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自分を知ることの二つの意味

Dai Tamesue 為末大

私たちが「自分を知る」と言葉にするとき、二つの意味があります。一つは「自分が何をしたいかを知っている」
で、もう一つは
「自分がどう見えているかを知っている」
です。この両者は全く違うものであり、ときには反比例する関係ですらあると私は考えています。それはなぜかというと「自分と他人どちらの視点を重視するか」が影響するからです。

起業家やアスリートやアーティストは自分自身を信じる必要があります。オリンピックに出るというのは確率的に普通は起き難いことですし、一握りの人が成功する世界では確率的に考えて自分がそっち側に入れるのはそうあり得ることではありません。とうぜん周囲の人間もそのような意見を言うでしょう。「冷静になれよ」とか「現実を見ろ」とかです。そしてそれは意地悪で言う時もありますが、心の底からそう思っているから言っていることも多くあります。そして現実は本当にそうです。

しかし、そのような世界の成功は自分ならやれると信じて続けられる人にのみ獲得する権利があります。自分の声に従える人が続けられる人です。他者にもなぜ自分ならできるのか説明できない。冷静に考えると確かにできるとは限らないのもよくわかる。でも、ただそれを実現したい、または自分ならできると思っている。これはある種の認知の歪みですがその歪みこそが人を諦めさせない原動力でもあります。賢い人間が早々にいろんなものを見切っていき、結局何も成せないことが起きるのはそれが理由です。端的に言えば他人の意見より自分の意見の方が正しいと信じ込める認知の歪みがこの世界では成功を後押しします。

一方で、人を率いるマネジメントなどに関わる人は、他者と一緒に働くことが前提となっています。他者を評価したり、指示したり、協力しあ合わなければなりません。当然いろんなことが起き、そしてそれに対し人によって見方も違います。もし、一方的に自分の視点だけで判断し、相手の視点を受け入れなければすぐ人は離れていきます。

しかし、基本的に人は自分の視点を重視し、自分が見ているものは正しいと思う傾向にあります。正確に言えば自分が見ているように空いても見ているはずだと信じ込んでいます。しかし実際にはそうではなく、その認知の歪みをリーダーになるときに直しにいく必要があります。

それは「AがAなのではなく、私がそれをAだと見ている。他人はそれをBと見ているかもしれない」ということを徹底して身につけられることです。自分の視点すら多くの視点の中の一つに過ぎません。あなたから私はどう見えているかというフィードバックを繰り返し受けることでこの歪みは強制されていきます。そのときに自分は正しいと信じすぎれば、全てを自分から見た視点だけで判断する人間にしてしまいます。

要するに自分の視点と他者の視点のどちらをどの程度信じるかによって、このスタイルは変わります。人は学習すれば両方を取り入れることはできますが、しかし比較すれば必ずどちらかが強い傾向にあると思います。これが起業に向いている人と、経営に向いている人の違いだと私は理解しています。

どちらが良いというのではなく、自分が正しいことを前提にした方がいい役割と、自分は間違えていることを前提にした方がいい役割があり、これを本人も周囲も理解しておくことが大事なのだと思います。

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