静かにその思考を辿れ -4- 共感覚

いつの頃からか、文字に色を感じていた。
それが普通であり、色が見えるという認識すらなく
文字とはそういうもんだと思っていた。

それが覆されたのは大学の頃。
授業の話の流れで共感覚の話を聞きました。
自分はそんなに強くはありませんが、色が見えるのは共感覚のひとつだと知りました。
それを知っただけで、自分が他の人とは違うところがあると知っただけで
強くなれた気がしました。
この感覚が何に使えるのか、何の役に立つのか、全く見当もつかないしある感じもしませんでしたが、それによって自分に価値があると見出せたような気持ちになったのをよく覚えています。

自分の価値ってなんだ。そもそも価値ってあるのか?必要なのか?
その話をすると終わりも結論もないまま、ただ時間が過ぎるだけになりそうなので今回は割愛します。
代わりに、ずっとやってみたかったことをやってみるとしましょう。

あいうえお共感覚

例えばひらがなは、こんな風に見えております。
はっきりこの色に見えるわけではないし、隣合わせる文字によって
色が違ってくることもあり
また、漢字になると変わったり色が見えない文字もあります。

一度わかりやすく可視化してみたかったのですが思いのほか時間のかかる作業でした。

こうして並べてみると暖色系が多いな…とか
母音が「お」の文字は寒色系が多いな…「お」だって青だもんな、とか
ある種の共通点というか、癖みたいなものがわかってきました。
表を見ずに文字を想像してみてもやはり同じ色味をイメージするので
不安定な色味ではないらしい。

ちなみに自分の名前はすべて暖色系で構成されていました。
濃く見える色は自分にとって印象の深い、重要な文字だったりするのでしょうか。
果たしてそれが、生きることにどれほど影響してくるのか。

恐らく何事にも影響しない程度のものと思われますがね。
とここまで書いたところで

この世のすべてのものに意味はあるのか?

と思い始めました。
どんな小さな微生物にも生態系のバランスをとるために必要なポジションであることがあるように
こんな自分にしかわからないものにも
何か意味があるなら、その意味を知りたいと思う。

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