見出し画像

共存共栄

この共存共栄を追求する事に関して「人類の起源」の話が欠かせません。NHKスペシャル人類誕生を見て「やっぱり共存共栄だな!」と改めて思ったので、ちょっとだけお付き合いいただけますと幸いです。見た方には申し訳ないですが…(汗)
 ダーウィンの進化論しかり、人類の誕生はおよそ500〜600万年前と言われています。アウストラロピテクスが最初に道具を使った人類というのは有名ですね。そこから猿人・原人・旧人など様々な進化を遂げ、現在のホモ・サピエンスに落ち着いたと言われています。最後まで残った人類はネアンデルタール人とホモ・サピエンスですが、ネアンデルタール人が絶滅して、私たちの祖先であるホモ・サピエンスが生き残りました。ホモ・サピエンスより体も屈強で、脳も大きく知性もあったネアンデルタール人が絶滅した背景には、脳の構造が違う事や環境適応力がホモ・サピエンスの方が優っていたからではないかと言われています。
 ネアンデルタール人は主に「個」で、家族や血縁者のみ(多くて20人くらい)と生活をして、体が屈強なので大型の獲物を捕獲して暮らしていたようです。反対にホモ・サピエンスは「集」で、家族・血縁者はもとより友人や仲間(何百人)など複数人で小さな獲物をとって生活を共にしていたと言います。個で生活をするネアンデルタール人は情報が少ないので、見つかった石器も25万年たってもあまり変わらず、対してホモ・サピエンスはみんなで情報を共有したり提案しあったりできるので、石器もどんどん進化を重ね、特に革新的だった「アトラトル」(先端に矢を引っ掛けて遠くに飛ばす)で獲物を捕獲していたということがわかりました。
 1対1ではネアンデルタール人の方が強いはずですが、力が弱かったため生き残るためには集団で知恵を出し合って来たのだと思います。ここがネアンデルタール人とホモ・サピエンスの圧倒的な違いだったのでしょうね。
性善説や性悪説がありますが、ホモ・サピエンスは集団で情報を共有し、助け合って生きて来ましたから私たちのDNAにはみんなで良くなろうという遺伝子があるはずなんです。よく自分のためだとそこまで頑張れないが、他人にためだったら結構頑張れるということがありますよね。自分の死を想像しても悲しくないけど、人の死はとても悲しかったりするのと一緒だと思います。これもホモ・サピエンスのDNAかなと。ですので私は性善説を信じたい。
この辺は「100万回生きたネコ」という絵本が良く語っているのではないかと思います。
脱線しましたが、とどのつまりは人間社会で生き残っていくためには集団の力が必要で、みんなが良くなるように考え、生きていかなければいけないという事です。これが共存共栄の考えに繋がってくるというわけです。そういう種が私たちホモ・サピエンスなのです。
ダーウィンは「生き残るという種は最も強いものでもなければ、最も知的なものでもない。唯一生き残るのは最も変化に適応できる種である」と言っています。種の生き残りも企業の生き残りも同じで、みんなで知恵を出し合いながらどうしたら良くなるか考え、そして時代の変化に柔軟に対応していくことが大事なのだと思います。

jun