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中国駐在員の交代…引継ぎ期間ゼロ!どうする?

海外駐在の引継ぎとはバトンリレーのようなもの。引継ぎ期間がないというのは本来論外なわけですが、そんな事態が発生してしまうのも中国駐在の「あるある」ですよね。現実として前任者と新任者の任期が重ならない場合はどうすればいいのか、それぞれの立場で考えてみましょう。

このnoteは、毎週水曜に配信するYouTube動画のテキストバージョンです。記事の末尾に動画リンクがあります。


引継ぎ期間ゼロ!どうする?

引継ぎの期間は会社によってまちまちです。しっかり時間を取るところなら半年以上。任期を1年ぐらい重ね、後任者はまず副総経理などの立場で赴任し、前任者のやり方を見ながら実地に引き継いだ上で1年後にバトンタッチ、という会社もあります。

でも、なかなかそこまでの時間はかけられません。普通は1か月ぐらいだと思います。交代が2月であれば、後任者が2月初頭に来て、前任者が2月末に帰任というイメージです。

問題になるのは、引継ぎ期間がゼロ以下の場合です。マイナス、つまり前任者が12月に帰任したが後任者の着任予定は2月、というケースですね。2〜3か月ぐらい間が空いてしまうこともあると聞きます。

引継ぎは必要か

そもそも引継ぎって絶対必要なのかと言うと、そうでもないこともあります。例えば、生活に関する便利情報。おいしい日本料理屋とか、デリバリーの注文方法とか、聞いておけば便利は便利ですけど、後から知っても遅くありません。

経験で解決できることもあります。日本とは違う製造ラインがあるとか、異なる商品を扱っているということですね。日本国内の異動と同じで、自社の製造や品質、販売の仕方などは、経験を重ねながら自分で把握していけばいいと思います。

引継ぎ期間ゼロだとまずいこと

引継ぎ期間がないとまずいこともあります。特に中国のように社内マネジメントが難しいエリアの場合、できれば引継ぎ期間ゼロ・マイナスは回避してほしい。タスキがつながらない、バトンが渡らないという事態を招きかねません。実際にどんなことが起こるのか、見ていきます。

管理が緩む

任期がつながらないということは、トップ不在の期間ができます。その空白期間に管理は間違いなく緩みます。私自身の経験上も、トップ(私)が不在だとやはり多少は緩むことがありました。

助走なしの起動

引継ぎ期間があれば、何かあったとき前任者にすぐ聞けるし、やり方を見ておくこともできます。社内外の関係先とも顔つなぎができています。正式にバトンを渡された時点で、すでにスタートを切って助走しているので、一人になってもそのまま走り続ければ大丈夫。

でも、引継ぎ期間がないと、立ち止まった状態でバトンを受けることになります。またはタスキがつながらず、次走者一斉スタートのような状態。すぐに聞ける人もいないし、やり方を見ておくこともできない。顔つなぎもできてないので、社外の人間関係もゼロからやり直しです。

場合によっては走り出す方向を間違えることさえあるでしょう。ゼロからと書きましたが、実際には大きなマイナスからのスタートとなり得ます。

一貫性の断絶

そして、経営・組織管理の一貫性に断絶が起こります。

私は日本の会社が海外で現地法人を持つ場合、「日系だから」発生する共通四課題があると提唱しています。その筆頭が「経営一貫性の谷」。それまでやってきたことが継承されずにブツ切りになってしまうというリスクです。

やや脱線ですが、ついでに日系海外法人共通四課題の残り三つを挙げておきます。

二つめは「意思疎通の壁」。言葉ができるだけでは深いコミュニケーションはできません。文化や立場の壁という、言語が訳せるだけでは補えない意思疎通の壁があります。この壁を意識し、正確に訳せたとしてもニュアンスは2〜3割しか伝わらないという前提で話をしていかないと、大きな間違いが起きます。

三つめは「現地属人化の闇」。現地の人たちに頼りすぎた結果、マネジメントがブラックボックス化することです。間違いなく不正や勝手な人事権の行使など大きなトラブルの元になります。現地を属人化したことで起きる問題ですね。

最後に「組織老化の錆」です。拠点設立から10年、15年ぐらい経つと、組織にだんだん錆が生じてきます。ちゃんと新陳代謝が進めばいいんですが、特に立ち上げから20年ぐらい、初期のメンバーがずっと残ったままで、古株がだんだん定年に近づいていくタイミングは危ないです。うまく若返り策が打てていないと、組織老化によるさまざまなトラブルが出てきます。

この四つが、日系企業が海外現地法人(中国に限らず)で直面する課題です。引継ぎ期間ゼロ以下という事態はその一つ目、「一貫性の谷」に落ちるリスクを大きく高めます。

一貫性の断絶…継承できないこと

失敗体験

どんなことが断絶するかというと、まずは経営上のさまざまな失敗体験です。あるやり方をして本当にひどい目にあったとして、失敗体験がちゃんと共有できていれば、後任者は同じ轍を踏まないように注意できるはずです。

ところが、経験が継承されていないと、同じ地雷や落とし穴、罠に何度も引っかかってしまいます。下手をすれば前回の傷が癒えていないところにもう一回やらかしてしまうこともあります。

戦いの歴史

これまで生き残ってきた会社は、社内外でさまざまな戦いをしながら会社をよくしてきたはずです。どのポイントで勝利を収めたか、苦い思いをしたかを継承できていれば、同じような事態に遭遇したときに、「ああ、あの時の再来か」「前回はどうやって処理したんだろう」など、社内の経験者たちに聞くことができます。

戦いの生々しいストーリーが伝わっていないと、初めて直面することばかりになり、出たとこ勝負になってしまう恐れがあります。

えんま帳

もう一つ継承できないのは「えんま帳」です。

えんま帳というのは私が勝手につけた名前で、「従業員一人ひとりに対する経営者の見方」のこと。「彼はどういう人間か」「彼女はどういうところが持ち味か」「注意しておかなければいけない人」「裏表がある人」「新任者に適当なことを言ってきそうな人」「ぶっきらぼうに見えるけれども、社内でも人望が厚く、実は会社のことを考えてくれているから大事にした方がいい人」……こういう人物像は、前任者が膝を突き合わせてやってきたからこそ見えているもの。後から評価表を見ても温度感が伝わりません。

えんま帳を引き継いでおくと、後任者は前任者の思いを踏まえながら自分自身で判断していけます。これがないと、いま表面に出ている顔しかわかりません。時間をかけて見えてきた姿がわからなくなってしまうのは怖いことです。引継ぎ期間が短ければ短いほど「後任のコイツには何も見えていない」と思われ、過去を知らないことにつけ込んでくる輩が出てきます。

また、過去の経緯を知らないと、表面的な印象で功労者を遠ざけてしまうことがあります。実は大きな功績があり、駐在員は足を向けて寝られないような社員なのに、何となく疎ましく思って軽率な判断をしてしまい、後で非常に後悔するケースは残念ながら少なくありません。

引継ぎ期間がゼロ以下の場合はどうするか

さて、ここまで「引継ぎ期間ゼロ以下はできればやめて」という話をしてきましたが、「そんなこと言ってもウチはゼロだよ。どうすればいいの?」という人もいると思います。実際に引継ぎがない場合はどうするか、前任者と後任者に分けて、やるべきことを私なりに考えてみました。

前任者…メモを残す

前任者は、過去の戦いの歴史、苦い思いをしたときの記録、社内の主だったメンバー、気を付けるべきことを、できるだけメモに残しておきます。「過去にこんな事件があった」「自分はこんなところを気にしながらフィードバックしていた」など、観点をなるべくメモで伝えます。

実際に実践した経営者も知っていますが、残念ながら、組織・仕組みとして実施している会社は極めて少数ではないかと思います。文章が苦手なら、ビデオレターなど後任者にしか見られない形で残せばいいでしょう。

ポイントは、①きれいに総括するのではなく、具体的に赤裸々に書き残すこと。感情や温度を込めることで、後任者にも刺さります。②問題社員・悪い内容だけでなく、よい人・よい内容も残すこと。会社と一緒になって挑戦・成長・貢献しようとしてくれる人材は、地味だったり日本語が話せなかったりします。彼らを大事にすることは、問題社員に「ダメなものはダメ」と示すのと同じように大切です。

前任者…着任後に会合

いまは世界のどこにいてもオンラインでつながる時代です。後任が着任してしばらくしたら、自分がいる地域と中国をつないで、時間が許す限りじっくり話をしてみてください。勤務時間内が無理なら週末などでもいいと思います。

経営者同士、タスキをつなぐ者同士だからわかる重みがあるはずです。これまで経験した失敗事例、戦いの歴史、社員の人物評などは、同じ立場で仕事をしてきた前任者からしか伝えられません。

本当はこういうことを本社のグローバル人事の施策として実施するべきなんですが、そういう仕組みが整備されるまでは個別ベースでもぜひ取り組んでください。

前任者…DACに残す

私たちに託してもらえば、後任者に責任を持ってお伝えします。私の会社はそういったメッセンジャー役、語り部役も務めています。

後任者…歴史の改ざんに気をつける

後任者の注意点です。本当に引継ぎ期間ゼロ以下だと、過去を知らないからということで、ダメ元でいろんな嘘をねじ込んでくる人たちがたくさんいます。「前任の時からこうです」「日本人の赴任者からの指示でこうやっています」というような嘘をしれっとつく。

「この手当を出していないのは近隣の日系企業でウチだけです」と言ってきたケースもありました。「周辺の日系企業は全部この手当を出していると言われたんだけど…」と相談され、裏を取ってみたら、どこも出してなかったというオチでした。

このように、知らないのをいいことに歴史を改ざんしてくる人たちがいますから、引継ぎができない場合には、そういう可能性が大いにあるという前提で、特に最初の3〜6か月は慎重に入ってください。自分の感覚でおかしいと思うことがあれば、私に連絡ください。あらかじめ意識しておくだけで状況は変わります。

後任者…ごんぎつねを撃たないように

新美南吉の名作『ごんぎつね』。こぎつねのごんは、自分のいたずらから村人をひどい目にあわせたことを反省し、償いのためにこっそりと食べ物を届けるようになりました。ところがある日、ごんを見かけた村人は、また昔みたいにいたずらをしに来たと思い込み、鉄砲で撃ってしまいます。仕留めた後に見てみると、ごんの側に栗や松茸が転がっている。今まで食べ物が届くのは神様の恵みだと思っていたが、実はごんが運んでいたと知り、取り返しがつかないことをしたと後悔する…というかなり悲しい終わり方をする物語です。

駐在員も「なんとなく気に入らない」「愛想がない」みたいな先入観から、特定の現地社員を冷遇することがあります。または自分のそばにいる管理者からの讒言を真に受けてその人を遠ざける。結果、当人は辞めてしまう。

後になって、実は彼/彼女が日本側の深い理解者だったことがわかって後悔する。または、問題が噴出して収まりがつかなくなり、初めてその人の抜けた穴の大きさに気づく。私はこうしたケースをいくつも見てきました。

自分にいま見えているものや先入観だけで判断せず、過去を意識しながら入っていけば、もう少し慎重にいろいろなことを見極められると思います。前任者たちが積み重ねてきたプラスの面をハンマーで叩きつぶしてしまわないように、くれぐれも気をつけてください。信頼関係は築くのに長い時間と経験の共有が必要ですが、壊すのは一瞬です。

後任者…DACに聞く

DACとお付き合いのある会社なら、ぜひ私たちに聞いてください。全面的ではないかもしれませんが、一緒に戦ってきた歴史はお伝えすることができます。場合によっては、語り部的な社員を紹介し、過去の事件・物語・失敗体験・人物評を継承するお手伝いもできます。

いずれにしても、前任者は何とかして経験を残し、後任者は引き継げなかったことで問題が生じる可能性があるという前提で、任期に臨んでもらえたらと思います。

今日のひと言

手渡しが無理なら別の形で受け渡す

直接が難しければ別の形でもいいので、これまでの経営が積み重ねてきた無形のもの、引継ぎなしには継承が困難かつ非常に重要なことは、何かの形で受け渡してほしいと思います。

日本側は、やはりゼロ・マイナス引継ぎは負の影響が大きいため、やむを得ない場合には、前任者と後任者が間接的にでもタスキをつなげるように工夫してください。ここは人事を差配している部署が配慮する必要があると思います。

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【中国編|変化への適応さもなくば健全な撤退】シリーズは、中国/海外事業で経営を担う・組織を率いる皆さま向けに「現地組織を鍛え、事業の持続的発展を図る」をテーマとしてお送りしています。

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