見出し画像

焚火が燃やしつくすもの

パチパチと薪が爆ぜる音が響く。
周りが静かなせいか。その音はやけに大きく響いた気がした。

焚き火を挟んで反対側にはオノミチ君が真剣にカメラを覗き込んでいる。
まるで炎の揺らぎを一瞬も見逃さないかのように。
こうなった時のオノミチ君は何も聞こえていない、それくらい集中しているのだ。僕もカメラの向こうの彼を見ながらその姿を写し取る。


オノミチ君との出会いは、3年前の事だ。
それぞれ自分の写真集を作るワークショップで他の仲間も含めて初顔合わせをした日、自己紹介をしたのだが、声が小さくて何を言ったのかはあまり覚えていない。
初対面の印象は、物静かな人だと思った。

その後、ワークショップを通じて話すうちに、初めの印象は裏切られることになる。オノミチ君は、何だろう、「信念」の人なのだ。
どちらかと言うと僕があまり会ったことのないタイプの人だった。

写真集作成の後、写真展を開催すべくテーマを決めている時の事だ。
彼は「テーマは「ヌード」にすべきだ。自分をさらけ出すのが写真だ」と熱く主張した。
僕は、正直ヌードだと色々勘違いされちゃうから他のテーマがいいなぁと思い、他に出ていた案を支持して写真で刺激を受けてほしいからスパイスがいいという方に回ったのだが、その論争はまとまらず、結局1ヶ月後に全く違う視点から折衷案が出て「たまねぎをむく」と言うアイデアに収まった。
普段は、物静かというかボーっとしていると言っても過言ではないのだが、自分がこうだと思ったら一転して熱くそして饒舌になる。

ある時、転居して田舎の方に引っ越したオノミチ君は、最近、畑を借りたのだと話し出した。栽培を教えてくれる師匠についてトマトやキュウリなど野菜を育てているらしい。その突拍子のなさがオノミチ君らしい。
一旦始めるとどこまでもなのだ。

そんなオノミチ君を僕は、少し苦手にしていた。
彼は、僕にないものを持っているから。

焚き火は火勢を増している。さっき追加で薪を足したせいだ。
やっぱりちょろちょろとした火よりもごうごうと燃え上がる火の方が迫力があっていい。なにがって写真的に。
数打てば当たるとばかりに炎の揺らぎが大きいところを何枚も撮る。
火の粉が上がり、晩秋で気温は下がっているはずなのに、頬が熱いくらいだ。
風の向きが変わり、こちらに煙が一気にかぶってきた。
目がシバシバする。慌てて顔を背けて一時離脱する。
オノミチ君を見ると、じっとカメラを構えたまま動かない。
何を狙っているのだろう?

改めて腰かけて、炎と向かいあう。
火の粉が舞い上がる様、炎の奥にある薪の赤熱した部分、一言で焚火と言っても見どころがたくさんあるように思えてくる。赤色が、オレンジ色がいろんな色が混ざり合うさまは面白い。

もっともっとと思って火に近づいた時、「熱っ」と思って手を引いた。
危なかった。ファインダーしか覗いていなかったから、あまりに火に近づきすぎていた。
一旦冷静になって椅子に腰かける。
「カシャ」、オノミチ君がシャッターを切る音が聞こえた。
どうやら撮れたようだ。
オノミチ君は満足したようにカメラを降ろして、横に置いていたビールに手を伸ばした。あれだけ集中していれば喉も乾くよね。

「良いの撮れた?」オノミチ君に話しかける。
オノミチ君は、集中から解放されてちょっと反応が薄かったが、僕の言葉に気づいたのか、カメラを操作して「これかな?」と少し恥ずかしそうに1枚の写真を見せてくれた。
それは、「モノクロの炎」、色ではなく、炎を形だけで表している写真がそこにあった。

そうだよ。これだから苦手なんだ。
なんでこのオレンジ色のグラデーションを見てそれを撮ろうと思わないんだ。
見えている世界が違う。
僕になくて彼にあるもの、それは芸術的なセンスだなぁと思う。
僕は見たものを、良く撮れるかもしれないでもそれ以上ではないように感じる。
でも彼は、そこにそれ以上のものを見ている気がする。
敵わないなぁ。でもなんか負けを認めたくもない。
「嫉妬」と言うのだろうかこういう感情は。


「ダンペイはどんなの撮れたの?」と逆に問われたので、何を見せるか少し迷った末に、焚き火越しにオノミチ君を撮った写真を見せた。
オノミチ君は、ちょっとビックリしたように目を見開いて、
「俺撮ってたの!なんかいいねこれ、これは思いつかなかったわぁ、メラメラしてるね俺」
と言った。

そうか、この写真はオノミチ君も思いついてない視点だったのか。
なんかいいねっていい言葉だと思う。簡単には言語化できないけれど、何かが心に刺さった時に不意に出てくる言葉。
僕の写真は何かがオノミチ君に伝わったのかもしれない。

オノミチ君の見ているものと、僕の見ているものは全然違うものかもしれないけれど、それに上下はなくてどっちを見ていてもいいのかもしれない。
オノミチ君の視点でものを見たいと思うのではなく、自分の思うようにこれからも撮っていこうと思った瞬間。
さっきまで、燃えていたような黒い感情は、燃やし尽くされて綺麗になっていた。

とその時、一際大きい火の粉が上がってバッあたりに散った。
あっ「オノミチ君、カメラ!カメラが危ない、椅子からどけて」
思わず叫ぶ。

オノミチ君とカメラと一緒に焚き火から離れて「いやぁ危なかったね。焚き火面白いけど、火傷とカメラ燃やさないように気をつけないと」
二人でひとしきり笑いあって、その後は消灯時間までビール片手に語り合う夜だった。

まだまだだけど、こうして語り合える仲間がいるから先を目指して頑張れる気がする。


#みんなでつくる冬アルバム

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?