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蔵元日記vol.505【山田錦は捨てるところなし】

獺祭が徹底的に精米された山田錦だけで造られるということは皆さんご存知と思います。近年では平均精米歩合も31%台になっています。ということはコロナ禍で生産の落ち込んだ昨年でさえ8,000トン強の山田錦を使用しましたから、その米粒の中心部分の2,500トン弱が酒造りに回され、残りの6,000トン近い米粒の外郭部分は米ぬかになるという計算になります。

一見、勿体無いように見えますが、どっこい、山田錦の米ぬかは引く手あまたなんです。例えば、ある大手食品メーカーさんは、「ただの米ぬか」のつもりで購入され始めたのですが、使ってみるとあまりのその優秀性に気付いて、今では「山田錦の米粉ありきの商品開発がなされていると聞いています。(もうこうなると米ぬかという呼称はふさわしくなくて米粉ですね)

お陰様で価格もじりじり上昇して、最近ではそろそろ業務用米価格の安いものだったら肩を並べそうな水準に入ってきました。

山田錦の加工された時の米としての優秀性は、最近ではモスバーガーさんが獺祭甘酒(山田錦等外米使用)をシェイクの原料として使用された時も驚かれたように、本当にきれいで品の良い味を表現できるのです。そのぐらい山田錦って優秀な米なんです。酒米として優れている山田錦は他の食品の原料としても優れているんです。だから、兵庫のあるせんべい屋さんでも原料のほとんどが獺祭の精米時に出る砕米になっていると聞いています。この美点が米粉にも同じようにあるんですね。

しかも、もう一つ秘密があって、獺祭の酒造りは四季醸造です。ということは、冬場だけでなく、一年365日平均して米粉を供給できるということです。これは原料として使用する時、使用者側として圧倒的に使いやすいものになるということです。どんな企業にとっても作業の平準化というのは非常に大事ですから。

そんなことで、この一年ずっと、売ろうにも玉不足の状態が続いており、担当のT田君はうれしい悲鳴を上げています。

でも、ここまで来るのは大変な道のりでした。とにかく、米ぬかって産業廃棄物の一歩手前みたいな扱いでしたから。何とかそれを打破しようと、せんべいを作ったりクッキーを開発したり、数年前にはライスミルクを開発したりしました。特にライスミルクは非常に期待しました。しかし、この商品はうちで生産するのでなく、ある大手の下請け専門の企業に委託生産をお願いしていたことがネックとなりました。試作段階の品質と本生産時の品質に差があり過ぎたのです。当たり前のことですが、美味くないものは売れない、という基本通りの結果に終わりました。結局、品質の完成度に対して、獺祭が要求するものとその企業が考えるものに差があったのです。

まあ、ブランドというものが額に張り付いている中小酒蔵のおっさんの感覚と大企業のサラリーマン的発想の違いだったんだと思います。(大企業でもサラリーマンでもそうではない危機意識溢れる方がたくさんいるのはよく分かっています。ここで言うのは悪い方のサラリーマン発想の方です)

そんな痛い(かっこ悪い)経験も数々重ねながらやっとここまでたどり着きました。


◆米粉は分かった酒粕は?◆

「米粉は無駄に捨てられてないのは分かったけど、酒粕は?」という声が聞こえそうですね。純米大吟醸はどうしても酒粕をたくさん出さないと、良い酒にならないのが現実で、旭酒造でも年間1,200トンを超える酒粕が出てきます。20年ぐらい前に急増する酒の製造量に比例して増える酒粕の売り先探しが追い付かず、産業廃棄物として処分せざるを得なかった悔しい経験があります。しかも、当時は(今も)酒粕の価格は酒粕問屋さんの思惑のもとに上下していましたから、言われるがままの相場の風任せでした。しかも、余れば彼らは買い支える気はありませんから産業廃棄物として処分せざるを得ない。

これは何とも情けない。何とか酒粕を「良いもの・意味のあるもの」にしたいと使い道を開発してきました。

それが、現在の獺祭焼酎です。お陰様でこの焼酎も足りない状況です。普通の粕取り焼酎ですと、もっと量もできるのですが、それではあのきれいな香りが残せません。うちは焼酎が本業じゃありませんから、いくら儲かっても、獺祭としての考え方に逆行するような焼酎なら意味がありません。ということで、歩留りに背を向けて特殊な製造方法で造っていますので増産ができないのです。そういう事情ですので、手に入りにくい時もあるかと思いますがお許しください。


◆酒粕は分かった。それではその焼酎の粕は?◆

そうなんです。焼酎を取った後にその焼酎の粕が残るんです。焼酎業界でも大きな問題になっていますが、焼酎粕の処分は大きな問題です。今現在は、焼酎粕は飼料として引き取ってもらっています。ただ、これは特段、飼料としての優秀性を買って頂いているわけではないので、少し情けないのです。(もちろん、価格も限りなく安い)

ということで、旭酒造がやろうとしている解決策はこの焼酎粕を再発酵させてエタノールにし、それを原料として発電してしまおうというもの。現在、山口大学と共同で開発しており、これが動き出すと年間電力使用量の五分の一が賄える予定です。すでにプラントの設置場所も確保していて、最適なエタノール発酵の条件を見つけるだけになっています。あともう少しです。ご期待ください。


◆購入した山田錦を使い切っているのは分かったけど、米産地にはどうなの◆

普通、米を栽培するうえで、どんな篤農家が作っても、全部が全部、一等米になるなんてことは常識的にあり得ません。獺祭は残念にも等級が付かず等外米になってしまった米もできるだけ購入させて頂いて使用する努力をしています。最初はそのものずばり「獺祭等外」と銘打ってワタミさんなどを中心に販売させて頂いていました。

今は、それだけではとても追いつかないので(獺祭だけで全国の山田錦産地の矛盾を抱えるなんてできませんが)、今は甘酒の原料としても使用しています。等外米であっても山田錦の優秀性は、先月終了したモスバーガーさんの獺祭シェイクの大評判で立証されたぐらい凄いものと思います。

でも、惜しむらくは、もう少し「獺祭等外」を飲んで頂きたいですね。あれ、蔵元がいうと手前味噌になってしまいますが、それを差し引いても、相当良い酒です。


◆まだまだ課題もあります◆

一番の課題は洗米排水です。米を洗う時に大量の地下水を使用します。しかもこの水は、最初に米粒の中に入って、発酵の最後まで米粒の中に残りますから、良い水でないといけません。この良い水のほとんどがただの排水になってしまっている。これを何とかできないか。

栄養分という意味では「米ぬか」という、まさに肌に良いと言われる成分がたっぷり入った水が、ただ捨てられているんです。これ何とかしたいですよね。

しかも、獺祭はご存知の通り、中国地区の山間部に位置しています。ということは都市部の様に下水道なんてない。この大量に出る水を、全部、自前で浄化して川に流さなければいけないのです。下手をすると酒蔵が自然環境を汚染しているなんて事になりかねませんから、大事なことです。

ここに実は大金がかかるのです。ちょっとした酒蔵なら建つんじゃないかというぐらい。ここもただの厄介ものじゃなくて、社会に意味のあるものに生まれ変わらすことはできないか。もし、皆さんの中でこの排水から米ぬかの栄養成分をローコストで分離できるアイデアをお持ちの方がおられたら是非教えてください。

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