文章はさらに画も見えない。

それが物語として成り立つのは、他の表現に置き換えている(音を視覚化させるとか)からか、受け手の想像力に任せているからだと思います。

舞台作品は音が聞こえて匂いや風も感じる。画も見える…と、思いきや
視覚としては文章に近い、観客に見えないものを想像させる曖昧さがあります。


例えば、実際はステージの上だけど音や動きでそこに砂浜が広がっているように見せるとか。「海がきれいだね」という台詞があれば私達は砂浜とそこに広がる海を想像で見ます。


これが凄くずるい。


私が想像で広げた海は真っ青で遠くに水平線が見えていたけれど、
それは勝手な思い込みで彼らに同じものが見えているとは限らない。

登場人物の言う「うみ」はどす黒い油みたいな色でもはや液体でもなかったり、それを綺麗と思う価値観を持っていたり。
こうなると砂浜も無いかもしれないです。


この思い込みを逆手にとった演出の作品に出会い見事に騙されたことがあるのですが、殴られたような衝撃と感動でしばらく席から立てなかったです…


きっと私が知らないだけで、この作品はこの方法だからこそ輝くんだ!というものがたくさんあるんだろうなぁと思います。


どんな物にも表現できるものとできないものがあって、だからこそできることがある。そういう特性を上手く生かして何かを作れたら、人を感動させられるような気がしています。


最後まで読んでくださりありがとうございました。


この記事が気に入ったら、サポートをしてみませんか?
気軽にクリエイターの支援と、記事のオススメができます!
7
コメントを投稿するには、 ログイン または 会員登録 をする必要があります。