裏側

便器から顔を上げる。ぶち撒けられたそれは内臓の様に見えた。名前も顔も知らない無数のオレが吐き出したそれが、混ざり合って一つの巨大な器官になる。それがこの街の中身だ。オレはこの街の裏側を見た。

不意に、そんな想像が浮かんだ。コンクリートの墓石。どこかで赤ん坊の泣き声。救急車のサイレン。拡声器でがなる運転手。札束を見せて水着みたいな服を着た女に声をかける男。そんな男とどこかに消えた女。ゴミ袋の影のドブネズミ。猫の鳴き声。路上で寝る若い男。全てがやかましく、何もかもが鬱陶しい。

少し前まで酔っていたから何も気にならなかったし圧倒的に楽しかった。世界を愛せると本気で思ったしそのまま生きていければ楽だろうと思った。

しかし、魔法は切れた。一体何をやっているんだオレは。

いつものパターン。数時間後に腹痛。水の様な汚物を出して胃の中を空にした後倒れる様にそのまま夜まで眠る。後悔することは火を見るより明らかなのに、それでも酒をやめられない。人間のクズ。あの頃軽蔑していた大人になった。覇気もなく惰性で他人に言われるままに生きてたくせに誰も彼もバカにしている可愛げの無いガキだった。そして今、生きる気力の無い大人になった。できることなら今すぐ誰かにオレの人生をくれてやりたい。今この瞬間に心臓が止まって欲しい。また救急車のサイレン。それに乗っているのがオレでないのは何故だ。地面が爆発しても構わない。悔いがないわけじゃない。何時でも悔やんでばかりいるが、この先それが覆せるとは思えないし、きっと本質的には、別にそんなに懸命に生きたくもないんだろう。

他人が羨ましい。特定の誰かが、というわけじゃない。概念としての他人。そこで楽しそうにしている誰か。微笑みながら歩く男女。子供と一緒に歩く誰か。何故オレはああなれないんだ?普通に生きてきた筈だ。なのに、気付けば何時も独りで絶望している。

他人の裏側は見えない。この街と同じ様に。見えたら、もしかしたら今オレから見えてる風景より楽しそうじゃなくて、幻滅してしまうかも知れない。オレが普段そうしているのと同じ様に無理矢理楽しそうにしている事を知って腰を抜かすかも知れない。

でも、じゃあ、何でそれで生きていられるんだ?

何もかもが分からない。誰か教えてくれ。

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