ミスイベの個人的歩き方 その3

展示/提示型:テレビゲームに近い感覚

話し始める前に、この形式ではパターンで分けて記述したい。証拠品の提示を主にする場合(展示型)と、証言の提示を主にする場合(提示型)で、形式としての推理ポイントは似ているが楽しみ方が違う。


展示型

時間制限がなければ現場百回や反芻百遍でマイペースに解ける点を推すが、そうとも限らない場合があるので形式としての楽しみ方を考えると、そういえばこの形式は良く「ウミガメのスープ」に例えられている気がする。「ウミガメのスープ」とは、始めに事の顛末を教えられ、何故その顛末に行きついたかを、質問に対する「YES/NO/関係ない」だけで導く問答ゲームである。展示型の場合、質問に対する回答者は証言含む証拠品になる。証拠品を見、ある憶測を立て、その憶測が正しいかを他の証言や証拠品に問うのである。それゆえ、間違った推理をすると提示されている情報がチグハグ、あるいは余る。そうなった場合は、大概自分の推理が間違えている。

楽し味
後から気付いた点をもう一度自ら確認して確証を得ることができる点は、他の形式とは異なる点として楽しめる。また、「自分しか発見できなかった物」があった時、気付けなかった人たちに確認させた時の高揚感がヤバい。

面白味
人間関係が強烈に赤裸々になることにあると思う。いや、事件が起きれば関係者の関係は証言で赤裸々に語られてしまうが、他の形式にて、不必要な情報を取捨選択する上で探偵たちは人間的御都合機能『スルー』『忘れる』を発動できる。しかし、展示型の場合嫌でも目につく。手元に残っている。見返すと気付いてしまう関人間係がある。某人曰く「殺人において、犯人の動機は犯人の心理の問題だから他人が読むことはできない」というが、たぶん展示型は唯一、動機の思考から人を離させない力がある(※1)。スルーできないばかりではない。感情のこもらない証拠品そのものや事実の文字羅列から、いい意味でも悪い意味でも事件関係者の表裏事情を読みたくなる。不必要に思考が“飛ぶ”のだ。もちろん、飛びすぎないためには他の証拠品との連結を考慮しなければならないが、この迷子的な飛ぶ行為は結構好き。そう、私は深読みクラスタ(※2)。

優しさ
協力関係のある複数人で参加した場合は、その人数内で情報を揉んで議論することが楽しめる。また、証拠品は完全に明示されているので、「自分だけの気付き」を隠したまま情報共有を周りの探偵としやすい(演出のみで提出されるような事実がある形式では、その演出を見たかどうかをバラす必要があるが、展示型の場合はとりあえず自分の推理に使った証拠品を指差すだけでも十分情報共有が果たせる)。それゆえ「えー、じゃあ情報共有しても意味ない場合もあるんじゃね…」となりそうだが、むしろそこは「聞いて答えてくれる場合が多いかもしれない…」と考えて、周りに情報共有を求めることができる。

厳しさ
事件の順は自らが紐解いていくしかないので、過去を遡ることに面倒さを感じる場合は不向き。また、「事の顛末は起こった事実でしかない」という理解も必要(※3)。

作り方
演じる必要が無い分、人の仕込みは要らないので直前まで事件内容の詰めができるのは良い。証拠品と空間が確保できれば、運営という概念も最小限で済む利点も大きい。が、参加者側は展示された空間のみから全ての物語を紐解くため、証拠品の完成度や事件情報の整合性は特に力を入れて作る必要がある。証拠品の完成度は、リアルとして受け取れるクオリティでないと、事件現場として興ざめする。また、作り込みです感があるだけで、物語上で作られたもの(偽装)としてのミスリードも生みかねない。基本的に参加者から証拠品の造形について質問を受けるようなことはない物を展示することが求められる。整合性についていえばこの形式の場合、事件情報は資料として不変的なモノとして渡されるので、小説内の流動性ある情報読み取りや演出のように人為的な結果のブレのようにミスが「見流される」機会を得にくい。小説では通用する細かなズレが、やたらと目立つのが苦しい。加えて、先述した参加者の思考の飛躍に対し、作っている側は1人の犯人として行動した結果を提示しているために参加者の豊かな発想を全て潰す程の証拠提示ができない苦しみもある。「事件とは結果論」という開き直りはしたくないが、このあたり、なるべく飛躍を押さえられるような設計は心がけたい。

※1:2013年12月にNHKで『ウィークエンド殺人事件』が放送された。英国本土で開催されている実際のイベントはリアルライブとしているものの、現場に居ない人間(TVで情報を得ている人間)にとってはある種の展示型だったと考えている。非常に面白いと思ったのは、次々出てくる証拠品が動機関係のものしか見当たらない点である。提示されたものは、犯人に関係するものだけとは限らない。関係者だからと、非常に怪しいが全く関係のない情報も出てくる。この情報の内容が強烈で、ノンフィクションであれば、公開によって事件後の生活も危うくなるような情報だった。しかし、事件は動機だけで解決させるわけではない。遺体の状況から犯人を絞りこめるので、犯人の確定要因として動機を読み解き、完全解決させるのである。当然、(フィクションなんだが)関係者は曝され損だ。かわいそうだから、遺体の状況を無視して、提示されてしまっている情報から他の人が犯人っぽい流れにできないかやってみた。出来た。というより、提示されている情報からさらに穿った見方も余裕でできる。証拠品の魔力はすごいのである(?)。

※2:深読みクラスタとは、要らないところまで深読みをして事件の真相に迫ろうとする、一種の変態行為である(語弊)。大概この深読みに進むと、事件は解決しない。時に、深読みな発言をするジョークもある。定型句として知られているのは、「狂言自殺説」「双子説」「整形説」、稀に「性転換説」「心中説」など。だが、ジョークとして言ったつもりが本筋の場合もあるので注意。

※3:強く求めるわけではないが、展示型の場合は人を殺してしまった人間の動揺の結果がそこにある、という理解が要る。もちろん、サイコパスによる殺人はこの理解をむしろ必要としない。


提示型

​とぅびーこんてぃにゅー

この記事が気に入ったら、サポートをしてみませんか?
気軽にクリエイターの支援と、記事のオススメができます!
6
自分のミステリー公演に関する情報まとめや、出演した参加型イベント・通常の舞台の裏話、体験したイベントやイマーシブ公演の追体験的記述をしています(ネタバレを多分に含みます)。長文書く癖があるのに、途中で飽きて辞めちゃうこともあります。