
【未来対談 vol.3】 「食べる」ってなんだろう?渡部明彦(DAY)×宮下拓己(LURRA°/ひがしやま企画)
DAY代表の渡部明彦と、DAYの外部ディレクター・宮下拓己(LURRA°共同代表・ひがしやま企画代表)が、さまざまな切り口から未来について話し合う連載『未来対談』。
もともと、顔を合わすたびに未来について話すことが多かった二人。先行きが見えない正解のない時代でも、わからないことに対して現在進行形で向き合い続けることが大切だと考え、さまざまな切り口から未来について話し合える場所を作りました。
第3回のテーマは「食べる」。
お互いにとって「食べる」とは何か、食を事業としてどのように捉えているか、未来の食にどうアプローチしていきたいか、などについて語り合いました。
ぜひ、あなたの考えも聞かせてください。
プロフィール
渡部明彦(わたなべ・あきひこ) 写真左
1988年4月28日生まれ。大学卒業後に建築士として個人で活動した後、ハードだけではなく運営などのソフトも含めた場所づくりを行いたいという思いから、2019年にDAYinc.を設立。現在までに自社事業として、飲食店5店舗と宿1軒の企画・開発から運営までを行っている。お酒が大好き。
宮下拓己(みやした・たくみ) 写真右
1990年12月3日生まれ、東京都出身。食が唯一”五感が使えるアート”だと感じ、高校卒業後【辻調理師専門学校】、上級のフランス校へ。首席で卒業し【ミシェル・ブラス】で研修。帰国後、大阪の三ツ星レストランに。そこでサービスを経験し食の背景を伝える大切さを知る。東京のレストランでソムリエの資格を取り、オーストラリアへ。ソムリエの知識を深め、NZの【Clooney】のヘッドソムリエに。2019年【LURRA°】をオープン。2024年にはレストランの枠を越え街への関わりを深めるため株式会社ひがしやま企画を立ち上げ、同年11月、複合施設【Com-ion】をオープン。
「食」を仕事にすることになったきっかけ

渡部:今回は「食べる」ですね。お互いに事業としている領域ですが、改めて考えてみるとすごく難しいテーマだなと……。
宮下:ですね。「食べる」こととそれを仕事にするのは別のことですしね。
渡部:「食べる」って範囲が広いんですよ。栄養をとる、コミュニケーションをとる、仕事にする……いろんな意味を内包していますよね。そもそも、宮下さんが食を仕事に選んだのはなぜだったんですか?
宮下:高校生の頃、あるレストランについての本に出会ったのがきっかけです。ずっと「何か表現したい」と思っていたんですけど、何をすればいいのかわからなくて。そんな時にその本に出会って、レストランの無限の可能性みたいなものを感じたんです。「食べる」って誰もが日常的に行う行為なのに、こんなに驚きや感動を作れるんだな、と。当時から食べるのがシンプルに好きというよりは、五感を使ったエンタメや作品として捉えていました。その流れで「いつか自分もレストランを作って表現がしたい」と考えて、高校を卒業してすぐ飲食の道に進んだんです。

渡部:もともと料理は好きだったんですか?
宮下:好きは好きですけど、実は「料理人になりたい」と思ったことは一度もないんですよ。調理師学校も卒業したし、フランスのレストランでは料理人として働いたこともあったけど、「料理人になりたい」より「レストランが作りたい」の方が強かったですね。
渡部:ずっとプロデューサー的な目線だったんですね。
宮下:そうですね。渡部さんはどうして食を仕事にしようと思ったんですか?
渡部:僕は単純に昔から食べるのが好きなんです。特に、お店でみんなでワイワイ食べるのが好きで。
それにちゃんと気づいたのは、大学時代に体調を崩して長期入院した時ですね。長らく病院食しか食べられなかったんですけど、ある時病院の1階にあったドトールに行って久しぶりにオレンジジュースを飲んだら「うわ、めっちゃおいしい!」ってびっくりしたんです。普通のオレンジジュースなんですけど、ずっと病院食しか食べていなかったのでとてもおいしく感じて。それに、周りではいろんな人がのんびりおしゃべりしていて、横で聞いているだけで楽しくて。その時、人がワイワイ笑って食べたり飲んだりしているだけでこんなに楽しいんだなと感じて、「いつかこういう場所を作りたい」と思いました。それがきっかけといえばきっかけですね。
宮下:ほんと、不思議と一緒に食べるだけで会話が生まれますよね。よく渡部さん、スタッフのみんなに「もっと一緒に飲みに行くといいよ」って言っていますけど、それって一番わかりやすいコミュニケーションだからだろうなと思うんです。会議室に1時間いても話せないようなことを、ご飯中にはなぜか話せますもんね。
渡部:そう。だから僕は「食べる」という言葉で一番に思いついたのは「コミュニケーション」だったんです。うちの実家は、両親が仕事人間でプライベートの会話がほとんどなかったんですけど、食卓は絶対にみんなで囲っていたんですよ。ご飯を一緒に食べる時間がなかったら、もっと希薄な関係だった気がする。「うめえな」って一言だけで根っこがつながっている感じがしましたね。
人が豊かであるためには食の豊かさが必要

宮下:食はコミュニケーションであるというのは、僕にとってもここ数年で一番大事なテーマです。コロナ禍に入った頃、みんなで一緒に食べるっていう当たり前のことができなくなったけど、その時改めて「食べ物を分け合う」ことがいかに人間らしいかを実感したんですよね。
人間はもともと、火を守るために拠点を作って、みんなで居住して、食を分け合った。それが人間らしさの始まりだとすると、食を基軸に人は進化しているんだなと感じるし、逆に食さえしっかり成り立っていれば幸せに過ごせるのかもしれないなと思うんです。人が豊かであるためには、食の豊かさが何より大事なんじゃないかなと。
渡部:まさにその通りで、今回僕、自分の生活を見直さないといけないなと思いました。宮下さんが今言ったように食べるのって大事なことで、本当は一食一食大切にしないといけないのに、自分の生活を振り返るとほとんどコンビニ飯なんですよね。忙しいからっていうのを言い訳に、通り過ぎるような食べ方をしてしまっている。食べた時に何を感じたのか、考えずに過ごしているなって。
宮下:いやぁ、それは僕もです。朝起きて仕事してたら結局朝ごはん食べてない、とかよくありますし。あと結構ありがちなのが、料理人が自分のご飯はカップラーメンとかで適当に済ませるっていう。
渡部:ああ。こだわりの強い料理をする人ほど、そこにかける熱量が高すぎて、自分の料理にまで手が回らないっていうのはありそうですね。
宮下:レストランの人たちからすると、作品としての料理と日常としての料理が切り離されていたりするのかもしれないです。ただ、食を仕事にする人たちが自分の食にちゃんと向き合えてないっていうのは、なんとかしないといけないなと思いますね。自分も含めて。
「おいしい」には記憶が深く結びついている

渡部:宮下さんのご実家での食環境は、どんな感じだったんですか?
宮下:うちは両親ともに飲食とは関わりのない仕事をしていたんですけど、二人とも食べるのが大好きな人で。特に父が冷凍食品とか残り物が苦手な人だったので、母が都度、全部手作りしていましたね。僕は小中高とお弁当だったんですけど、今思えばすごく大変なことをしてくれていたんだなぁと思います。
渡部:うちの両親も、食に対するこだわりが強かったですね。母は料理が好きで、よく図書館でレシピ本を借りてはノートに写して、新しい料理を作っていました。食卓には毎日いろんな料理が並ぶのが当たり前だったし、父が突然人を連れてきて宴会になっても、お店のように大量に料理が出続けたり。そんなふうに母が頑張ってくれていたんで、食にはかなり恵まれていたのかなと思います。

宮下:渡部さん、思い出に残ってるご飯ってあります?
渡部:えっ、なんやろ。難しいな……。
宮下:僕、母親が作るアップルパイが好きだったんですよ。あと、お弁当にいつも入っている甘い卵焼き。
渡部:ああ、僕もアップルパイは一緒に作りました。それは今でも覚えてますね。あと、うちの卵焼きはほんのり甘くて出汁強めです。そういうのって、家庭の味が染み込んでいますよね。
宮下:藤原辰史さんの『食べるとはどういうことか』という本の中で、「今までで一番おいしかったものは何ですか?」という質問が出るんです。すると多くの人が「お母さんが作った◯◯」とか「おじいちゃんが作った◯◯」という風に、 食べ物に人の記憶が結びついていたそうなんですね。逆に高級店などの名前を出した人は少なかったそうで。それを読んで、食べるという行為は味覚だけの話じゃないんだなと印象的でした。
渡部:今の話、すごくおもしろいですね。僕は「おいしい」にはわかりやすさが大事だと常々思っているんです。「これこれ!」みたいな馴染みのあるものって、おいしいと感じやすいじゃないですか。例えばラーメンとかカレーとか、焼肉のタレがかかったご飯とか、みんなに共通の「おいしい」の記憶があるものって「おいしい」ってなりやすいんじゃないかなと。
今の話を聞いて、それって食と記憶が強く結びついているからかもなって思いました、だから郷土料理とか家庭料理の威力がすごいんでしょうね。
宮下:確かに「これ知ってる」っていうのは大きいですよね。僕は「おいしい」って幸せになる瞬間のことだと思っているんですけど、知っている味だと幸せになった時の記憶が蘇りやすいのかもしれません。
「お腹いっぱい」より「心いっぱい」

渡部:だからDAYの飲食店舗でも「昔から親しまれているものを出す」ということを大事にしているんです。 儘のピザ、dooopのおでん、半地下のフィッシュ&チップスというように。それでいて「親しまれているもの」をちょっとだけズラすってことも意識しているんですね。ベースは懐かしいんだけど、なんか少し新しい。それがあると、飽きずにまた来てもらえるかなって。
宮下:人気のあるお店はちゃんとズラしているところが多いですよね。
渡部:そうそう。例えばどて煮に一味じゃなくてハリッサソースをつけて、とかね。でもそれって、どて煮というベースがあるからこそ安心してできる冒険で。安心感もありつつ新しさもあるっていうので、「また来たいな」と思ってもらえるのかなと思います。
宮下さんは、リピートしてもらうために意識していることはありますか?

宮下:LURRA°では季節感にこだわっていますね。季節が変わったら食材が変わるって、日本では当たり前だけど意外と世界ではそういう国が少なくて。それが新鮮さに繋がっていると思います。
あとは「楽しかった」って思って帰ってもらうことかな。「お腹いっぱい」っていうより「心いっぱい」みたいな。その方がまた来たいと思ってもらえると思うから。
渡部:うん。帰り道で「楽しかった!」って思ったら、絶対また行きますよね。
宮下:「楽しかった!」は、さっき話した記憶に強く残る感情だと思います。でもその多幸感って、やっぱり味覚だけでは生まれないんですよね。お店の接客が良かったとか、ともに過ごしたお客さんの雰囲気が良かった、内装やデザインが良かったとか。「おいしかった」だけだと代わりはいっぱいあるけれど、「楽しかった」はそこでしか起こり得ない、代替不可能な感じがします。
渡部:総合的なものですよね。だからこそ、「楽しかった」は飲食店にとって一番いい評価だと思うなぁ。
宮下:本当、「おいしい」って一言で言ってもすごく複雑なんですよね。例えばうまみが大事だからって、うま味調味料だけ舐めてもおいしくないじゃないですか。素材、香り、盛り付け、時間の過ごし方、コミュニケーション……いろんなことを総合的にひっくるめての「おいしい」だから。つくづく「食べる」って複雑な行為だなと思います。だからこそ、ずっと飽きずに向き合っていられるし、いろんなものと結びつけられて楽しいんですよね。
「食べる」が未来につながるようなお店に

渡部:そう考えるとこれからの飲食業は、どんどん自動化して効率よく「お腹いっぱい」を提供する店と、食やコミュニケーションや雰囲気などを統合して「心いっぱい」を提供する店に分かれていくんじゃないかと思います。
宮下:最近は、回転寿司すら回転せずにヒュンって飛んできますもんね。そこはやっぱり二極化していくだろうな。
渡部:DAYではこれからも、「心いっぱい」の記憶をどう作るかをしっかりやっていきたいですね。「空間と食の掛け算でお店を作っていこう」とよく話しているんですが、生活のいろんなシーンに寄り添いながら、総合的な「楽しい」を作っていきたいです。

宮下:僕は最近、「食育」っていうと大層だけど、子供たちの嬉しい記憶として残るような飲食店をやりたいなってよく思っています。うちの子が通っている保育園は食育が強いんですけど、すると子供がどんどん食べることを好きになっているんですよね。小さい時から食にちゃんと向き合うって大事なんだなと実感して、僕もそういうところにアプローチできるといいなと思うようになりました。
なので今目指しているのは、日常ではないけれど非日常すぎない、ちょっと背伸びして行くんだけど緊張はしない……そういうレストランで記憶に残る食の体験を提供できたらいいなと。するといい成長、いい未来に繋がっていくんじゃないかなと考えています。
渡部:ちょっと背伸びするけど緊張しないっていいですね。
宮下:僕はデザイナーの深澤直人さんが提唱する「ちょっといい普通」という言葉が好きなんですけど、そういうお店を作りたいんですよね。例えば小1の子がLURRA°に来ても、非日常すぎて逆に記憶に残らないような気がするんです。それよりその子の日常の延長線上で、「あのご飯おいしかったな」「接客してくれたお姉さんかっこよかったな」っていう体験ができた方が、長く記憶に残るんだろうなと。
これからは飲食店として誰かの未来になるような仕事がしたいし、働く人たちにもそんなモチベーションを持ってほしい。「食べる」ことが未来につながっていると思えるような場所を作りたいですね。
渡部:食についての記憶のベースがしっかりすると、その先の「おいしい」も豊かになりそうです。

渡部:今回宮下さんと話をしながら、そもそも「食べる」について自分自身が知らなさすぎるなと思いました。日本の食において欠かせない味噌、醤油、酢なんかの調味料一つとっても、どうやって作られているのか知らなかったり。野菜は誰がどう作って流通しているのか、旬のものは何で、今それがどうなってきているのかも、詳しくは知りません。
でも、その上に僕たち飲食店があるんだから、ちゃんとそこと繋がらないと持続性がないよなと反省しました。まずはそれを知るきっかけを、自分自身含め作っていけたらいいなと思います。
宮下:さっき「おいしい」は記憶だって話をしましたけど、やっぱり土台がすごく大事なんですよね。伝統的な調味料や郷土料理が失われていけば、「これ知ってる」が減っていってしまう。
例えば、九州では醤油が甘いじゃないですか。関東出身の僕には衝撃的だったんですけど、あの醤油の味だから九州の食文化が生まれているわけで。だけどもし醤油が一般的な味に置き換えられたら、その地域の料理の味が均一化されて失われていきますよね。

渡部:だからこそちゃんと知る、学ぶ、というのは大事ですね。 僕、この1週間ぐらい「食べる」についての本をいろいろ読んだんですけど、すごくわかりやすい本がたくさんあったんですよ。読んでいたら、「何で学校で習わなかったんだろう」というくらい大事なことが書かれてあって。そもそも人はどう食べてきたのか、どこの国でどんな料理があって、日本ではどうなのか……そういうことを知ると、いろんなことに興味が湧くんです。自分も醤油を作ってみようかな、とか。
宮下:食育って、マジで国策としてやった方がいいですよね。文化とか価値観にもすごく影響するし。それに食べ物って、ダイレクトに血肉になるから。
渡部:ちゃんと勉強しようって思えるすごくいい機会になりました。今回もありがとうございました。
【二人のおすすめの本】

渡部:『食の世界史』南直人 (著)
食の歴史について全然知らなかったので、わかりやすそうなところから入ろうと思って読み始めたんですが、この本はすごくおもしろかったです。地域ごとの特性、歴史の流れ、文化の発展で、食がどんどん変化していったことがわかりやすく書かれてあって。食の過去を知ることで、ちょっとだけ未来が見えるような気がしました。全体を俯瞰して大きな流れを知っておくのは、どの領域でも大事なことだなと再確認しましたね。
宮下:『生まれた時からアルデンテ』平野紗季子 (著)
この本は10年くらい前に出たんですけど、紗季子ちゃんとはその頃から友達なんです。高級レストランもファミリーレストランも関係なく、高い熱量で食に向き合う彼女の言葉が好きで。中でも好きなのは、「食べものは消えてしまう。もうここにないもの、もう私のものでないものになってしまう。だから食べものを消さないために、自分の心がしっかりしてなくちゃと思う」という一節。シンプルだけど、とてもいい言葉です。最近彼女が新刊を出したんですが、LURRA°について書いてくれていたのも嬉しかったです。
取材・文 土門 蘭
写真 辻本しんこ